この記事は2026年8月17日に配信されたメールマガジン「アンダースロー(ウィークリー):2四半期連続の設備投資のマイナスで日銀の利上げは合理的なのか?」を一部編集し、転載したものです。

アンダースロー
(画像=years/stock.adobe.com)

目次

  1. アンダースロー(ウィークリー):2四半期連続の設備投資のマイナスで日銀の利上げは合理的なのか?
  2. 円安の修正に必要なことは利上げではなく投資拡大(8月12日)
  3. 官民連携の戦略投資の拡大が円高要因となる城内経済財政担当大臣の認識は正しい(8月13日)

アンダースロー(ウィークリー):2四半期連続の設備投資のマイナスで日銀の利上げは合理的なのか?

  • 4−6月期の実質GDPは前期比+0.3%(年率+1.1%)と内容が非常に弱い結果であった。ホルムズ海峡の実質的な封鎖によって、原油輸入が滞り、実質輸入が同−1.5%と落ち込んだ。輸入減少による成長押し上げ効果を除けば、経済成長は全くなかったことになる。実質賃金の弱さと家計貯蓄率が低水準なことが示す家計のファンダメンタルズの悪化によって、実質消費も同−0.0%と弱かった。自動車とエアコンの制度変更による4−6月期の一時的な需要増の反動に加え、原油価格の上昇などによるコストプッシュの悪い物価上昇が家計の購買力を更に削り、7−9月期もマイナスとなるリスクがある。

  • 4−6月期の弱いGDPで最も大きな問題なのは、実質設備投資が同−1.2%と、1−3月期の同−1.0%に続き、2四半期連続の大きなマイナスとなってしまったことだ。昨年12月と今年6月に日銀の利上げによって、中小企業や地方企業の投資活動に下押し圧力をかけてしまったとみられる。米国のデータも景気が減速していることを示していることへの懸念もある。政府は、国内投資の拡大によって、経済成長ペースを加速させる方針だ。政府の経済政策の方針と整合的な金融政策運営を求められている日銀は、7−9月期のGDPで設備投資が底割れしていないことを確認してから追加利上げに動くことが合理的だろう。

  • 政府は骨太の方針で、「経済財政運営は「強い経済」の実現を目指しており、そのためにも「安定的な物価上昇」の実現に資する適切な金融政策運営を伴うことが非常に重要である。日本銀行法第4条及び政府・日本銀行の共同声明の趣旨に沿って政府と緊密に連携することを期待する。 」とした。「強い経済」の定義として、「2%の物価安定目標の実現の下で、できるだけ早期に、実質で1%を上回る、名目で3%を上回る経済成長を定着させ、更に引き上げていく。」とした。

  • 日銀の展望レポートでは、2026年度から2028年度の実質GDP成長率の見通しは、+0.6%・+0.8%・+0.8%と、経済成長はまだ弱いことが示されている。一方、物価上昇率の見通しは2%台で、物価安定目標に沿った動きが予想されていて、利上げを焦らなければいけない状況ではない。日米財務相が昨年9月、為替介入に関する共同声明を公表後、真偽は定かではないが、米国は日本政府に対し日銀に利上げを促すよう水面下で要請したと報じられた。このような状況で、日銀が拙速に利上げをすれば、外国の政府の介入によって日銀の金融政策の独立性は棄損されたとみられ、円高への修正には役には立たず、逆に日銀の独立性の棄損によって更なる円安要因となるリスクが生まれかねない。

図1:日銀の予想

日銀の予想
(出所:日銀、クレディ・アグリコル証券)

図2:CACIBの予想

CACIBの予想
(注:物価見通しは2027年4月から食料品消費税1%を前提
出所:日銀、クレディ・アグリコル証券)

以下は配信したアンダースローのまとめです

円安の修正に必要なことは利上げではなく投資拡大(8月12日)

