不妊治療
(写真=PIXTA)

静岡県浜松市の不妊治療専門院「アクトタワークリニック」(松浦俊樹院長)が、国内では一般患者に行うことができないはずの「着床前遺伝子スクリーニング(受精卵検査、PGS)」を行っていたと公表した問題で、日本生殖医学会(苛原稔理事長)は11月2日、松浦院長の生殖医療専門医資格を取り消す決定をした。

同院は今年6月、希望する30の女性47人に検査を実施、1人が出産、6人が妊娠中と公表していた。PGSは日本産科婦人科学会(日産婦)が不妊治療歴など一定の条件に合致した患者に対し、臨床研究の準備を進めている段階だ。日産婦はその後、松浦院長に対して厳重注意処分を通達していた。

アクトタワークリニックは公表した際、学会の指針に反する意図は無いとし、「習慣流産や不育症に悩む女性を救いたい」という思いで実施したと理由を説明していた。

今回の資格取り消しは、「(資格が)日本産科婦人科学会が示す見解を順守していることが前提で、高い倫理観が求められる専門医として、ふさわしくない」という理由だ。

生殖医療専門医は全国に約600人いるという。

着床前診断(PGD)と診断を行う条件

着床前受精卵検査とは、体外受精してできた胚を検査して染色体が正常な胚だけを子宮内に移植することにより、流産を防ぐ治療法のこと。普通これらを行う場合には「夫婦どちらかの染色体構造異常がある場合」や、「遺伝子疾患が原因となる習慣流産(不育症)の恐れがある場合」としている。

日本生殖医学会が認定する生殖医療専門医は全国に約600人いるが、日本産科婦人科学会の倫理委員会から承認を得て、着床前診断を行うことになっている。

日本産科婦人科学会は、着床前診断を行う適応条件を限定している。条件とは、「原則として重篤な遺伝性疾患児を出産する可能性のある、遺伝子変異や染色体異常を保因する場合」と、「重篤な遺伝性疾患に加え、均衡型染色体構造異常に起因すると考えられる習慣流産(反復流産を含む)になっている場合」だ。

つまり、医学的に子どもに重い病気が遺伝する可能性がある場合ということで、どんな病気に対しても行われるというわけではない。また何度も流産をくり返す中で“染色体の形の変化(染色体転座)”が原因と考えられる夫婦も着床前診断の対象といえる。

日本産科婦人科学会に申請してから認定を受けるまでには最短でも3カ月は必要というのが一般的とされている。

日本の現状や問題点

着床前診断は体外授精が前提。まず夫婦の精子と卵子を体外で授精させ受精卵が細胞分裂を起こす。そこから細胞を1個取り出して遺伝子を解析する。そこで異常がなければ受精卵を子宮に戻す。従来の出生前診断は、お腹のなかの赤ちゃんを調べたので「胎児診断」とも言われていた。

着床前診断によって胎児に影響が出るかどうかはまだ分かってない。体外受精を受けて出生した子どもが一般の子供に比べて特定の病気が増えるという報告もあれば、変わらないという報告もある。仮に増えるとしても、原因が体外受精や胚生検なのかは特定が難しいようだ。

海外では1990年ごろから着床前診断が始まってはいる。しかし、国によっては倫理的・社会的な考え方が違うばかりか、遺伝性疾患の種類や患者の数も違うことから、着床前診断の対象の範囲や実地方法を考えた場合には、日本固有の事情も考慮する必要がありそうだ。

不妊に悩む夫婦や男女は少なくない。出生率が下がっているなかで、今後治療の技術向上を求める声は大きくなろう。何としても子供が欲しいという気持ちにこたえたいという医師の思いもあろうが、同クリニックや不妊に悩む男女だけの問題にせず、幅広い議論が必要だろう。(ZUU online編集部)