CME(シカゴ・マーカンタイル取引所)のフェドウォッチによると、5月上旬には10%以下だった6月FOMC(米連邦公開市場委員会)での利上げ確率が5月24日現在で34%にまで上昇している。さらに7月は56%となっていることから、市場は早ければ6月、遅くても7月には追加利上げの実施を見込んでいるとみてよさそうだ。

しかし、ウォール街の市場関係者からは「現在の株式市場が利上げに耐えられるとは考えづらい」との指摘も多い。このところタカ派に転じた観のあるFRBの金融スタンスには懐疑的な声が広がっていることは確かだ。米株式市場は、ようやく利上げ開始前の水準を取り戻したばかりであり、もうしばらく利上げを先送りしてもよさそうなものである。なぜFRBは利上げを急いでいるのか、その理由を探ってみよう。

米国経済の低成長は「低金利」が原因?

米景気は拡大が続いているとはいえ、成長のスピードは金融危機以前と比べて大きく鈍化している。低成長の要因については、サマーズ元財務長官の「長期停滞論」や人口要因などさまざまな角度から議論されているが、市場関係者からちらほら聞こえてくるのは、「低金利が原因で低成長に陥っているのではないか」という指摘だ。

一般に、金利が高いほど銀行の収益率も高いと言われており、貸し出しが本業であることを踏まえて、貸し出す金利が高ければそれだけ儲けも増えるが、低いとその分儲けも薄くなるとされている。ただし、短期で借り入れて長期で貸し出しているので、利ザヤに影響するのは長短金利差であって、金利の水準そのものではない。

この点について、セントルイス連銀が5月16日付のブログで、「金利水準(高いか低いか)と銀行の収益率の間には安定的な関係はうかがえない」との分析結果を紹介している。むしろ、金利が高くなる金融引き締め局面では利ザヤが縮小し、金利が低くなる金融緩和局面で利ザヤが拡大する傾向にあるという。要するに、銀行の収益に連動している可能性があるのは、金利の絶対的な水準ではなく、長短金利差の動きということだ。

そうすると、銀行の収益を高めたいのであれば、利上げは得策ではないということになるが、上記の関係は金融危機以前での話となる。銀行の利ザヤは、金融危機後のゼロ金利政策により一時的に大きく拡大したが、2010年頃をピークに縮小に転じ、現在では過去40年で最低の水準にある。ゼロ金利を維持したまま、量的緩和で長期金利を押し下げた結果、長短金利差が過去に例のないほど縮小してしまったからだ。

銀行の収益力低下で経済成長が鈍化?

上記の影響で銀行の収益力が低下し、世の中にお金が回らなくなったために成長が鈍化したのではないか、というのが低金利・低成長の見立てである。

通常、景気の回復を中央銀行(短期金利)より先に市場(長期金利)が織り込むことで、景気がよくなると長短金利差は自律的に拡大するはずなのだが、長期金利には上昇する気配がない。期待インフレ率の低下など理由はいろいろと考えられるが、緩和的な金融政策が維持されていることもその理由のひとつに挙がっており、早期の金融正常化が支持されることにつながる。

長短金利差の拡大により銀行の収益率が高まることで、よりリスクの高い投資先へとお金が回るのであれば、景気の押し上げにつながる。今後の景気や金融政策を占う意味でも、つぶれてしまっているイールドが元に戻る方向にあるのかどうかにも注意が必要となりそうだ。

FRBの低金利政策が所得格差を助長?

FRBが利上げを急ぐ理由を政治的な要因に求める向きも多い。11月に大統領選挙を控えていることから、利上げをするならできるだけ早いほうがいい、というやや単純な見方もあるが、状況をより複雑にしている視点として「所得格差」が挙げられる。

量的緩和の恩恵は富裕層に限られるとの指摘は当初からあるが、昨年6月にノーベル経済学賞受賞者でコロンビア大学のスティグリッツ教授が「低金利政策は所得格差を助長する」と主張したことで、再び注目度が高まっている。無敵と言われていた民主党のクリントン候補が、「格差是正」を訴える無名のサンダース候補に予備選で苦戦を強いられていることからも、この問題に対する国民の関心の高さがうかがえよう。

スティグリッツ教授によると、富裕層と低・中所得層とでは、資産の構成が異なり、富裕層はリスクの高い株式などに投資できる一方で、低・中所得層はリスク許容度が小さいことから、例えば定期預金などの確定利付き資産を保有する傾向にあるという。低金利政策は確定利付き資産からの収益を小さくする一方で、株価を押し上げる効果が期待できることから、所得格差を拡大する可能性がある。

また、5月23日付のセントルイス連銀のブログでも株価と所得不平等にふれており、所得分配の不平等さを計る指標として知られているジニ係数(大きいほど格差が大きい)をみると、米国では戦後から1970年頃まで緩やかに低下していたが、ここを境に現在まで上昇傾向が続いている。この動きは株価の大幅な上昇と歩調をあわせていることから、株価の上昇が所得の不均衡を促した可能性が指摘されている。

今後、大統領選がヒートアップしていく過程で、「FRBが低金利政策により所得格差を助長した」との非難が高まることは十分に考えられる。こうした論争に巻き込まれないためには、景気が腰折れしない限り、たとえ株価が調整となっても利上げを実施する姿勢を示す必要があるのかもしれない。(NY在住ジャーナリスト スーザン・グリーン)