この記事は2026年8月13日に配信されたメールマガジン「アンダースロー:官民連携の戦略投資の拡大が円高要因となる城内経済財政担当大臣の認識は正しい」を一部編集し、転載したものです。

アンダースロー
(画像=years/stock.adobe.com)

目次

  1. シンカー
    1. 米国:インフレ抑制は完了しており利上げの必要性は乏しい
  2. 官民連携の戦略投資の拡大が円高要因となる城内経済財政担当大臣の認識は正しい

シンカー

米国:インフレ抑制は完了しており利上げの必要性は乏しい

米国の7月コアCPIは、前月比+0.2%(6月同-0.0%)、前月比年率+2.6%(6月同-0.2%)となった。前年比では7月が+2.5%と、FRBが参照するPCEデフレーターに対して上方バイアスが統計上働くCPIの特性を考慮すれば、CPIにおいてはインフレ目標2%に向けたインフレ抑制はすでに完了していると言える。「ソフトウェアと周辺機器」は前年比+21.2%となるなど、AI関連投資の急増によるハイテク製品の需給逼迫で一部品目の大幅な上昇は見られるものの、全体への寄与は小さい。よりウエイトの大きい「住居」などを含むサービス品目も、前月比でみたモメンタムは落ち着いている。賃金含む労働市場の減速などにより、個人消費の伸びが鈍化している動きと整合的である。消費の伸びが平時に戻れば、インフレ率も平時に戻ることは必然的な動きだろう。なお、日本のコアCPI(食料エネルギー除く)は米国のコアCPIに4四半期ほど遅行する傾向がある。米国のこれまでの鈍化を踏まえれば、日本のコアCPIも追随する可能性が高く、日銀の懸念するインフレ加速懸念は当てはまらないことが示唆される。

雇用の減速と緩やかなインフレ鈍化が続いているなかで、FRBは政策金利の据え置きを続ける見込みが高い。消費が過熱している状況ではなく、設備投資はAIや防衛をはじめ安全保障を念頭に、投資の競争をさらに強化する必要性が生じている中で、金利を引き上げて景気を冷やすことに政府やウォーシュ議長は反対だろう。政治的な観点でも、中間選挙まで3カ月を切った中で利上げをするメリットは皆無であり、一定のドル高を容認しているとはいえ、さらにその動きを強めることは、先日の日本との協調為替介入にも逆行する。金利に敏感な住宅市況などはすでに金利上昇の影響を強く受けて停滞しており、利上げで期待される効果はすでに大部分が顕在化している。

一時強まった利上げ織り込みが僅かとはいえ低下している一方、長期・超長期金利が高水準での推移を続けているのは、同様に高水準にある名目GDP成長率とも連動している。4-6月期の実質GDPは前年比+2.1%、名目GDPは前年比+6.5%と、デフレーターの上昇が大きく影響した。投資拡大への期待から長期資金需要が高まるなか、エネルギー価格の上昇に加え、原油の純輸出国であることも金利の押し上げに寄与している。ただし今後は、足元のエネルギー価格の落ち着きや個人消費・消費者物価の鈍化を踏まえれば、名目GDPの伸び率は次第に鈍化し、長期・超長期金利の上昇も抑制される方向に向かうとみられる。(松本賢)

官民連携の戦略投資の拡大が円高要因となる城内経済財政担当大臣の認識は正しい

  • 城内実経済財政担当大臣は8月10日、ブルームバーグとのインタビューで、高市早苗政権が掲げる「責任ある積極財政」に対する市場の懸念に正面から反論した。城内大臣は、高市政権の経済政策が供給力と生産性を強化し、日本への投資と円建て資産への需要を高めることで、円安は自律的に修正されると主張した。「円安が継続するとは考えていない。むしろ円に上昇圧力をかける可能性がある」と述べた。

  • 通説は円安の主因を日米金利差に求めるが、より本質的な要因は投資力の非対称性にある。米国ではAI関連投資も加わり、政府・企業の支出する力であるネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)はGDP比マイナス10%程度に達する。一方、日本ではサナエノミクスの戦略投資はいまだ本格始動しておらず、ネットの資金需要は事実上消滅している。既に投資拡大が強く、金利の先高観も同時に強いことになる。この構造的格差が資本を米国へ引き寄せ、マンデル=フレミングモデルの論理で円安圧力を持続的に生み出している。グローバルに官民連携の戦略投資と産業政策の大競争に時代に突入したという認識が広まっているため、日本の出遅れが意識されている。

