キングジム

1927年の創業以来、ラベルライター「テプラ」やオフィス定番の「キングファイル」で強固な地位を築いてきた株式会社キングジム。まもなく創業100周年を迎える同社だが、オフィス環境はペーパーレス化、少子高齢化、激しい価格競争の荒波にさらされている。

この構造変化を乗り越えるため、同社が20数年前から新事業の柱づくりに動き、とりわけここ10年ほど積極的に推進してきたのが、ライフスタイル用品事業拡大を目的としたM&Aだ。

目先の利益ではなく「長期的な成長とシナジー」を第一に掲げる同社のM&A判断基準と、異文化を融和させるPMIのリアルについて、上席執行役員の髙橋荘太郎氏に話を聞いた。

髙橋荘太郎(たかはし そうたろう)──上席執行役員経営企画本部長
1974年生まれ。千葉県出身。1996年キングジム入社。主に商品開発部門に長く携わり2020年より経営企画部でM&Aに従事。2023年より現職。

株式会社キングジム
1927年創業。「独創的な商品を開発し、新たな文化の創造をもって社会に貢献する」を経営理念に掲げ、主力商品のラベルライター「テプラ」、厚型パイプ式ファイル「キングファイル」のほか、電子メモ「ポメラ」など独自性の高いデジタル文具も生み出す。近年では、ライフスタイル用品へと事業の幅を拡大している。 企業サイト:https://www.kingjim.co.jp/

本企画について「M&A新時代 〜荒波を越える成長戦略〜」
予測困難な時代の荒波が押し寄せる今、自社の可能性を広げる一つの選択肢として「M&A」を活用する企業が増えています。本企画では、外部とのシナジーを自社のエンジンに変え、次なるステージへ挑むリーダーにインタビューを実施。M&Aという選択をした背景や、実際に進める中で感じた葛藤をどう整理し、今の形に繋げてきたのか、その一歩一歩のプロセスに焦点を当てます。
本企画は、買い手企業支援に特化したM&Aアドバイザリーを展開するByside株式会社との共同企画です。同社の知見も交えながら、企業がどのようにM&Aを成長へ繋げているのかを紐解く連載として構成いたします。
Byside株式会社企業サイト:https://byside.co.jp/

目次

  1. ■文具市場の縮小を越える、ライフスタイル用品事業への転換
  2. ■ECノウハウの獲得と、PMIにおける「現場の不満」の解消
  3. ■「リスク前提」の合意形成と、借り入れを恐れないトップの決断
  4. ■コロナ禍で証明された複数領域の強みと、未来の海外展開

■文具市場の縮小を越える、ライフスタイル用品事業への転換

── 事業概要と、昨今のビジネス環境を教えてください。

髙橋 当社は来年で創業100周年を迎える事務用品メーカーで、ラベルライター「テプラ」や厚型のパイプ式ファイル「キングファイル」を主力商品として長らくビジネスの基盤を支えてきました。

しかしオフィスのペーパーレス化が本格的に加速し、文房具市場の価格競争も激化。少子高齢化も相まって、従来の文具事務用品領域だけで成長を維持することは極めて困難な状況です。

そこで、二十数年前から「新しい事業の柱」の必要性を強く認識し、動いてきました。それが現在の二大事業の片翼を担う「ライフスタイル用品事業」です。

この事業をスピーディーに立ち上げ、大きく成長させるエンジンとなってきたのが、ここ10年ほど積極的に積み重ねてきたM&A戦略です。現在、国内グループには、M&Aを通じて仲間に加わったライフスタイル系企業が5社ほど存在します。

── 選定基準はどんなものなのですか?

髙橋 モデルケースとなったのが、2001年に子会社化した「長島商事」(2003年に「株式会社ラドンナ」へ商号変更)の買収です。

もともとフォトフレームなどのインテリア雑貨を企画・販売する会社で、雑貨業界特有の「付加価値の高い商品を定価で売る」という独自の販路とノウハウを持っていました。

そこにキングジムの「アイデア力」と「電子技術」を掛け合わせ、アナログのフォトフレームに液晶を組み込んだ「デジタルフォトフレーム」や、電気で駆動する加湿器やアロマディフューザーなどのデジタル雑貨、キッチン家電といった領域へ次々と進出。売り上げを爆発的に伸ばすことに成功しました。この成功体験を形として、生活雑貨メーカーの「ライフオンプロダクツ」もグループに迎え入れました。

