遺言,パソコン,規制緩和
(写真=PIXTA)

父親が遺してくれた遺言書には、「不動産は長男であるAに相続させる。不動産の表示:東京都新宿区〜」と続いている。相続財産のなかでもっとも高価である新宿の土地を相続できると喜んだAさんだったが、パソコンで作成した遺言は残念ながら無効、Aさんは単独で土地を取得できないのだ。

パソコン遺言が解禁?

パソコン遺言の効力が認められないのは有名な話である。現行法上、もっとも簡単につくれる遺言書は「自筆証書遺言」であるが、「全文を」自書しなければいけない。方式違反では有効と認めてくれないのだから、遺言書の作成は「自筆証書遺言」を選択しないことが一般的になってしまっている。

本題はここからだ。2016年現在、相続法についての改正が検討されている。昭和22(1947)年からの現行の相続法が大きく変わったのは昭和55(1980)年で、今回の改正は実に30年以上ぶりの大改正が予定されている。改正項目のなかには、「自筆証書遺言」もあり、これで遺言制度が大きく変わる可能性がある。遺言の作成が、より簡単でより安心できるものになるかもれないのだ。

そもそも自書が求められている理由の一つは、自書だと筆跡鑑定ができるからだ。遺言書をめぐるトラブルに発展したときに筆跡鑑定をして、遺言書を本人が書いたかどうか明らかにすることができる。自書には、しかるべき理由があるわけだ。

しかしながら「全文の」自書まで求める必要あるのだろうか。重要な箇所は自書するべき理由は分かるが、パソコンで作成してもよい部分があるのではないだろうか。全文の自書を求めることが遺言書の作成を躊躇させ、「争続」を誘発している面があるともいえるだろう。筆者は遺言がないことでトラブルに発展する事例を、本当によく見かけてしまう……。

そこで改正案は、パソコン遺言を認める方向で検討されている。さすがにすべてをパソコンで作成すると筆跡鑑定が不可能になり、誰が書いた遺言書か分からなくなる。パソコン遺言が解禁されるのは、あくまで部分的な話だ。部分的ではあるものの、「全文の」自書が不要になるだけで、遺言書作成のハードルが一気に下がることは間違いないであろう。

パソコン遺言が解禁されそうなのは、「財産の特定」に関する事項だ。遺言書を作成するときに、不動産の表示や預金口座を特定するために口座番号などを羅列するだろう。このような「財産の特定」に関する事項は記載が面倒な箇所であって、文字を書くのが難しい高齢者の方には特に酷であった。「財産の特定」が自書でなくてよいなら、たしかにラクに遺言書を作成できるようになるのだ。

自筆証書遺言のデメリットは「保管」にあった

改正が検討されているのはこれだけではない。自筆証書遺言のデメリットである「保管」についても、制度が整備される方向なのだ。

自筆証書遺言の保管といえば、現在は作成者側に委ねられている。当然であるが、作成者は生前に発見されてはたまらないので、発見しにくいところに保管するようになる。これが悲劇の始まりで、遺言作成者が認知になってしまい遺言書の保管場所が分からなくなることや、死亡後に遺言書が発見されなくなるといったリスクが常に伴うのだ。

改正案では、公的機関での遺言書の保管制度が導入されることも検討されている。保管先の候補は、法務局、公証役場、市区町村の役所などである。たしかに法務局などで遺言書が保管されていれば、紛失することもなければ偽造されることもないから安心だ。

ところで、現在のところ遺言書は公正証書遺言で作成するのが通常だ。公証役場で作成する公正証書遺言であれば費用はかかるものの、1989年以降に作成された公正証書遺言は、公証役場の「遺言検索システム」で検索できる。この検索システムのおかげで、遺された相続人が遺言の内容を確認することができるのである。費用を負担してまで公正証書遺言を選択するだけの理由はやっぱりあるのだ。

自筆証書遺言が法務局などで保管されるとした場合、現在の公正証書遺言と同じように、遺言があるかどうかは相続人の側で調べることができるであろう。行政の負担は拡大するが、国民にとって、便利な制度になることが予想される。

自筆証書遺言は「検認」が必要だった

改正案はさらに一歩踏み込んでいる。2016年現在では必要とされている自筆証書遺言の「検認」が、保管制度の導入で不要になる可能性があるのだ。

そもそも検認とは、簡単に述べると、家庭裁判所において遺言書の存在と内容を確認する手続きである。家族が死亡し、遺言書が見つかったら家庭裁判所に持ち込む必要があるのだ。

検認は遺言書の偽造などを防ぐために行うものである。であれば、保管制度の導入で遺言書が偽造される可能性がなくなれば、検認手続きも不要になるということである。

遺言制度は国民にとって不可欠の制度だ。もっと身近に、もっと便利で安心できる制度設計にして欲しいものである。あなただって、きっと遺言制度にお世話になるときがくるのだから。(碓井孝介、司法書士)