クルマが売れない時代と言われて久しい。国内の自動車販売台数は1990年の780万台をピークに減少し続け、2016年は500万台割れと、市場規模は35%縮小した。クルマ離れが顕著なのは、地域では都市部、年代では若年層であることは、容易に想像できる。日本自動車工業会が纏めた2015年度乗用車市場動向調査(自工会調査)によると、乗用車の非保有世帯の割合は、東京23区で47%、同様に独身期で47%と、いずれもほぼ半数に達する。
「移動減×車利用減×車所有減」のトリプルパンチ
そもそもなぜクルマを購入/保有しないのか。要因としては、①移動自体の減少、②クルマ利用の減少、③クルマ所有の減少という3つが考えられる。
①移動自体の減少は、ネットショッピングによる買い物のための外出減少や、可処分所得の減少に伴うレジャー出費の位置づけ低下といった要因が挙げられる。実際、経済産業省の電子商取引に関する市場調査によると、ここ5年でネット店舗での売上は8割近く伸びた一方、既存のリアル店舗の代表選手である百貨店の売上は、日本百貨店協会の全国百貨店売上高概況では減少している。また前述の自工会調査では、20代以下社会人の非保有者における自由に使えるお金の使い道として、一番多いのは外食、次いでファッション、更には趣味、貯蓄と続き、旅行やレジャーという移動を伴う用途にはあまりお金を使っていない。
②クルマ利用の減少は、公共交通機関の充実が背景にある。地下鉄は安価で時間も正確、バスも深夜便の増加によって移動時間の制約も一部では解消されてきている。
③クルマ所有の減少は、稼動に対するコストの高さ、カーシェアの普及などの要因が考えられる。また稼働率も低く、国土交通省の調査では都市部の場合2~3%という低水準である。それに対してコスト負担が重いというイメージも根強く、自工会調査でも若年層のクルマについてのイメージ(ポジティブ/ネガティブ両方含めて)全35項目中、非常にそう思うという回答率が一番高いのは「維持にお金が掛かる」、次いで「購入にお金が掛かる」という結果だった。
クルマの価値に対する誤解
しかし、もっと根本的な問題は、そもそもクルマの価値が理解されていない、ということである。先述のイメージでも、ポジティブ項目で回答率が一番高いのは「重いものでも楽に運べる」という、極めて実用的なものである。裏を返せば、もっと情緒的な価値を提供側がきちんと伝えられていないとも受け止められる。非保有者がクルマを買いたくない理由のトップに挙げているのは、「買わなくても生活できる」である。その通り、生活の可否で言えば、クルマはなくても良いのである。だからこそ、生活資材ではない価値をどう定義して、どう伝えるのかが問われるのである。
実際、保有者における今後のクルマの購入重視点の中で、若年層と全年層に大きな差が出た項目は、「外観のデザイン」と「内装のデザイン」である。これは合理性だけでなく、情緒的価値が若年層の心を動かすということを意味している。ただし、クルマはそもそも実物に触れる機会が少ない。自工会調査でも、現在若年層(独身期)の非保有者47%のうち、8割は一度も保有した経験がない。つまり、自宅にもクルマがない、従来のディーラーは気軽に行きにくいという状況では、そもそもクルマの価値に触れる機会に乏しい。
クルマを「あえて所有する意義」の重要性
クルマにおける情緒的価値は、今後ますます重要になっていく。なぜなら、実用的価値を求めるのであれば、自己保有でなくシェアリングを利用した方がメリットが大きくなっていくためである。日本ではサービスが限定的なウーバー(UBER)などのライドシェアだが、アメリカや中国、アセアンでは急速に市場が拡大している。
それが今後は自動運転と相まって、呼べば無人の車両が迎えに来てくれて目的地に着いたら降りるだけ、しかも既存のタクシーに比べて半額以下と圧倒的に安い、というサービスに進化していく。既にウーバーはロボットタクシーの実証実験を開始しており、フォードも2021年にはこのような移動サービス向けの自動運転車両を市場投入すると宣言している。つまり、人や荷物の移動手段というところに価値を置くと、そもそも自己保有などしない方が良い、ということになる。
これは完成車メーカーにとってチャンスでもある。つまり、消費者は移動だけに掛かるコストを圧縮でき、お財布にゆとりが生まれるためである。そこで問われるのは、敢えて自分で持ちたいと思うだけの価値をクルマで提供できるか、その価値の先鋭化のために大胆に実用的価値を割り切ることができるか、である。単なる高級車でなくても、例えばフィアット500、BMWミニ、シボレーコルベットなど、マニア受けするクルマは存在する。今後売れるクルマとは、このように独自の存在感やストーリー性を持つクルマとなるだろう。
このような考え方は、腕時計からも学べる点がある。例えば、メカニケヴェローチ(Meccaniche Veloci)というブランドは、モータースポーツをモチーフにして、スポーツカーで装着率の高いブレーキメーカー、ブレンボ(Brembo)と共同開発したカーボンセラミック素材をケースに使っている。このようなストーリーは、好きな人にとっては代え難い存在感となる。求められる「価値の先鋭化」とは、このようなレベルでないと意味が無い。
完成車メーカーもビジネスモデルを転換する必要がある。1つの車種で多くを売るのではなく、多様なマニアック車種を揃えることが求められ、同時に収益性を担保するには、多くの車種を効率的に開発/生産する仕組みや、的確に価値を伝えるための顧客接点構築も必要となる。そのような取り組みを進めたメーカーが、今後の勝ち組となるだろう。
貝瀬 斉
ローランド・ベルガー パートナー
横浜国立大学大学院修了後、大手自動車メーカーを経てローランド・ベルガーに参画。その後、事業会社、ベンチャー支援会社を経て、ローランド・ベルガーに復職。自動車戦略チームのリーダーシップメンバー。自動車産業を中心に開発戦略、M&A支援、事業戦略、マーケティング戦略など多様なプロジェクトを手掛ける。