円安水準が続く中、通説はその主因を日米の金利差に求める。日銀がデュアルマンデートの下で利上げに慎重なため、金利差の縮小が見通せないという説明だ。しかし、より本質的な要因として「投資力の非対称性」が挙げられる。米国では官民連携の戦略投資にAI関連の巨額投資が重なり、政府・企業の支出力(ネットの資金需要、企業貯蓄率+財政収支)はGDP比マイナス10%程度に達している。ユーロ圏はマイナス3%程度である。対して日本では、高市政権が掲げるサナエノミクスの戦略投資はいまだ本格始動していない。ネットの資金需要は消滅してしまっている。この構造的な差がマンデル=フレミングモデルの論理で資本を米国へ引き寄せ、円安圧力を持続的に生み出している。金利差はその結果の一側面に過ぎず、「利上げさえすれば円安は止まる」という処方箋は問題の本質を見誤っている。2026年7月に決定された骨太の方針で、これまで投資拡大の障害となってきたプライマリーバランス黒字化目標を事実上無力化し、新たな投資枠を設けることで、2027年度予算の執行から官民連携の戦略投資が本格的に動き出す。この投資拡大が実現して初めて、日米の投資力の差が縮まり、円安の構造的な修正が始まる。

円買い為替介入の効果は、「限定的」と受け止められた。しかし、介入には「牽制」としての意義がある。円安は輸出競争力の強化や対内投資の呼び込みという点で、投資拡大路線には追い風である。しかし、投資拡大の果実が労働生産性の向上や実質賃金の上昇として家計に届くまでには相当の時間を要する。その移行期間中に円安が過度に進めば、輸入物価の上昇が家計を圧迫し、内需が腰折れするリスクが生じる。このため、家計の負担と企業の投資を促すための円安の目途は、150円台近辺だと考えられる。それを超える円安には介入で牽制するという設計を採っているとみられる。重要なのは、政府が円安を「大きく円高方向に修正しよう」とは考えていない点だ。あくまで過度な円安を抑制する牽制であり、円高への積極的な誘導ではない。家計への直接的な負担軽減は、所得税・消費税の減税を含む積極財政で対応する。

高市政権は日銀に対し、物価安定に加えて強い経済成長も責務とする「デュアルマンデート」を課している。これを「政治的圧力による利上げ抑制」と批判し、日銀の独立性が損なわれているとの懸念がある。しかし、デュアルマンデートは日銀法4条に基づく政府との連携の枠内であり、物価安定のみを責務とするECB型から、物価安定と最大雇用の双方を責務とするFRB型へと政策運営の枠組みを転換する試みであって、日銀の独立性を毀損するものではない。さらに、利上げが後手に回っているなら、市場では急激な利上げ予想が形成されるはずだが、そのようなエコノミストは皆無だ。市場予想に急激な利上げが織り込まれていない以上、日銀が後手に回っているとは言えない。また、市場が政治的圧力を織り込んだ上で利上げ予想を抑制しているのであれば、物価上昇率の大幅な上振れの予想が形成されるはずだが、そのようなエコノミストは皆無だ。

最も強く警戒されるのは、日銀の急速な利上げで円高を強制的に実現しようとするシナリオだ。グローバルな投資競争が激化する中で金融引き締めを行えば、国内投資が萎縮し、将来の供給能力が毀損される。供給能力への不信が高まれば、円安は再燃し、今度は投資の裏付けを欠いた「制御不能な悪い円安」に転落するリスクがある。現在の円安は投資拡大を伴っており将来の供給能力増強が見込まれるため懸念は小さいが、投資が失速すれば話は根本的に変わる。1985年のプラザ合意後に急激な円高が進んだ際、日銀が過度な金融緩和で対応した結果、バブルが生まれ、その崩壊が「失われた30年」の起点となったことは今日ではコンセンサスとなっている。円高に緩和で対応したことが誤りであったなら、円安に引き締めで対応することも同様に誤りで、現在の円安局面での過度な金融引き締めは大きなリスクとなる。高市政権が目指すのは「官民連携の戦略投資拡大→生産性向上→実質賃金上昇→円安の構造的修正」という好循環のシナリオだ。このシナリオが実現すれば、金融引き締めに頼らずとも円安は自律的に修正される。

図1:日本のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)

日本のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
(出所:内閣府、日銀、クレディ・アグリコル証券)

図2:米国のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)

図1:米国のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
(出所:FRB、Bloomberg、クレディ・アグリコル証券)