EC・通販領域への進出という文脈では、それに先立つ2014年に、家具通販の「株式会社ぼん家具」を完全子会社化。家具という新領域と、ウェブマーケティングのノウハウを同時に獲得できました。

選定基準は、闇雲に手をつけないこと。中期経営計画でも掲げていますが、既存領域の「隣の土地」を見つけ、リソースを掛け合わせて明確なシナジーが作れるかを最重視しています。

■ECノウハウの獲得と、PMIにおける「現場の不満」の解消

── 2022年に買収した「株式会社エイチアイエム」を吸収合併していますが、その狙いと苦労を教えてください。

髙橋 エイチアイエムに関しては、これまでのライフスタイル系M&Aとは経路が異なり、明確に「EC事業強化」を目的に実行したものです。

当社もECサイトは運営していましたが、ノウハウに乏しく手探り状態でした。EC販売力と独自ノウハウ、自社ブランドを持つエイチアイエムとの縁は、戦略的に理想的でした。

一番苦労したのはPMIです。社内規定の統一、働き方のルールや評価制度の擦り合わせ──地味ですが重要な労務・制度の整合に非常に苦労しました。

当社では買収後すぐ、各部門横断のプロジェクトチーム(統合委員会)を立ち上げ、経理から総務、人事まで実務担当者が同じテーブルで、約半年間密着して伴走しました。このプロジェクトが機能したおかげで、大きなトラブルなく組織を融合できました。

── デューデリジェンスでは見えにくかった課題はありましたか。

髙橋 よくあるのが労働環境や労務管理の実態です。規模の小さい会社の場合、日々の労務管理が整っていなかったり、現場の働き方のバランスが良くないことがあり、これは書類だけの調査では見えません。

当社は決して放置せず、時間をかけて是正していきます。会社が真剣に環境を変えようとする姿勢を見せると、従業員の気持ちは確実に前向きに変わり、業務品質や売上にも良い形で返ってきます。

■「リスク前提」の合意形成と、借り入れを恐れないトップの決断

── 従業員の反発を防ぎ、円滑に融和を進めるために意識されている取り組みは。

髙橋 最も大切にしているのは「もともとその会社がやってきたやり方や歴史を最大限尊重し、むやみにいじらない」ことです。

買収されると、現場は「働き方がすべて変えられるのでは」「リストラされるのでは」と不安を抱くもの。実際、グループ入りした会社から後日「最初はものすごく恐れていた」と言われたこともあります。

だからこそ当社では、就業規則や就業時間、給与体系といった根幹の仕組みは基本的に大きく変えません。もちろん明らかな労務の歪みは是正しますが、その会社ならではのカルチャーは尊重します。

その上で、心理的距離を縮めシナジーを活性化させる試みとして、昨年から「マネジメントコミッティ」をスタートさせました。国内グループ5社の経営陣が定期的に集まり、情報交換や成功事例共有、次年度方針の議論を一緒に作り上げる横のつながりの場です。

── 社内対立や社外取締役からの反対をどう乗り越えていますか。

髙橋 当社には1日1件、あるいは2日に1件のペースで仲介会社様から案件のご紹介があります。まず経営企画の課長・部長級でスクリーニングし、私のところへ上がる。役員会や社長へ相談してジャッジするのは、多くても月1件あるかないかです。

社外取締役から激しい反対で決議が真っ二つ、という事態はほとんどありません。「リスク管理は大丈夫か」「数字の妥当性は」といったご指摘はありますが、緻密な調査と勝算をベースに論理的に説明すれば、「ならばリスクをとって挑戦しよう」と全員が合意するケースがほとんどです。

私が常に共有しているのは、「M&Aにリスクゼロの案件はありえない」という前提です。リスクが1個でもあるからと止めていたら、企業は何一つ新しい挑戦ができなくなる。大事なのはリスクの程度や内容が許容範囲か徹底精査し、コントロールしながら進める姿勢です。

もちろん、連結決算に耐える財務体制が整っていないことがデューデリで判明し、見送った案件もあります。その案件とは異なりますが、見送った会社が翌年、他社のもとで急成長するのを見て「買っておけばよかった」と悔しい思いをすることも正直あります。ただそれは結果論。失敗を恐れてブレーキを踏み続けるのではなく、次のチャンスを探し続ける姿勢を崩さないことが重要です。

