
「株式会社カクヤス」を中核に、飲食店向け・家庭向けの酒類販売で基盤を築いてきたカクヤスグループが、2025年7月に「株式会社ひとまいる」へ社名を変更した。
お酒を売る会社から、独自の配送網を活かす「物流プラットフォーム企業」への転換を進める同社。その非連続な成長を支えてきたのが戦略的なM&Aだ。
ただしそのやり方は、大企業のルールを押し付けるものではない。「5年経ってもPMIは終わっていない」と語り、相手の文化を尊重しながらつなぐ融和の実像、そして「利益が出ている今こそリスクをとる」という経営思想について、代表取締役社長兼CEOの前垣内洋行氏に聞いた。
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酒類販売から物流プラットフォームへ
── 事業の概要と、進めている事業再編の方向性を教えてください。
前垣内 当社はもともと「カクヤスグループ」として上場していましたが、昨年7月に「株式会社ひとまいる」へ社名を変更しました。中核子会社が「株式会社カクヤス」で、グループ売上の9割強を占めています。
カクヤスの本業は酒類販売ですが、一般の酒屋とはかなり違います。
飲食店向けのBtoBと家庭向けのBtoCを同じインフラで手がけ、比率は7割対3割。最大の特徴は、店頭ではなく直接届ける「配達」の売上が全体の約9割を占めている点です。
看板は酒類販売ですが、実態は自社で配送網・車両・ドライバーを抱える「物流業」の性格が非常に強い組織です。
事業エリアは首都圏、関西、九州(福岡・長崎)へ広がり、今年4月には札幌にも進出しました。中期経営計画で掲げているのは「お酒を売るだけの会社から、物流を強みにしたプラットフォーム企業へ生まれ変わる」という事業再編です。
自社のラストワンマイルの物流インフラを他社や新領域にも開放し、社会に不可欠な配送プラットフォームをつくっていきます。
── M&Aは、これまでどんな役割を果たしてきましたか。
前垣内 M&Aは、エリア拡大と新しい機能の獲得という2つの面で重要な役割を果たしてきました。
上場直後、九州・博多を拠点とする業務用の酒販店2社をほぼ同時に買収しました。首都圏と関西だけだった当社が、既存エリアを大きく外へ広げた最初の本格的な成功事例です。
理想的だったのは、2社の個性が綺麗に補完関係にあったこと。1社はナイト系の飲食店に強い業務用酒販店、もう1社は居酒屋やレストランなど食系に強い酒販店。さらに片方は大型の配送センターを持たず、もう片方は優れた配送拠点を持っていました。同時に迎えたことで互いの弱みを補い合い、福岡・中洲のシェアの約半分を一気に獲得できました。売り上げも利益も、今なお順調に伸びています。
もう一つ、「機能の獲得」を目的とした象徴的な事例が、輸送会社「大和急送(現株式会社ひとまいるロジスティクス)」の買収です。
物流プラットフォームで生きていくと決めたとき、法的な壁にぶつかりました。酒類販売の免許で自社のお酒を自社便で運ぶことはできますが、他社の荷物を運んで運賃をもらうには運送業の「有償運送」の許認可が必要です。ゼロから取得するには膨大な時間がかかる。
そこで大和急送を迎え、許認可と運行管理のノウハウを一気に獲得しました。これで首都圏の出荷拠点で有償配送を行うインフラが整い、プラットフォームへの転換が加速しました。
食材領域への進出と、ミクリードとの「再会」
── 直近では、飲食店の食材通販「株式会社ミクリード」との株式取得がありました。背景を教えてください。
前垣内 ミクリードとの関係は非常に深く、日本のM&Aでも珍しい連続性を持つ話です。
もともとミクリードは、ミスミグループ本社で片山現社長が社内ベンチャーとして立ち上げた食材通販事業でした。ミスミがノンコア事業を整理する際、お酒と食材は飲食店という共通顧客を持ち親和性が高いと考え、当社が買い取ったのが最初の出会いです。
ただ当時は冷凍配送の技術が未熟で、発泡スチロールに保冷剤を詰めて運ぶしかなく、通常のトラックへの混載は難しく、完全統合の壁にぶつかりました。
その後、大手食品卸の国分グループから出資を受け入れ、ミクリードを再び分社化。さらに当社が東証上場を目指す際、お酒以外の事業を整理し、酒事業に集中した「株式会社カクヤス」として上場しました。この再編で両社は同じ親会社を持つ「兄弟会社」になり、その後それぞれ上場を果たしました。
そして今回、グループ中期経営計画で「自社商材カテゴリの拡大」や「M&A・アライアンスによる商材カテゴリの拡大」の成長戦略を掲げたことで、歴史が動きました。
かつての共通の親会社が持っていたミクリード株の約20数%を、当社が新たに取得したのです。一度手放した企業の株式を、戦略の進化に合わせて再び取得する。ドラマチックな「再会」です。
── 再び資本提携を結んだ狙いはどこにありますか?
