●仏下院議会選挙は、大統領選の勢いのまま中道マクロン氏の新政党が6割の議席を獲得する大躍進。中核国の懸念要因払拭で、EU/ユーロに安心感。

●次の焦点はECBの行方だが、燻る低所得国の経済情勢次第で格差問題も和らぎ、秋に向けようやく利上げ可能性高まり、当面のユーロ上昇を牽引。

●一方、英ポンドには強気になれる要素は少ない。金融政策も今後は引き締めの方向とされるが、インフレ率上昇で実質所得の目減りリスクも。利上げには時間がかかりそう。

フランス下院選挙は、マクロン新党「共和国前進」が60%以上の得票と、圧勝となった(図表1)。マクロン氏は中道で親EUを掲げる。EUは、中核のフランスで選挙という不安要因が払拭されたことで、短期的には強化された格好だ。これを受けてユーロは若干反発している。(図表2)。

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内憂外患の英国:国内景気不透明、EU交渉は難航必至

そのような中で、本日から英国のEU離脱交渉が始まる。2019年3月に、延期不能の離脱交渉の期限を迎えるため、2018年秋ごろには、基本合意を締結していなければならない。残された年月は1年半程度と短い。

また英国の経済も、インフレ率の上昇で実質所得の落ち込みが懸念される(図表3)。不動産価格も弱い動きが見られている(図表4)。このような中では、年初に想定されていたような英中銀の利上げはかなり遠のいていると思われる。

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今後の英国のEU離脱交渉上の課題は以下の通り。いずれも難題で、交渉ニュースのたびに英国企業やポンドにマイナスの影響が出る可能性がある。

離脱時にEUに支払う拠出金:支払額7.4兆円の攻防

英国は、EUに既にコミットしている将来の支払いを離脱時に支払うよう言われている。「手切れ金」と称されるこの金額は、600億ユーロ(約7兆4000億円)とも試算されており、2020年までの拠出金やEU職員の年金基金やEU予算の一部、契約済みのプロジェクトへの資金拠出などが含まれている。

これは英国の年間歳入の7%程度に相当し、一過性の支出とはいえ、財政的には痛手になる。

次に触れる通商交渉で早くもEU側が強行姿勢に出ていることもあり、拠出金は英国側が妥協せざるを得なくなる可能性が高まっている。支払えない金額ではなくても、この交渉で英国が早期に折れた場合、その後の交渉がさまざまな形で英国に不利になりそうだという思惑が広がるだろう。

通商交渉:早くも英国が押され気味

現在、EU域内の貿易に関税は設けられていない。これが、WTO加盟国の一般的な関税が適用されるようになった場合、一次産品を中心に最大40%超の関税がかかる可能性がある。しかもこれが、19年3月の交渉期限後、直ちに適用される可能性がある。

貿易交渉は、英国側が圧倒的に不利である。英国の輸出の47%はEU向けだが、EU諸国から英国への輸出はEUの貿易量全体の16%に過ぎない。

加えて、EU側は、5月22日に、英国が前述の拠出金について合意しない限り、英国との通商関係の交渉を始めないことで合意。6月17日にメイ首相は、これに応じ、まずは離脱時についての交渉に専念し、それ以降の通商関係を並行協議することを断念したと報じられた。早くも英国の交渉の立場が弱まっている印象である。

スコットランドの独立に向けた国民投票有無:リスクは後退したが・・・

EU残留を望むスコットランドは、英国政府のEU離脱通告前日に、イギリスからの独立を問う2度目の住民投票を行うための法案を議会で可決した。スコットランドでは2014年9月にも国民投票を行ったが、このときは英国残留票が55.3%で離脱票の44.7%を上回った。

6月8日の英国総選挙で、スコットランドの民族党(SNP)は選挙前の56議席のうち21議席を失う敗北を喫した。これによって、スコットランド独立の国民投票の勢いは大きく減速した。

但し、スコットランドは、GDP、人口ともに英国の8%程度となっており、首都エディンバラは欧州最大の資産運用会社の拠点が集まる金融センターである。英国政府にとって、万一手放した場合の経済的打撃は大きいことから、独立機運の再燃には注意を払っておく必要はあるだろう。

当面英国経済、ポンドに強気になれない。一方、ユーロは利上げに向けて当面は強気

これらの点から、英国経済、英ポンドに強気になれる要素は当面見当たらない。一方、ユーロについては、現在経済指標的に取り残されているイタリア、ギリシャの経済情勢が改善してくれば、躊躇なく利上げに踏み切ることができるだろう。

イタリアの金融機関はまだ不良債権問題が回復していない。が、年始に民間増資に成功したウニクレディトに次いで、6月1日に、最大の懸案だったモンテパスキの「予防的な資本増強」をイタリア政府が行うことについて、欧州委員会がゴーサインを出した。これで、次に問題が噴出するまで時間稼ぎができる。

ギリシャについても、先週ようやく、来月にも必要とされていた追加支援が、IMFとユーロ圏財務相の間でまとまった。

フランス総選挙の投票率は過去最低の43%程度となり、「国民のストライキである」という反マクロン陣営の声もある。EU内での"なんとなく不満"という国民は消滅したわけではなく、将来的には再燃リスクもある。しかし、フランスの選挙イベントが、予想以上に親EU的な結果で終結するとともに、さまざまな懸案事項が片付きつつある。ユーロに対しては一層強気の見方が増えるとみられる。

大槻 奈那(おおつき・なな)
マネックス証券 チーフ・アナリスト

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