  • 日銀が「利上げさえすれば円安は止まる」という処方箋は問題の本質を見誤っている。2026年7月に決定された骨太の方針では、プライマリーバランス黒字化目標を事実上無力化し、新たな投資枠を設けた。2040年度までに戦略17分野へ累計370兆円超の官民投資を行う工程表も示されており、2027年度予算の執行から戦略投資が本格始動する。この投資拡大が実現して初めて、日米の投資力の差が縮まり、円安の構造的修正が始まる。

  • 日銀への安定的な物価上昇と強い経済成長の両立を目指す「デュアルマンデート」の与については、政治的圧力による利上げ抑制との批判もあるが、これは日銀法4条に基づく政府との連携の枠内であり、物価安定のみを責務とするECB型からデュアルマンデートのFRB型への転換を試みるものであって、日銀の独立性を毀損するものではない。最大のリスクは、日銀が急速な利上げで円高を強制的に実現しようとするシナリオだ。金融引き締めが国内投資を萎縮させ供給能力を毀損すれば、海外依存の拡大の懸念を背景とした「制御不能な悪い円安」に転落しかねない。

  • 政府と日銀の連携(デュアルマンデート)は正常な経済政策の姿である。一方、内政干渉のような外圧による金融政策の変更は独立性を棄損し、外圧に脆弱な中央銀行を持つ国の通貨は強くならない。日米財務相が昨年9月、為替介入に関する共同声明を公表後、真偽は定かではないが、米国は日本政府に対し日銀に利上げを促すよう水面下で要請したとも報じられた。ベッセント米財務長官は日本の長期金利上昇につられて米金利も上がれば、米経済を冷やしかねないと危惧したとされる。外国の政府の介入による日銀の利上げが事実であれば、日銀の金融政策の独立性は棄損されたと言える。今後の利上げもそのように見られてしまうことは円高修正には役には立たず、逆に独立性の棄損によって更なる円安要因のリスクとなる。


城内実経済財政担当大臣は8月10日、ブルームバーグとのインタビューで、高市早苗政権が掲げる「責任ある積極財政」に対する市場の懸念に正面から反論した。城内大臣は、高市政権の経済政策が供給力と生産性を強化し、日本への投資と円建て資産への需要を高めることで、円安は自律的に修正されると主張した。「円安が継続するとは考えていない。むしろ円に上昇圧力をかける可能性がある」と述べた。財政政策についても「持続可能性を非常に重視しており、拡張的ではない」と強調し、債務残高の対GDP比低下を中核目標に据えた新たな財政運営の枠組みへの移行を説明した。「骨太ショック」と呼ばれた長期金利の30年ぶり高水準や円安進行についても、城内大臣は「1つの政策文書と市場の動きを単純な因果関係で結びつけるのは適切ではない。市場は海外金利動向や国債需給など複合的な要因を反映している。」と反論した。

こうした政府の説明を理解するうえで重要なのが、円安の「構造的要因」という視点だ。通説は円安の主因を日米金利差に求めるが、より本質的な要因は投資力の非対称性にある。米国ではAI関連投資も加わり、政府・企業の支出する力であるネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)はGDP比マイナス10%程度に達する。ユーロ圏もマイナス3%程度だ。既に投資拡大が強く、金利の先高観も同時に強いことになる。一方、日本ではサナエノミクスの戦略投資はいまだ本格始動しておらず、ネットの資金需要は事実上消滅している。この構造的格差が資本を米国へ引き寄せ、マンデル=フレミングモデルの論理で円安圧力を持続的に生み出している。グローバルに官民連携の戦略投資と産業政策の大競争に時代に突入したという認識が広まっているため、日本の出遅れが意識されている。

日銀が「利上げさえすれば円安は止まる」という処方箋は問題の本質を見誤っている。2026年7月に決定された骨太の方針では、プライマリーバランス黒字化目標を事実上無力化し、新たな投資枠を設けた。2040年度までに戦略17分野へ累計370兆円超の官民投資を行う工程表も示されており、2027年度予算の執行から戦略投資が本格始動する。この投資拡大が実現して初めて、日米の投資力の差が縮まり、円安の構造的修正が始まる。高市政権が描くのは「官民連携の戦略投資拡大→生産性向上→実質賃金上昇→円安の構造的修正」という好循環だ。このシナリオが実現すれば、円安は自律的に修正される。城内大臣が強調する「強い経済と財政の安定の一体的実現」こそが、「責任ある積極財政」の本質であり、その成否が日本経済の行方を左右する。