── 特定の買収時期に有利子負債が数十億円規模で一気に増える大きな借り入れを起こされた形跡があります。老舗上場企業として大胆な決断ですが、迷いなく踏み切れた背景は。

髙橋 確かにライフオンプロダクツやエイチアイエム買収が連続した時期は、有利子負債がグンと増えました。一般的に成熟した企業では、財務の安定性を重視する観点から、大型投資に慎重な判断をするケースも少なくありません。

しかし当社の場合、十分な検討を重ねたうえで、意思決定そのものは非常にスピーディーでした。当時の社長を含め、トップからのGOが出るまでは非常に早かった。

理由はシンプルで、キングジム本体が毎年堅実に利益を出し、自己資本比率をはじめ財務健全性のベースがしっかり保たれていたから。「将来の成長の柱を育てるためであれば、この規模の投資を行うことは十分可能」という確信が経営陣にありました。

■コロナ禍で証明された複数領域の強みと、未来の海外展開

── M&Aを成功させるために最も大切なことは何だと考えていますか。

髙橋 一言で「きっちりとシナジーを出し切ること」に尽きます。決算書上で売上や利益を単純合算しても、経営の本質としては意味がありません。1つになった後にリソースを掛け合わせ「一緒になったからこそさらに大きな成長ができる環境」を現場に作ることこそ、M&Aの本当の成功です。

その結果、子会社の従業員も含めて全員が「このグループに入って働きやすくなった」「やりがいが増えた」と幸せを感じられる状態を作ることが真のゴールです。

以前、別の取材で「キングジムさんは本当にシナジーを第一に意識されていますね。多くの買い手企業はシナジーを二の次にして数字の拡大だけを狙うケースが多い」と言われて、こちらが驚いたほどです。当社にとって、シナジーは二の次どころか大前提なのです。

── 会社の危機の局面で、ライフスタイル用品事業への投資が功を奏した象徴的なエピソードはありますか。

髙橋 最も分かりやすい形で証明されたのが「コロナ禍」です。リモートワーク急拡大で当社主力のファイル・文房具需要は激減し、事務用品事業は極めて厳しい状況に。文房具一本足打法だったら経営の根幹が揺らいでいたはずです。

しかしその一方で、我々を救ったのがM&Aで組み込んできたライフスタイル用品でした。「巣ごもり需要」で家時間を豊かにする消費が爆発しました。ラドンナのおしゃれなキッチン家電が大ヒットし、ぼん家具でも在宅ワーク用デスクなどの注文がウェブに殺到しました。

文房具というひとつの分野がどんなに厳しくても、別領域が穴を埋め、グループ全体を力強く支えました。異なる領域に複数の足場を持つことの重要性と、M&A戦略の本当の価値を、あの未曾有の危機のなかで身をもって実感しました。

── 今後の展望と、M&Aに悩む経営者へのメッセージを送るとしたら、どんな言葉を伝えたいですか?

髙橋 次の大きな挑戦は「海外販路の獲得と拡大」です。すでに海外展開は進めていますが成長スピードが物足りない。加速させるため、海外の販路や優れた商品・ネットワークを持つ企業を対象としたM&Aにも高いアンテナを張っています。

言語や商習慣、法律の異なる海外M&Aは難易度が跳ね上がりますが、これが我々の次の明確なターゲットです。文房具という成熟市場も、アイデア次第でまだまだ勝負できる領域は残っています。

M&Aに悩む経営者の方々にお伝えしたいのは、目先の売上や利益を追いかける投資は長続きしないということ。最も大切なのは、5年後、10年後を見据え、一緒になることでどんな新しい価値(シナジー)を生み出せるか、そしてお互いの従業員をどう幸せにしながら成長していけるかという理想の絵を念頭に相手と向き合うことです。

M&Aは自社都合で相手を吸収する手段ではありません。お互いの歴史とやり方をリスペクトし、長い目で共に未来へ歩むパートナーを見つけるという意識こそが、荒波の時代を乗り越える唯一の道だと確信しています。

氏名
髙橋荘太郎(たかはし・そうたろう)
社名
株式会社キングジム
役職
上席執行役員経営企画本部長