「SEIKO」といえば、時間を正確に刻み、壊れにくく、かつ値段が安いという「メイドインジャパン」を代表するような時計ブランドだ。1万円も出せばいいものが買えるので多くの国民から愛されているのだが、いわゆる「お金持ち」の人たちの中には、1本1000万円を優に超える腕時計を選ぶ人がいるようだ。

時刻を確認するだけなら1万円でも1000万円でも同じかもしれないが、そこには富裕層なりの思考が存在する。将来、富裕層に近づいていくためには、その思考方法を知っておいて損はないだろう。

アパート大家が1500万円の時計を見せてきた

私は高級腕時計にまつわるひとつの衝撃的な体験がある。

前に住んでいた賃貸アパートを退去するにあたって、オーナーから最後の晩餐として自宅に招かれた。そのアパートの家賃は周辺物件の相場からは2万円くらい高かったが、個性的な内装だったことや家具や調度品が標準装備で退去時にはエアコン以外はすべて持って行ってもかまわないという太っ腹なところに魅かれて入居を決めた。

同様のアパートを何軒も経営している彼はいかにも「お金持ち」で、晩餐では1本数万円はするワインを何本も開けてくれた。そのとき、なんの話からそうなったかは記憶にないが、彼がタンスの中から5,6本の腕時計を無造作に出してきて、「いくらだと思う?」と問うてきた。

せいぜい10万円の腕時計を1つ持っているくらいの私には、こうした時計はずっしり重たく、果てしなく緻密で精巧かつキラキラ輝いていたが、価値は計りかねなかった。そこで「うーん、150万円くらいですか」と答えたところ、彼は言下に「わはは。その10倍だよ」と答えた。

高級外車なみの値段のものが手のひらの上にあることに動揺しつつ、「そんな高い時計をしていても分かってもらえることって少なくないですか?」と尋ねたところ、彼はこう言った。

「時計は好きで持っているんだけど、なんかあったときに売れるからね。外国の旅先で財布を落としても、これなら高く換金できるんだよ」

「高級腕時計」投資はおいしい? 中古品でも需要アリ

あまり聞きなれないが、高級腕時計を購入価格よりも高く売ることでキャピタルゲインを得る「腕時計投資」は実在する(先述のアパートオーナーがやっているのかは確認はしていない)。

『腕時計投資のすすめー楽しみながら利益を出す魔法』(斉藤由貴生著、イカロス出版)という本まで出ているが、その本によると、一般的な消費財は一度買ってしまったら、購入時の価格で売ることは難しく、時間がたてば価値は0円に近づくが、高級腕時計の価値は基本的には下がらず、買った値段より高い値段で売ることも可能というのだ。それどころか、80万円で買った時計が200万円になる価格変動さえも起こりうるという。

不動産や高級車とは違い、腕時計なら使わずに箱に入れてタンスに入れておけばいいので維持費はゼロ。しかもたまにくらいなら身につけても大丈夫で、少々の傷なら磨きで修復できるのでそれほど神経質にならなくてもよいという。

売値が1000万円以上で高いものだと1億円を超えるものまであることで知られる高級時計ブランド『リシャール・ミル』は、国内唯一の「認定中古時計」を売る店が銀座にある。その店の公式サイトでは、「中古というとマイナスのイメージを持たれるかもしれません。しかし、私たちが扱う中古は決して『クォリティが低い』『価格が安い』ということはありません」と綴っている。

高級腕時計は中古品であっても需要があるため、値崩れすることは少なく、一定の価格で買い取ってくれるところがあるため、持ち腐れになることもないという証明でもあるだろう。

富裕層の思考 消費活動でも「投資とリターン」の意識を

時刻を確認するだけなら、無理に1000万円から1億円の『リシャール・ミル』でなくても、1万円以下で買える『SEIKO』でもいいはずだ。しかし、先述のオーナーや腕時計投資家の思考を考えると、彼らは腕時計を単に時間を確認する機械としてではなく、資産として、それも場合によっては購入時よりも高く換金できる可能性のあるものとして購入しているようだ。

購入が投資とすると、彼らが求めるリターンは使い心地や実用性だけでなく、将来、いくらの価値が付くかということなのだ。価値が高いのは希少性があるほうだ。なので、安価で入手でき、小学生からお年寄りまで使われる『SEIKO』と、生産数がきわめて少ない『リシャール・ミル』では、富裕層は後者を選ぶわけだ。

同様の傾向は車選びにも表れる。『メルセデス』は世界中で人気の高級ブランドだが、生産台数の少なさ、すなわち希少性では『フェラーリ』が勝る。値崩れするリスクが少ないフェラーリのほうに、富裕層は魅力を感じるのだ。

お金を出してモノを購入するという行為ひとつとっても、富裕層の考え方はこのように一味違っている。富裕層に一歩でも近づくには、日ごろの消費活動でもこうした「投資とリターン」を常に意識しておくことが大事なのではないだろうか。(フリーライター 飛鳥一咲)