総務省は市町村ごとに働く人の基本情報を集積し、活用戦略を立てる「“地域の人事部”戦略策定事業」を2016年度中にスタートさせる。各市町村を地域の人事部に見立て、地域の人材バンクを立ち上げて人材の育成、活用を進めるのが狙いだ。年度内はモデルとなる市町村でスタートし、その後で全国に広げていく。

地方は今、中小企業の人手不足が深刻化するなど人口減少と少子高齢化の影響が深刻さを増している。だが、地域内にどんな人材がいるのかを掌握しなければ、移住者の起業支援やテレワークの推進もおぼつかない。総務省はこの事業を通じ、地域の課題解決に有効な戦略を打ち出してもらおうと考えている。

地域の働き手を休職者も含めて人材バンクに登録

人材バンクには、住民の資格や職歴、特殊技能などを登録してもらう。就労中の人に加え、定年退職した高齢者、出産や育児で一時離職している人にも登録を呼びかける。企業が個人の同意を得て登録することも認める方向だ。

各自治体は登録内容をデータベース化したうえで、地域の課題に合わせ、働き手の能力を最大限に引き出す人材の育成、活用戦略を立案する。具体的な計画としては移住者の起業支援、テレワークの推進、人手不足の中小企業に対する人材確保支援などが考えられるという。

総務省は既に2016年度補正予算案に必要経費を盛り込んでおり、可決されれば産業構造や人口規模が異なる5程度の自治体をモデル地区として年内にも選ぶ。2017年度以降に初年度の成果をまとめ、全国に広げていくことにしている。

地域にどんな人材がいるかは、厚生労働省所管のハローワークが求職者情報を持っている。しかし、これはあくまで失業者の情報に限定される。自治体も厚労相に通知すれば地方版ハローワークを設置できるが、就労中や求職中の情報は乏しいのが実情だ。

総務省地域政策課は「地域人材の実情が分からなければ、人材育成や活用の方策も見えてこない。実態をしっかり把握したうえで、各市町村には地域の事情に合った戦略を打ち出してほしい」としている。

地方の中小企業は人口減少で人材確保に苦戦

総務省が地域の人材活用戦略を支援するのは、人口流出と少子高齢化が地方に深刻な影響を与え始めたからだ。影響は多方面に及ぶが、地方経済を支える中小企業には人手不足となって表れている。

民間信用調査機関の帝国データバンク広島支店が7月、中国地方5県に本社を置く企業1231社に対する人手不足に対する意識調査を実施したところ、回答した574社のうち「正社員が不足している」と答えたところが37.5%、「非正社員が不足している」と答えたのが22.9%に上った。

1月の調査に比べると、正社員で3.8ポイント、非正社員で4.2ポイント緩和されているものの、依然として深刻な状況に変わりない。業種では建設、サービス、小売りの人手不足が目立っている。

同支店調査部は「団塊世代の大量退職と少子高齢化による労働人口の減少が、中小企業を直撃している。事業拡大を目指しても人員を確保できず、思うようにならない状況が浮かび上がる」とみている。

全国的に見てもこの状況に大きな変化はない。日本商工会議所が4~5月に全国の中小企業4072社を対象に実施した調査では、回答した企業2405社のうち、55.6%が「人手不足」と答えた。2015年調査を5.3ポイント上回っている。

これに対し、「過不足はない」と回答した企業は、39.7%にとどまった。2015年調査を5.8ポイント下回り、厳しい人手不足が続く状況をはっきりと物語っている。

地域人材の活用には市町村の創意工夫が必要

だが、人口減少にはなかなか歯止めがかからない。地方創生に関心を持つ人は徐々に増えつつあるが、東京一極集中の人の流れが地方へ向かう人の流れを上回っている状況に変化が見られないからだ。

過疎地域では既に、人口減少が市町村の財政を直撃し、公共サービスを維持できなくなりつつある。このまま放置しておくと、集落が消え去るばかりか、市町村の存続すら危ぶまれる状態になりかねない。

このため、各市町村は移住の促進や移住者の起業支援、場所に関係なく働けるテレワークの推進などあの手この手の打開策を打ち出している。しかし、移住者の起業支援やテレワークの推進を進めるとしても、地域内にどんな人材がどれだけいるかを把握しなければ、有効な手を打ち出しにくい。

地域課題の解決に向け、地域を挙げた新たな活動に取り組む場合も、事業推進に必要な人材ニーズと住民の能力のギャップを踏まえ、どのような技能を持つ人をどれくらい育てる必要があるかを見定めなければならない。人材情報の把握は必須条件だ。

総務省には全国の市町村から「国の創業支援事業やテレワーク推進事業を始めたいが、地域内にどんな人材がいて、どういうスキルを持っているかを把握できない」との悩みが相次いで持ち込まれているという。

しかし、人材バンクを作っただけでは意味はない。肝心なのは各市町村が人材バンクを生かしてどんな事業を打ち出し、働き手の能力を最大限に引き出すかだ。この事業が動きだしたあと、市町村の真価が問われることになる。

高田泰 政治ジャーナリスト この筆者の記事一覧
関西学院大卒。地方新聞社で文化部、社会部、政経部記者を歴任したあと、編集委員として年間企画記事、子供新聞などを担当。2015年に独立し、フリージャーナリストとしてウェブニュースサイトなどで執筆中。マンション管理士としても活動している。