本記事は、中谷 健太氏の著書『失敗する後継者、成功する後継者 東洋思想で読み解く次期社長の育て方』(あさ出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

失敗する後継者、成功する後継者 東洋思想で読み解く次期社長の育て方
(画像=sakuma./stock.adobe.com)

後継者は、能力と実績だけで選ぶと失敗する

事業承継において、最初に問われるのは「誰に継がせるか」です。株式の移転方法や相続税対策、組織再編のスキームではありません。もちろん、それらも重要です。税制を誤れば会社は傷つき、組織設計を誤れば混乱も生じます。しかし、それらはあくまで「手段」にすぎません。
承継の成否を最終的に決めるのは、常に「人」です。

多くの企業で、後継者や幹部を選ぶ際、まず基準に挙がるのは「能力」と「実績」です。
営業でトップの数字を出してきた人、難しい案件をまとめてきた人、部門を立て直した経験を持つ人。そうした人物は社内で自然と評価され、「この人なら任せられる」という空気が生まれます。実際、現場で成果を出してきた人は、判断が速く、実行力にも優れています。問題に踏み込み、結果を出す力は、経営においても確かに必要です。
したがって、能力や実績を見ること自体は間違いではありません。むしろ、それを無視して人を選ぶほうが危険です。しかし、それだけでは十分ではありません。
私は、「能力と実績だけで選ぶと、いずれどこかで歪みが生じる」という場面を、繰り返し見てきました。この歪みは、すぐには表面化しません。むしろ、最初は順調に見えることが多いのです。合理的な改革が進み、目標は明確になり、管理体制も整う。数字も一定程度は改善します。
しかし、数年が経つと、少しずつ変化が現れます。キーパーソンが静かに去る。本音を言う人が減る。若手の挑戦が止まる。気がつけば、周囲はイエスマンばかりになっている。
経営とは、人を束ね、人の力を引き出し、組織を持続させていく営みです。そこには、能力とは別の資質が不可欠になります。この資質を見誤ったとき、承継は表面上はうまくいっているように見えながら、静かに失敗へと向かっていきます。
では、能力や実績とは別に求められる資質とは何でしょうか。ここでは、大きく2つの観点から考えていきます。

己の能力を磨き続ける姿勢があるか

一つ目は、「その人がこれからも成長し続ける人なのか」という視点です。

問題なのは、役員昇格が「到達点」になってしまう場合です。役員や幹部に選ばれた瞬間、「ここまで来た」という安心感から、知らず知らずのうちに学びを止めてしまう人がいます。私は何度も、昇格直後にこう語る人を見てきました。
「自分はここまで来た。あとは次のメンバーが頑張ればいい」
まるで、すごろくで「あがり」に到達したかのような感覚です。自分の役目は果たした。
あとは周囲が動けばいい。そんな空気が生まれてしまいます。
しかし、経営に「あがり」はありません。むしろ、役職が上がるほど、学ぶべきことは増えていきます。現場の仕事ができることと、組織を導くことは、まったく別の能力です。
視野は広がり、責任は重くなり、判断の影響範囲も大きくなる。役員になった瞬間から、
新たな学びが始まると言ってもよいでしょう。
その意味で、経営とは「坂道で車を押し上げるようなもの」です。少しでも手を緩めれば、車はすぐに後ろへ下がってしまう。前に進み続けるためには、力を込め続けなければなりません。
だからこそ、能力の高さ以上に重要なのは、「己を磨き続ける姿勢があるかどうか」です。

今どれだけ優秀かではなく、これからも学び、変わり、伸び続けようとする人なのか。ここを見極めることが、後継者選びにおいて極めて重要になります。
実際の現場では、多少能力や実績が劣っていたとしても、「自分は未熟だ。もっと学ばなければならない」「もっと視野を広げたい。もっと成長したい」といった思いを持ち続けている人を抜擢したほうが、結果として会社に良い影響をもたらすことが少なくありません。
なぜなら、学び続ける人は、組織にも学びの空気を生むからです。自分だけが正しいと思わず、人の意見に耳を傾ける。変化を受け入れ、組織とともに成長していく。その姿勢が、会社全体の成長力を引き上げていきます。
経営者とは、完成された人ではありません。むしろ、一生をかけて自分を磨き続ける人なのです。

為政以徳 ―― 徳で治めるという思想

二つ目は、人格、すなわち「徳」です。

為政以徳(いせいいとく)」は、古典『論語』為政篇の言葉です。
「為政以徳、譬如北辰居其所、而衆星共之。」
これは、徳をもって組織を導く者は、北極星のような存在になる、という意味です。北極星は動かず、その場に在り続けるだけで、他の星々は自然とそれを中心に巡ります。
同じように、徳のあるリーダーは、無理に動かそうとしなくても、人や組織が自然とその周りに集まり、整っていくのです。北極星は、声を張り上げることもなければ、命令を下すこともありません。それでも中心であり続けます。これが「徳」の力です。
ここでいう「徳」とは、道徳的なきれいごとではありません。単なる「いい人」であることでもありません。人格の重み、信頼の積み重ね、言行一致、責任を引き受ける姿勢、他者への敬意。こうした「在り方」の総体が「徳」です。
存在そのものが中心となり、人が自然と集まり、支えようとする。それが「為政以徳」という在り方です。