為替は二国の相対的な経済状況や政策を踏まえたうえで市場が取引しているレートである。足元のドル高円安は円の信認の毀損ではなく、米国が相対的により長期投資を含む財政支出を拡大し、経済成長率が高まったことにより、政策金利を引き上げてきたことが反映された結果である。日米の財政収支の変化の差でドル円の動きを説明することが可能であり、変動相場制下で政府が財政を拡大させると金利が上昇し、通貨高となる「マンデル・フレミングモデル」の効果は働いていることが示されている。より内需が強く、投資機会も豊富で、金利が高い米国経済により資金が向かい、ドル高円安基調となることは自然な動きである。

為替介入については、その効果は「限定的」と受け止められているが、牽制としての意義は大きい。投資拡大の果実が実質賃金の上昇として家計に届くまでには時間を要する。その移行期間中に円安が過度に進めば、輸入物価上昇が内需を腰折れさせるリスクがある。円安の許容水準は150円台近辺とみられ、それを超える局面では介入で抑制する設計だ。ただし、政府が目指すのは円高への積極的な誘導ではなく、過度な円安の抑制にとどまる。家計への直接的な負担軽減は、所得税・消費税の減税を含む積極財政で対応する方針だ。

日銀への安定的な物価上昇と強い経済成長の両立を目指す「デュアルマンデート」の付与については、政治的圧力による利上げ抑制との批判もあるが、これは日銀法4条に基づく政府との連携の枠内であり、物価安定のみを責務とするECB型からデュアルマンデートのFRB型への転換を試みるものであって、日銀の独立性を毀損するものではない。骨太の方針では、政府は「強い経済」の定義を、「2%の物価安定目標の実現の下で、できるだけ早期に、実質で1%を上回る、名目で3%を上回る経済成長を定着させ、更に引き上げていく」と明確化した。日銀の展望レポートでは、2026年度から2028年度の実質GDP成長率の見通しは、+0.6%・+0.8%・+0.8%と、経済成長はまだ弱いことが示されている。一方、物価上昇率の見通しは2%台で、物価安定目標に沿った動きが予想されている。

市場予想に急激な利上げが織り込まれていない以上、日銀が後手に回っているとも言えない。最大のリスクは、日銀が急速な利上げで円高を強制的に実現しようとするシナリオだ。金融引き締めが国内投資を萎縮させ供給能力を毀損すれば、海外依存の拡大の懸念を背景とした「制御不能な悪い円安」に転落しかねない。1985年のプラザ合意後、急激な円高に対して日銀が過度な金融緩和で応じた結果、バブルが生まれ「失われた30年」の起点となったことはコンセンサスだ。円高に金融緩和で対応したことが誤りであったなら、円安に金融引き締めで対応することも同様に誤りであることは自明だ。

政府と日銀の連携は正常な経済政策の姿である。一方、内政干渉のような外圧による金融政策の変更は独立性を棄損し、外圧に脆弱な中央銀行を持つ国の通貨は強くならない。共同通信は、日米両政府が実施した異例の28年ぶりの円買い協調介入は、日銀の植田和男総裁が9月以降の早期に政策金利を引き上げると強く示唆したことが決め手となったと報じた。複数の日本政府関係者は、「利上げの遅れが過度な円安を招き、さらなる物価高と長期金利の上昇が世界金融市場に波及することを米国が懸念していたためだ」とした。そして、ある高官は「植田氏発言は米側に高く売れた。一方で、日銀は(次回9月17、18日の金融政策決定会合で)利上げの選択肢以外は取れなくなった」と語った。日米財務相が昨年9月、為替介入に関する共同声明を公表後、真偽は定かではないが、米国は日本政府に対し日銀に利上げを促すよう水面下で要請したとも報じられた。ベッセント米財務長官は日本の長期金利上昇につられて米金利も上がれば、米経済を冷やしかねないと危惧したとされる。外国の政府の介入による日銀の利上げが事実であれば、日銀の金融政策の独立性は棄損されたと言える。今後の利上げもそのように見られてしまうことは円高修正には役には立たず、逆に独立性の棄損によって更なる円安要因のリスクとなる。

図1:マンデル・フレミング効果

マンデル・フレミング効果
(注:2022年は外れ値として除外
出所:内閣府、日銀、BEA、FRB、クレディ・アグリコル証券)

図2:日米のCPI(グローバルコア)

日米のCPI(グローバルコア)
(出所:総務省、BLS、クレディ・アグリコル証券)

図3:米国名目成長率と国債30年金利

米国名目成長率と国債30年金利
(出所:BEA、Bloomberg、クレディ・アグリコル証券)

会田 卓司
クレディ・アグリコル証券 東京支店 チーフエコノミスト
松本 賢
クレディ・アグリコル証券 マクロストラテジスト

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