前垣内 最大の狙いは、食材のM&Aに踏み出すうえで、食材通販のプロである彼らの目利きを借りることです。
お酒のプロが門外漢の食材に単独で突っ込むのはリスクが大きい。強固な基盤を持つ彼らとつなぐことで、検討対象が本当にグループに合うのかを、プロの目で一緒に見てもらう体制をつくりました。
彼らが売るのはメインではない「サブの定番商材」です。焼き鳥屋にこだわりの串は売らない。主軸の食材は店主が自分で仕入れる部分だからです。売るのは、居酒屋の定番「梅水晶」のように、手間はかけたくないがメニューには載せたい“名脇役”の冷凍おつまみ。そこを突いた独自のモデルで成功しています。
当社が目指すのは、この供給網と歩調を合わせつつ、今度は飲食店のど真ん中、肉・野菜・魚といった「中核の食材」を扱う実店舗型の食材会社をM&Aで取得することです。
お酒に加えてコア食材までフルパッケージで提供できれば、すさまじいシナジーが生まれます。すでに全国で約4万5000の飲食店の顧客基盤があるため、このネットワークを生かすことで巨大な市場へ一気にアプローチができると考えています。
ただ、お酒はNB商品が強く誰が売っても品質は変わりませんが、食材は違う。同じ鶏肉でも産地や切り方でまったく別物で、深い専門知識が要る難しい世界です。
だからこそ各領域に強い食材会社を仲間に引き入れ、既存の顧客網とつなぐ。飲食店にとっては受注口が統一され、請求書も1枚にまとまり、仕入れの煩雑さが消える。営業一人に何でも頼めるという圧倒的な価値を、物流プラットフォームを通じて提供できます。
5年経っても終わらないPMI
── M&A市場の潮流をどう見ていますか。注目の他社事例も、評価したいケース、危ういと感じたケースそれぞれ教えてください。
前垣内 「M&Aを積極活用する」と公の場で打ち出して以来、全国の仲介会社や金融機関から多くの案件が持ち込まれるようになりました。後継者不足や単独経営への不安を抱える中小の売り主が非常に多く、案件は豊富です。その中で、自社とのシナジーが見込めるものを厳選しています。
他社事例では、PPIHによるユニーの買収が見事で、新たな顧客層の獲得に成功しています。グローバルにスピードで市場を取ったリクルートのインディード買収、自社にない技術を取り込むソフトバンクの戦略もいい事例です。
逆に危ういと感じたのは、小売グループによる高級セレクトショップの買収や、サービス・ヘルスケア起業で、不振企業を次々買収して経営改善に苦しんだケース。買収後のオペレーションやPMIが追いつかないまま規模拡大を急いだ事例は、私たちにとって重要な反面教師です。
── PMIで最も大切にしていることは何ですか?
前垣内 一足飛びに結果を求めず、時間をかけて相手のカルチャーを尊重することです。丁寧にやったのは、九州の2社を迎えたときでした。同じ業務用酒販でも、ナイト系と食系では社内のルールも文化もまったく違います。
多くの企業がやりがちな失敗は、買収した瞬間に親会社のシステムや上場基準のルールを一気に押し付けること。やられた現場は自分たちの歴史を否定されたように感じ、必ず反発が生まれます。
そこで当社は、いきなり3社を合併させず、まず九州の2社を先に合併させて現地の文化をなじませ、そのうえで段階的にカクヤスへ統合する二段階のプロセスを、時間をかけて進めました。
買収から5年ほど経ち、システムや帳簿の統合はとっくに終わっていますが、私は「PMIは今もまだ終わっていない」と感じています。
現場には、彼らが大切にしてきた独自のルールが今も残っている。本当の一体化に向けて、いま取り組んでいるのが「人材交流」です。九州で成果を上げるマネージャーを首都圏に呼び、逆に首都圏の次世代を九州へ送る。営業だけでなく商品部や管理部門も含めて人がなじむことで、初めて本当の一体感が生まれると信じています。
── そこまで時間をかけるのは、上場企業として珍しい粘り強さですね。
前垣内 酒類業界は、外から見るより世界が狭いからです。強引に買収して組織をぐちゃぐちゃにし従業員を悲しませれば、悪評はあっという間に業界へ広がり、次の案件をソーシングしても拒絶されて戦略が頓挫します。逆に「あそこに入ってよかった」と言ってもらえれば、良い噂もすぐ広がる。
だから売り主には最初に、「仕入れ先も売り先も従業員も資産もそのまま引き継ぎたい。守ってほしい社名や体制があれば早めに全部言ってください」と伝えています。
従業員への不利益変更は絶対にしないと約束し、守り抜く。非上場の中小企業が当社のルールを持っていないのは劣っているからではなく、「利益を出して成り立ってきたのだから、これまで必要なかっただけ」というリスペクトを持つ。この信頼関係の構築こそが、M&Aの成否を分ける本質だと思います。
