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(写真=PIXTA)

どんな仕事であっても新人が一人前になるには、ある程度の時間が必要だ。こと職人の世界では「仕事は教わるものではなく盗むものだ」と言うような師匠もいる。しかし合理的に考えるなら、教わるべき事をきちんと整理しながら効率よく伝えてくれ良いという意見もある。

職人の世界は一言では語れないが……

「そば打ち3年、こね8年」という職人言葉があるが、これを批判する意見もある。「仕事は見て盗め」という職人の世界の常識を否定するものだ。労働基準法違反ギリギリでこき使われている実態への批判から出た言葉だろう。

果たして一人前になるのに11年も必要かとなれば、以前にメディアで発言していた実業家、堀江貴文氏の言葉を思いだす。彼は寿司職人になるには下積みと称しなかなか仕事を教えないことに疑問を呈していた。

彼に言わせれば「寿司アカデミーで学べば数カ月で(寿司屋になるための)ノウハウが学べます」、あるいは職人が増え過ぎないように「わざと教えないようにしている」とすら発言しているのだ。たしかに丁寧に教えればライバルを増やすだけだという事になる。

職人に限らずビジネスパーソンなら誰でも、下積み時代を懐かしく思い出す時があるだろう。しかし下積み不要論を唱え、効率を優先する考え方も存在する。だが下積みがなければ仕事を覚えられない職種もあるのではないか。果たして下積みは不要なのか。

知識と知恵の関係

仕事をうまくこなすには知識と知恵の両方が必要となる。どんなに知識や教養があっても知恵の無い人は仕事をスムーズに進める事ができないからだ。その逆も同様で知恵を働かせても基本的知識がないと、せっかくの知恵を生かせないこともある。

例えば知識と知恵の関係は、一昔前と比べて大きく変わったのではないか。今やインターネットの普及であらゆる知識が簡単に手に入るからだ。以前であれば専門的なある特定分野の知識を持っている人は存在感があったものだ。

しかし今は知識そのものに価値を見出すことは難しくなり、それよりは多くの知識を上手に交配させながら新しい価値を創造する知恵を働かせながら仕事をする事の方が重要になってきている傾向にある。

経験から得た知恵はお金で買えない

インターネットが普及したからと言って情報の洪水を全員がうまく処理できるわけではない。職場では情報の格差は個人的には縮まることはなく、そこの業務に関連した知識をうまく知恵に結び付けながら仕事をこなす人がもっとも高い評価を得ることになるからだ。

必要な知識は多少の出費さえ気にしなければ得ることはできる。しかし知恵については知識のように簡単にお金で買うことはできないのだ。ある程度の下積時間をかけないと自分の物にできないので、この部分は経験が豊富な人の方が有利なのだ。

忘れてならないことは、下積み時代の経験をした人にしか分からない業務上のノウハウや知恵は確かに存在するわけだから、その知恵を全員が知識化しなければ意味がないという事実だ。個人が所有する知恵を共有しなければ、知恵を持つ意味は半減してしまうのだ。

仕事をする際には、それまでに得た知恵を普遍化し一般化して置かないと人に伝える事ができないわけだし社内の成果にも結びつきにくいものがある。したがって知恵は共通知識にしておかないと会社の財産とはならないのである。

知識と智恵の関係では、若いうちは先輩ら教えられる知識を得て蓄積を重ねることは重要になってくるが、ある程度年齢が増してきた段階からは、これまで得てきた自分自身の知恵を知識化しながらその知識を蓄積することが大事だ。

丹羽宇一郎氏の言葉

元伊藤忠商事社長の丹羽宇一郎氏はさまざまな名言を述べているが、「商売とは、自分の人格を売買するほど大事なものだ」と語っている。商品だけでなく人格を売ることも重要であり商品が良くても売る側の品性や人格が悪くては信用されないし商売は成り立たないというのだ。

また商社マンはお客様に信頼されなければいけないと言うことから、「偽りを言ってはいけない」、「人のためになる仕事をしなければいけない」、「商売道」または「商人道」を通し信頼を得ながらも、最も精神力のいる仕事だとも述べている。

あるいはこんな言葉も述べている。商社を志す人間はマックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読み資本主義の原点を学んでもらいたいと。そして、職業の倫理観、商売道の形成を歴史的に学問的に理解することから始めることだと言っている。

このような奥の深い言葉を理解し自分なりの血となり肉となりにするには、一長一短では出来るはずもなく、長いサラリーマン人生を経験しなければ得られるものではないし効率だけを追いかける成果数字作りだけで無理な領域でもある。

下積みは裏切らない

企業では新入社員の育成プログラムがあるので、新人研修といった教育制度で平等に業務知識を教え、全員で力を合わせて目標達成を目指そうというやり方がある。しかしそれとは訳が違うのが職人の世界だ。職人の仕事は、見て学ぶ必要もあるだろう。教えられて覚えるより自分なりの感覚をつかまなければいけない分野もある。

法律に背いたブラックな働き方はいけない。しかしビジネスで成功した人は誰もが、相当働いている。

『下積みは、あなたを裏切らない!』(マガジンハウス)という著書を持つ人材コンサルタントの常見陽平氏もインタビューで、「下積みこそが社会人としての基礎力をつける」としたうえで、残業代が支払われないなどの法律に背いたブラックな働き方と、激しく働くことは混同されがちだが、きちんと分けて議論しなければいけないと述べている。その上で、堀江氏についても、起業したばかりの頃は相当ハードに働いていたはずとしている。

下積みの大切さと効率の問題は、程度の問題でもあり、個別の事情にもよる部分が大きいが、自らの成長につながらない、働く目的の達成のためにならない働き方をしているなら、よくよく考え直したほうがいいだろう。(ZUU online編集部)