割高感なき史上最高値更新
企業収益の減益局面に終わりが見えてきたことを背景にNYダウ、S&P500は史上最高値を更新した。足元で本格化している米国主要500社の2016年4-6月期決算はトムソン・ロイターの集計によると4.8%減の見通しだ。1-3月期の最終利益は前年同期比5%減益となったが、4-6月期も同じ程度の減益が続く。減益はこれで4四半期連続となり、リーマンショック後の09年以来となる長期の減益局面を迎えている。
減益の要因は明らかで、資源価格の下落とドル高である。4-6月のWTI価格は平均すると1バレル約46ドルで推移した。前年同期と比べるといまだ2割安い水準でこれを受けた「エネルギー」は78%の減益、「素材」も10%超の減益が見込まれている。
だが、もうひとつの減益要因であるドル高には歯止めがかかっている。加えて「一般消費財」(8%増)や「ヘルスケア」(4%増)など内需消費関連は堅調だ。こうしたことから、4-6月期も減益局面は続くが1-3月が収益の底で、7-9月期には5四半期ぶりに前年同期比で増益に浮上することが見込まれている。
足元は悪くても、先行きの収益改善を織り込むのが株式市場。このタイミングで最高値をとってきた米国株は、マーケットとしての価格形成メカニズムがちゃんと機能していると感心する。
前回史上最高値をつけた1年2カ月前と比べても、割高感はない。PERは17倍で同じだが金利水準がまるで違う。当時より現在は約80bpsも長期金利が低く、その結果リスクプレミアムが高い水準にある。この観点からは米国株の上値余地は(まだもう少し)残されていると言える。
波乱材料は何か
短期的には非農業部門雇用者数の振れが大きくなっていることに注意が必要だろう。米国の雇用情勢に、英国国民投票の結果(BREXIT)がすぐ反映されるとは思えないが、これだけ統計がブレているだけに、BREXIT後の7月分が発表される来月の雇用統計は再び波乱材料になるかもしれない。
僕は米国景気については、今がピークの状態にあり、この高原状態はしばらく続くが、今がピークということはこれより良くはならないのだから、景気後退は時間の問題だと思う。おそらく来年には景気後退を迎えるだろう。いずれにせよ、米国経済は減速に向かうだろう。
失業率は5%を切って完全雇用の状態にある。ということは、雇われるべきひとは雇われ尽くしてしまったのだから、新しい職が生まれない限りこれ以上、雇用は増えない。足元は完全雇用だから、労働需給は引き締まり、賃金にも上昇圧力がかかるだろう。リーマンショック前の好況時に年4%前後で伸びていた賃金は、今回の景気回復局面では上昇が鈍い。それでもようやく2%台半ばまであがってきた。
アトランタ地区連銀の賃金伸び率トラッカーはすでに3.5%まで上昇、7年ぶりの高水準をつけている。この指標は人口構成のバイアスを調整しているので、より正しい賃金インフレの指標だという声もある。人口構成のバイアスとは、新たに労働人口に加わる人々よりも賃金の高いベビーブーマー世代が労働力人口から離脱していることが反映されているというものだ。
しかし、構造問題は人口動態だけではない。テクノロジーの発達によって、労働分配率が落ちているということもある。労働におカネが払われなくなっているということだ。人間に高い賃金を払わなくても(機械が働いてくれるから)生産は落ちないということがわかってきたためだ。雇用者数は増えても、その多くが低賃金の労働者である。だから平均賃金の上昇が鈍いのである。このポイントは興味深く、また非常に重要だが、詳しい議論はまた別の機会に譲る。
ここでの論点は、いろいろ問題がありながらも、米国の労働市場は飽和状態にあり、賃金インフレの兆しが出ているということだ。これを受けて、現在は引っ込んでいる年内利上げ観測が再浮上することはじゅうぶんあり得る。その時、米国株は調整を迎えるが、その先、新たな大統領(どちらがなっても)のもとで迎える景気後退局面では、再び金融緩和を背景に上昇基調を辿っていくだろう。
問題は、その前にいったん調整が来るであろうということだ。振れの大きくなっている雇用統計のサプライズ、賃金インフレの兆しからの利上げ観測の再燃、そして利上げが行われたら、その後に来る景気後退の予兆。それらが米国株を史上最高値圏から引きずりおろすことになるだろう。
重要なことは、米国株は、マーケットとしての価格形成メカニズムがちゃんと機能しているということだ。株価を決めるのは企業が生み出すキャッシュフローとその割引率である。だから金融緩和の兆しをマーケットが嗅ぎ付ければ、株価は上昇する。高値で売って、調整局面で仕込んで次の金融相場を待つ。それが今後1年程度の米国株の投資スタンスだ。
広木隆(ひろき・たかし)
マネックス証券
チーフ・ストラテジスト
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