もう一つの教訓は「専門外の領域に踏み込むときは慎重にやらないとうまくいかない」ということ。同じ酒販なら業績が厳しくても自力で再生できますが、上場前には文房具屋や花屋を買った歴史もあり、他業種の企業を自分たちの常識で立て直すのはめちゃくちゃ難しいと痛感しました。
だから多業種を買うなら、安いからと大変な会社に飛びつかず、「収益が成り立っているところをそのまま引き受ける」ことを徹底する。ミクリードと先に組んだのも、彼らの目利きを挟んで慎重に手を打つためです。
危機の時代にアクセルを踏む
── 危機の局面で、周囲が驚くほど大胆な投資をしてきた印象があります。コロナ禍の戦略を聞かせてください。
前垣内 当社のDNAには「変わるべき瞬間に、やれるまで徹底的にやりきる」という突進力があります。その象徴が、コロナ禍のさなか、現会長の佐藤(佐藤順一氏)から「中心部に20拠点出店しろ」という大号令がかかったときの話です。
あの時期、緊急事態宣言や休業要請で主力の飲食店向け売上は「8割減」。一方、巣ごもり需要で家庭向け宅配は「4割増」でしたが、トータルでは大きく落ち込み、配送リソースも人員も車両も余っている歪な状態でした。
そこで佐藤が見ていた景色は違いました。「家庭向けで増えた4割は簡単には減らない。このまま飲食店向けがフルで戻ったら、どちらかを断らざるを得ない。それはしたくないし供給の責任もある。だから今、人も車も減らさず、アフターコロナへ向けて20拠点新設する」と。
当時、財務責任者だった私は、この大危機に巨額投資が伴う20拠点など、「正気の沙汰ではない」とすら思いました。なんとか抑えようと「分かりました」と言いつつ、心の中では「まずは10拠点だけ出してごまかそう」と勝手にブレーキを踏みました。
当然あとで「お前まだ半分しか出してないじゃないか」と怒られ、残りを必死に出しました。今も「あの時、言うこと聞かなかったよな」と振り返られる語り草になっています。
当時は社外取締役からも驚きの声が上がりましたが、後日「最初は正気の沙汰ではないと思ったが、佐藤さんが楽しそうに話すのを聞いて、うまくいくと思った」と打ち明けられました。トップの強い意志が会社を引っ張るのが、当社のリアルな空気です。
── その姿勢が、今のコストコントロール力につながっているのですね。
前垣内 「見よう見まねで大投資をし、手痛い失敗をしながらも力づくでやりきって武器に変える」——これはコロナの拠点だけの話ではありません。
上場前の2017年、酒類の廉売規制の法改正と大手配送業者の運賃値上げが重なり、外部依存のままではコストが跳ね上がる局面がありました。
そこで、通常は問屋がやる機能を内製化するため、東京・平和島に巨大倉庫を構え、自社店舗への物流を自前で始めました。大規模倉庫の運営など未経験でしたから、スタート直後は大失敗の連続。配送スケジュールは崩壊し、24時間稼働が1年続く泥沼を経験しました。
それでも現場が死に物狂いでやりきったからこそ、今は完全に内製化され、他社が物流費の値上げに苦しむ中で当社はそれを回避できる強みになっています。
── なぜ先手を打って、痛みを伴う大改革を連続して起こせるのでしょう。
前垣内 「お酒で利益が出ている今だからこそ、次の未来へリスクのある大投資をしなければならない」という強い危機感があるからです。
酒類の需要が中長期で減少するのは明らかで、コロナでそのスピードは早まった。「まだ利益が出ているから大丈夫」と現状維持に甘んじるのは簡単ですが、需要減が数字に表れてから動いたのでは遅い。
今の再編も、普通なら1つずつやる大改革を3つほど同時に走らせ、基幹システムの乗せ換えも並行しています。かなり無茶をしている自覚はあり、従業員には「ごめんなさい」と言いながら、それでも止められない。お酒が稼いでくれているうちに、次の時代に不可欠な「物流プラットフォーム」の足場を築くことが、荒波を生き抜く唯一のセオリーだと確信しています。
── M&Aに悩む経営者へのメッセージを送るとしたら、どんな言葉を伝えたいですか?
前垣内 M&Aは事業成長の手段として非常に有効です。ただ互いの会社の行く先を左右することもあるので、慎重さは欠かせません。
自社の都合だけで強引に進めず、相手の歴史へ最大のリスペクトを持って取り組めば、やりたいことを実現できるはずです。
現場の心を丁寧につなぎながら進む——これは自分にも言い聞かせていることです。
- 氏名
- 前垣内洋行(まえがいち・よしゆき)
- 社名
- 株式会社ひとまいる
- 役職
- 代表取締役社長兼CEO