こんにちは、経済学修士号を取得後、株価推定の事業・研究を行っている「たけやん」です。宜しくお願いします。

一般的に変動相場制は経常収支の不均衡を改善すると言われますが、バブル期を除いてその解釈が議論の対象になっています。
世界的な国際収支の不均衡の問題をグローバル・インバランスと呼ぶのですが、これが何故是正されないのかを、パススルー効果とプライシング・トゥー・マーケット行動の2つの概念から説明したいと思います。その上で、為替変動が景気を良くするといった安直な考え方の問題点を指摘します。


グローバル・インバランスとは何か

グローバル・インバランスとは、「世界的な経常収支の不均衡」を意味します。(経常収支は、一般に「貿易収支」「サービス収支」「所得収支」「経常移転収支」から構成されます。)特に米国の経常収支赤字と、他国の経常収支黒字という不均衡がある事が議論の対象になります。
最初はブレトン・ウッズ体制における固定相場制の時代に問題になった概念で、そもそも変動相場制に移行する最大の要因がグローバル・インバランスです。

このグローバル・インバランスは、マンデル=フレミング・モデルによれば変動相場制に移行する事で解決すると思われていたのですが、次節で見るように、変動相場制によって問題が解決する事はありませんでした。


変動相場が不均衡をあまり是正しない現状

下図1は、日米中の経常収支の推移を示しています。
日米の不均衡についてはプラザ合意後もバブル期を除いてあまり改善せず、その後は米中の不均衡が問題になってきました。
中国が管理フロート制を採用するようになった事と、リーマンショック移行の世界同時不況によってグローバル・インバランスの問題は少し改善しましたが、恒常的に経常収支の不均衡が発生している事には変わりがありません。これは、経常収支のGDP比で見ても同じです。

図1:日米中の経常収支の推移
出典:IMF - World Economic Outlook Databasesより筆者作成
注:縦軸(10億ドル)、横軸(年)


為替相場のパススルー効果

日本では「円高になると輸出品の価格が上がって問題だ。(だから円安の方が良い。)」と言われる事が多いです。これを簡単に説明しましょう。

例えば、日本には100万円で売られている日本車があり、米国には1万ドルで売られている米国車があるとしましょう。両方の自動車の質は同程度とし、為替相場が1ドル=100円の時、両国の自動車は同じ通貨建てにすれば同価格になります。これが1ドル=90円になる(円高ドル安になる)と、日本人にとって日本車は100万円のままですが、米国車は9000ドルに値下がりします。米国人にとっては米国車の価格は1万ドルのままですが、日本車は値上がりします。

日本で円安が好まれ円高が嫌がられるのは、こうした状況が想定されており、少なくとも理論的には円高になると日本車の需要が下がって輸出が減り、米国車の輸入が増えると考えられているからです。

では、本当にこうなっているのでしょうか。つまり、「為替相場が変動すると、本当にそれだけ価格が変動している」のでしょうか。
この「為替変動によってどれくらい価格調整が行われるか」というのが「為替相場のパススルー効果」です。もし、為替変動によって価格が調整されていれば「パススルーしている」と言います。

このパススルー効果を計測する時に使われるのが「パススルー弾力性」で、以下のように計算されます。

パススルー弾力性 = -1 × 価格の変化率(%) ÷ 為替相場の変化率(%)

これは例えば、為替相場が10%円高になった時に、日本からの輸出品の価格が10%値上げされていたら米国の輸入価格のパススルー弾力性は1になります。もし、全く変化していなければパススルー弾力性は0になります。


プライシング・トゥー・マーケット行動

では、実際のパススルー効果はどうなっているでしょうか。
実測値を見る前に、もしパススルー効果が小さいとすれば、そこにどのような理由があるかを考えてみましょう。

為替相場は日々変動していますが、輸出入品の価格は頻繁に変動するでしょうか。それほど頻繁には同一商品が価格変動していないと感じる方は多いのではないでしょうか。例えば円安が進行して小麦の輸入価格が上昇するといった時に大きなニュースになりますが、毎日のように輸入価格が上がるわけではなく、ある程度価格が進行して始めて価格が変化していると考えられるでしょう。また、例に挙げた自動車なども、そんなに頻繁に価格が変わっているのでしょうか。もしかしたら、「輸出企業が市場毎に異なる価格付けを行い、あまり価格変動が起こらないようにしている」かもしれません。

この「市場毎に異なる価格付けを行って価格を安定させる」企業行動をプライシング・トゥー・マーケット行動と言います。

もし、プライシング・トゥー・マーケット行動が行われていなければ、為替レートの変動と輸出価格が高く相関するでしょう。
そこで、実質実効為替レートと契約通貨ベースの輸出価格を比較した図2を見てみましょう。

実質実効為替レートは、世界主要61地域(ユーロ圏など含む)の相対的な通貨の強さを示すレートで、各国の為替レートを貿易量ウェイトで加重平均した為替レートの実質値です。

契約通貨ベースの輸出物価指数は、日本からの輸出価格を円建てではなく契約通貨ベースで見た時の価格水準になります。

日本は様々な国に様々な財を輸出しているので、もし為替相場のパススルー効果が高ければ、実質実効為替レートと契約通貨ベースの輸出物価指数は強く連動するはずです。

図2:実質実効為替レートと輸出物価指数(契約通貨ベース)の推移
出典:経済産業省(2013)「為替レートと輸出金額・輸出価格の関係について(平成25年1-3月期)」『産業活動分析』第18図

しかし、図2を見ると、実質実効為替レートは大きく変動しているのに対し、契約通貨ベースでの輸出物価は基本的に安定しています。
平成12~15年にかけて円安に振れた時は少し輸出物価指数も上昇していますが、平成17~20年にかけてや、最近の第二次安倍政権誕生後の円安においては輸出物価指数が殆ど変わっていません。


為替だけ見ていても本質は掴めない

ここまで見て、日本企業はプライシング・トゥー・マーケット行動を取っている傾向があり、円高・円安になったからと言って価格が急に変わるわけではなく、パススルー弾力性は低いと予想されます。これにより、為替レートが変わっても経常収支が改善しにくい可能性が高いのです。

為替変動が輸出入に大きな影響があると考えられている一方で、変動相場制が経常収支を調整する能力をあまり持っていません。

為替レートだけを見て「円安だから輸出企業にとって良い」などと安直的に考えると国際経済動向を見誤る可能性があり、注意する必要があるでしょう。

参考文献:小川英治編(2013)『グローバル・インバランスと国際通貨体制』東洋経済新報社

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