図3:ユーロ圏のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)

ユーロ圏のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
(出所:Eurostat、Bloomberg、クレディ・アグリコル証券)

官民連携の戦略投資の拡大が円高要因となる城内経済財政担当大臣の認識は正しい(8月13日)

城内実経済財政担当大臣は8月10日、ブルームバーグとのインタビューで、高市早苗政権が掲げる「責任ある積極財政」に対する市場の懸念に正面から反論した。城内大臣は、高市政権の経済政策が供給力と生産性を強化し、日本への投資と円建て資産への需要を高めることで、円安は自律的に修正されると主張した。「円安が継続するとは考えていない。むしろ円に上昇圧力をかける可能性がある」と述べた。財政政策についても「持続可能性を非常に重視しており、拡張的ではない」と強調し、債務残高の対GDP比低下を中核目標に据えた新たな財政運営の枠組みへの移行を説明した。「骨太ショック」と呼ばれた長期金利の30年ぶり高水準や円安進行についても、城内大臣は「1つの政策文書と市場の動きを単純な因果関係で結びつけるのは適切ではない。市場は海外金利動向や国債需給など複合的な要因を反映している。」と反論した。

こうした政府の説明を理解するうえで重要なのが、円安の「構造的要因」という視点だ。通説は円安の主因を日米金利差に求めるが、より本質的な要因は投資力の非対称性にある。米国ではAI関連投資も加わり、政府・企業の支出する力であるネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)はGDP比マイナス10%程度に達する。ユーロ圏もマイナス3%程度だ。既に投資拡大が強く、金利の先高観も同時に強いことになる。一方、日本ではサナエノミクスの戦略投資はいまだ本格始動しておらず、ネットの資金需要は事実上消滅している。この構造的格差が資本を米国へ引き寄せ、マンデル=フレミングモデルの論理で円安圧力を持続的に生み出している。グローバルに官民連携の戦略投資と産業政策の大競争に時代に突入したという認識が広まっているため、日本の出遅れが意識されている。

日銀が「利上げさえすれば円安は止まる」という処方箋は問題の本質を見誤っている。2026年7月に決定された骨太の方針では、プライマリーバランス黒字化目標を事実上無力化し、新たな投資枠を設けた。2040年度までに戦略17分野へ累計370兆円超の官民投資を行う工程表も示されており、2027年度予算の執行から戦略投資が本格始動する。この投資拡大が実現して初めて、日米の投資力の差が縮まり、円安の構造的修正が始まる。高市政権が描くのは「官民連携の戦略投資拡大→生産性向上→実質賃金上昇→円安の構造的修正」という好循環だ。このシナリオが実現すれば、円安は自律的に修正される。城内大臣が強調する「強い経済と財政の安定の一体的実現」こそが、「責任ある積極財政」の本質であり、その成否が日本経済の行方を左右する。

為替は二国の相対的な経済状況や政策を踏まえたうえで市場が取引しているレートである。足元のドル高円安は円の信認の毀損ではなく、米国が相対的により長期投資を含む財政支出を拡大し、経済成長率が高まったことにより、政策金利を引き上げてきたことが反映された結果である。日米の財政収支の変化の差でドル円の動きを説明することが可能であり、変動相場制下で政府が財政を拡大させると金利が上昇し、通貨高となる「マンデル・フレミングモデル」の効果は働いていることが示されている。より内需が強く、投資機会も豊富で、金利が高い米国経済により資金が向かい、ドル高円安基調となることは自然な動きである。

為替介入については、その効果は「限定的」と受け止められているが、牽制としての意義は大きい。投資拡大の果実が実質賃金の上昇として家計に届くまでには時間を要する。その移行期間中に円安が過度に進めば、輸入物価上昇が内需を腰折れさせるリスクがある。円安の許容水準は150円台近辺とみられ、それを超える局面では介入で抑制する設計だ。ただし、政府が目指すのは円高への積極的な誘導ではなく、過度な円安の抑制にとどまる。家計への直接的な負担軽減は、所得税・消費税の減税を含む積極財政で対応する方針だ。

