2016年4月から第一生命経済研究所首席エコノミストを務め、現在は内閣府の経済財政諮問会議政策コメンテーターとしても活躍する永濱利廣氏。AIによる自動売買が存在感を増すなか、個人投資家はどのような投資行動を取ればよいか聞く。(聞き手:ZUU online編集部 菅野陽平)※インタビューは3月9日に行われました。

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(写真=ZUU online編集部)

——AIやIOTという言葉を連日、目に耳にします。金融マーケットにもAI発達の影響は見受けられますか?

ボラティリティ(資産の変動幅)は大きくなっていると思います。例えば昨年、ポンドのフラッシュクラッシュ(短時間での急激な変動)がありました。真相は不明ですが、イギリスのメイ首相のネガティブな発言に対して、AIのプログラミング、いわゆるアルゴリズム取引が反応し、一気にとてつもない量のポンド売り注文が殺到した可能性があります。

——今後もボラティリティが高まる傾向は続きそうでしょうか。

続くと思います。トランプ大統領誕生の乱高下もそうじゃないですか。東京市場はトランプ大統領誕生で条件反射的に「リスクオフで売り」でした。しかし、よくよく考えてみたら、上下院共和党でねじれ解消されたし、トランプ氏が唱える額になるかは置いておいて、大規模なインフラ投資と減税を打ち出しているわけだから、米国経済は短期的に成長する可能性が高いということで買い戻されました。

おそらく「トランプ大統領誕生で売り」のアルゴリズム取引が大量に仕込まれていたのでしょう。ただAIは選挙速報のヘッドラインだけを見て売り注文を出した。そのため、本質的な価値を見誤り、東京市場で買い向かった人は大きな果実を得たはずです。現在のマーケットは、見方を変えると、ボラティリティの大きさを逆手に取った投資ができるともいえます。

——AIの発達によってエコノミストの仕事に変化はありますか?

難しい問題ですよね。私のようなエコノミストに関して言えば、データや過去の経験則を基に予測することはAIに勝てないときがくるでしょう。しかし、どんなにAIが発達しても、金融市場の未来を100%予測することはできません。

AIがさらに発達していくと、エコノミストの位置づけは、予測の数字を当てることよりも、いかに政策提議をしていくかが重要になってくると考えています。

——エコノミストに限らず、将来、多くの職がなくなると言われています。

日本では、良い大学に行って一流のホワイトカラーを目指すべき、といった風潮が強いように感じます。ドイツとかスイスですと、頭を使って生計を立てていくか、手に職をつけて生計を立てていくか、若い段階で選択が迫られるデュアルシステムが導入されています。日本でいえば、高校に進学するときくらいに将来のざっくりとした道筋を描くわけです。

スイスの時計がなぜ世界中で評価されているかというと、熟練工を育成する制度、評価する土壌があるからです。製造業のみならず、手に職をつけることがAI時代を生き抜くひとつの方法ではないでしょうか。

——AI時代における資産運用はどのようなことに気をつければよいですか。

こういうサイト(ZUU online)を見ている人は既にお気づきだと思いますが、やっぱり今まで以上にインフレヘッジが重要になってくると思います。もう少なくともデフレではない状況にきているわけですからね。でも、そういう状況にも関わらず、タンス預金が増えたり、金庫が売れたりという話を聞きます。

私も長年相場を見ていますけれども、個別銘柄は急に何が起こるかわからないですが、インデックスはオーバーシュートの連続に感じています。オーバーシュートとは、本来の価値より売られすぎたり、買われすぎたりしているということです。原因は色々あるかと思いますが、AIによるアルゴリズム取引が、その原因のひとつであることは間違いないでしょう。ボラティリティが高くなっているだけに、仕込みのタイミングを大きく間違わなければ、利益をあげる可能性は高い環境だと感じています。

特に通貨なんかで言えば、国が滅亡することは100%ないわけではないですが、可能性は低い。となるとトランプ大統領誕生で売り込まれたメキシコペソなどは、いい仕込み時だったかもしれません。

——ボラティリティは収益の母、ということですか?

割高なところで仕込めば、買値に戻らない可能性はありますが、割高じゃないところで仕込めば、いわゆる「お迎え」が来る可能性は高まります。高配当株式や高金利通貨は、その間のインカムゲインも見込めます。

極論かもしれませんが、魚釣りと同じと考えれば良いと思います。魚釣りは、魚がいそうなポイントを選ばないと意味がない。そして、そのような場所に釣り糸を垂らしておけば、すぐには釣れないかもしれないけど、ずっと垂らしておけばいつかは釣れます。投資も一緒で、相場を見ていて、けっこう割安だなってところで仕込み、いいところで引き上げる。

仕込んだところから更に下がるかもしれません。でも割高じゃないところで仕込んでおけば、いつか戻ってくる可能性は高いです。AIの発達によってボラティリティが高い今、個人投資家でより重要なことは、「釣り糸を垂らす場所」つまり「徹底して割安だと思われる水準で仕込むこと」だと思います。

永濱利廣(ながはま・としひろ)
1995年早稲田大学理工学部工業経営学科卒業後、第一生命保険(相)に入社。(社)日本経済研究センター出向を経て、2000年4月(株)第一生命経済研究所副主任研究員に就任。2005年3月東京大学大学院経済研究科修士課程修了後、2008年4月より(株)第一生命経済研究所主席エコノミスト就任を経て、2016年4月より現職。