能力×行動力×人格(徳)

人材を見る際は、能力・行動力・人格(徳)の3つの要素で考えることができます。これは足し算ではなく、掛け算です。
例えば、能力が60、行動力が80の人であれば、その力は4,800になります。そこに人格(徳)を掛け合わせます。この人格は数値ではなく、「+」か「-」で捉えます。
能力60×行動力80×人格(+or-)
仮に能力も行動力も高くても、人格がマイナスであれば、結果はマイナス4,800になります。人格がマイナスとは、功績を独占する、失敗を部下のせいにする、自分の利益を優先する、承認欲求が過度に強い―― こうした傾向です。これが強い場合、能力は組織を成長させるどころか、むしろ組織を傷つけます。

では、人格(徳)はどうやって見極めるのか。私は一言で言えば、「自分のためか、他者のためか」という軸で見ます。自分の出世のためか、会社のためか、社員のためか、社会のためか。この視座の高さが、その人の徳の大きさを決めます。
先代である経営者が急逝するなど、いわゆる「突然型(突発型)」の事業承継では、配偶者や子どもが、十分な準備期間のないまま後継者として就任するケースも少なくありません。その場合、実務能力や経営能力が幹部に劣るのは、むしろ自然なことです。
しかし、そうした後継経営者を周囲が支え、組織が結束し、会社が成長・発展していくケースも多く見られます。そこにあるのは、人格(徳)の力です。
特に後継経営者にとって重要なのは、今の能力以上に「人格」です。実務能力が十分でなくとも、人格(徳)によって組織を動かすことは可能です。
自分よりも、周りや他者のために生きられるか
この一点は、後継者を見極めるうえで、欠かせない視点です。

世界のトップリーダーから聞く「virtue」という言葉

ここ数年、海外の経営者や投資家の発言やインタビューに触れる中で、「virtue(徳)」という言葉を耳にする機会が増えました。
かつてビジネスの世界では、成果こそが絶対的な評価基準でした。人格に多少の問題があっても、圧倒的な業績を上げる人材は高く評価され、高額の報酬を得る。多くのビジネスパーソンが、成果を最大化するためにMBAを取得し、戦略やファイナンス、マーケティングを学んできました。それは決して誤りではありません。高度成長期や市場が比較的安定していた時代には、成功事例を分析し体系化することで、一定の再現性をもって成果を生み出すことができたからです。
しかし、今、経営環境は大きく変わりました。技術革新は加速し、産業構造は変化し、地政学リスクや価値観の揺らぎが同時に押し寄せています。昨日まで通用していた成功モデルが、翌日には意味を失うことも珍しくありません。こうした時代では、特定の知識やスキルだけで組織を導き続けることは難しくなります。スキルの賞味期限は短くなり、「何を知っているか」だけでは長期的なリーダーシップを支えきれなくなっているのです。

そこで改めて注目されているのが、リーダーの「在り方」、すなわち人格です。不確実性が高い状況では、人は理論よりも「この人を信じられるか」を見ます。戦略よりもリーダーの姿勢を拠り所にするのです。
信頼は、日々の言動や意思決定、困難な場面での振る舞いから積み上がります。自ら責任を引き受けるのか。短期的な利益よりも長期的な善を選べるのか。都合の悪い事実から目を背けないのか。こうした選択の積み重ねが、やがて人格となり、徳となります。
そして、その徳こそが人を引きつけ、組織を長く支える信頼の源泉となるのです。

失敗する後継者、成功する後継者 東洋思想で読み解く次期社長の育て方
中谷 健太(なかたに・けんた)
株式会社新経営サービス 執行役員 経営支援部部長
「事業承継&後継者育成の専門家」
中小企業診断士/事業承継士/上級相続診断士/認定経営革新等支援機関
同志社大学法学部卒業、同大学院修了。大手コンサルティング会社、事業会社の役員を経て、現在は「事業承継&後継者育成の専門家」として活動。これまで約300社以上の中小企業に対し、全体最適をコンセプトとした承継設計から、後継者・幹部育成、承継後の組織改革までを一気通貫で支援している。単なるスキーム設計や税務対策にとどまらず、承継の成否を分ける「人と組織」に焦点を当てた実践型コンサルティングを展開。事業会社での役員経験や経営当事者としての経験を活かし、理論だけでは終わらない「現場で機能する承継」を設計する実践派コンサルタントとして定評がある。後継者不在や事業不振による廃業予定案件、争族問題に発展した家族経営、社長急逝による緊急承継など、難易度の高い案件を多数担当。全国の経営者団体、金融機関、業界団体等での講演、執筆にも精力的に取り組んでいる。
著書に『「子どもに会社をつがせたい」と思ったとき読む本 中小企業の「事業承継」、この1冊で大丈夫!』(あさ出版)、『店長会議をちょっと変えれば会社の人事はもっとよくなる!』(商業界)、『ゼロからはじめるプロ経営コンサルタント入門』(共著、同友館)がある。

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失敗する後継者、成功する後継者 東洋思想で読み解く次期社長の育て方
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