日銀への安定的な物価上昇と強い経済成長の両立を目指す「デュアルマンデート」の付与については、政治的圧力による利上げ抑制との批判もあるが、これは日銀法4条に基づく政府との連携の枠内であり、物価安定のみを責務とするECB型からデュアルマンデートのFRB型への転換を試みるものであって、日銀の独立性を毀損するものではない。骨太の方針では、政府は「強い経済」の定義を、「2%の物価安定目標の実現の下で、できるだけ早期に、実質で1%を上回る、名目で3%を上回る経済成長を定着させ、更に引き上げていく」と明確化した。日銀の展望レポートでは、2026年度から2028年度の実質GDP成長率の見通しは、+0.6%・+0.8%・+0.8%と、経済成長はまだ弱いことが示されている。一方、物価上昇率の見通しは2%台で、物価安定目標に沿った動きが予想されている。

市場予想に急激な利上げが織り込まれていない以上、日銀が後手に回っているとも言えない。最大のリスクは、日銀が急速な利上げで円高を強制的に実現しようとするシナリオだ。金融引き締めが国内投資を萎縮させ供給能力を毀損すれば、海外依存の拡大の懸念を背景とした「制御不能な悪い円安」に転落しかねない。1985年のプラザ合意後、急激な円高に対して日銀が過度な金融緩和で応じた結果、バブルが生まれ「失われた30年」の起点となったことはコンセンサスだ。円高に金融緩和で対応したことが誤りであったなら、円安に金融引き締めで対応することも同様に誤りであることは自明だ。

政府と日銀の連携は正常な経済政策の姿である。一方、内政干渉のような外圧による金融政策の変更は独立性を棄損し、外圧に脆弱な中央銀行を持つ国の通貨は強くならない。共同通信は、日米両政府が実施した異例の28年ぶりの円買い協調介入は、日銀の植田和男総裁が9月以降の早期に政策金利を引き上げると強く示唆したことが決め手となったと報じた。複数の日本政府関係者は、「利上げの遅れが過度な円安を招き、さらなる物価高と長期金利の上昇が世界金融市場に波及することを米国が懸念していたためだ」とした。そして、ある高官は「植田氏発言は米側に高く売れた。一方で、日銀は(次回9月17、18日の金融政策決定会合で)利上げの選択肢以外は取れなくなった」と語った。日米財務相が昨年9月、為替介入に関する共同声明を公表後、真偽は定かではないが、米国は日本政府に対し日銀に利上げを促すよう水面下で要請したとも報じられた。ベッセント米財務長官は日本の長期金利上昇につられて米金利も上がれば、米経済を冷やしかねないと危惧したとされる。外国の政府の介入による日銀の利上げが事実であれば、日銀の金融政策の独立性は棄損されたと言える。今後の利上げもそのように見られてしまうことは円高修正には役には立たず、逆に独立性の棄損によって更なる円安要因のリスクとなる。

図1:マンデル・フレミング効果

マンデル・フレミング効果
(注:2022年は外れ値として除外
出所:内閣府、日銀、BEA、FRB、クレディ・アグリコル証券)

図2:日米のCPI(グローバルコア)

日米のCPI(グローバルコア)
(出所:総務省、BLS、クレディ・アグリコル証券)

図3:米国名目成長率と国債30年金利

米国名目成長率と国債30年金利
(出所:BEA、Bloomberg、クレディ・アグリコル証券)

図表:日本経済見通し

日本経済見通し
CACIBの予想
(注:物価見通しは2027年4月から食料品消費税1%を前提
出所:日銀、クレディ・アグリコル証券)

会田 卓司
クレディ・アグリコル証券 東京支店 チーフエコノミスト
松本 賢
クレディ・アグリコル証券 マクロストラテジスト

本レポートは、投資判断の参考となる情報提供のみを目的として作成されたものであり、個々の投資家の特定の投資目的、または要望を考慮しているものではありません。また、本レポート中の記載内容、数値、図表等は、本レポート作成時点のものであり、事前の連絡なしに変更される場合があります。なお、本レポートに記載されたいかなる内容も、将来の投資収益を示唆あるいは保証するものではありません。投資に関する最終決定は投資家ご自身の判断と責任でなされるようお願いします。