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こんにちは、経済学修士号を取得後、株価推定の事業・研究を行っている「たけやん」です。宜しくお願いします。

主要国の多くが固定相場制から変動相場制に移行した最大の理由は、「米国と他国の間のグローバル・インバランス(国際収支の不均衡)の改善」です。では、実際に変動相場制はどの程度国際収支の調整能力を持っているのでしょうか。

本稿では、為替レート変動による貿易収支の調整能力を判断する基準としてマーシャル・ラーナー条件を取り上げ、その条件が成立しているかを検討します。結論を先取りすると、為替レートの変動による貿易収支調整能力は、平均値で見ると低いです。但し、時系列で見ると、少しずつ調整能力が高くなっている可能性があります。


調整能力を判断する基準

米国の貿易赤字が特に大きな問題だった頃、変動相場制への移行がその問題を解決する方法として期待されていました。では、変動相場制はどの程度の貿易収支の調整能力があるのでしょうか。

貿易収支の改善を判断する時、一般的に使われるのが「マーシャル・ラーナー条件」です。この条件の定式化は後ほど行いますが、先にその考え方を簡単に説明しておきましょう。

仮に円ドル名目為替レートが1%円高方向に変化すると、日本から米国への輸出価格は1%高くなり、米国から日本への輸入価格は1%安くなります。1%円安であったら当然その逆になります。いずれにせよ、為替レートが変わると、輸出価格・輸入価格は同じだけ変わると予想されます。

この時、もし為替レートの変化以上に輸出入が変化すれば、貿易収支が改善します。例えば、日米間で米国側に貿易赤字がある状態で1%円高になった時、輸出額は一定で輸入額が1%以上増えたら、それだけ貿易収支が改善する事になります。同様に、輸入額が一定で輸出額が1%以上減っても貿易収支は改善します。当然、円高になっても更に輸出が増える事もあるわけですが、輸出・輸入の変動率を合計して1%以上改善されていれば、為替レートの貿易収支調整能力は高い事になります。


マーシャル・ラーナー条件

前節の考え方を定式化したものがマーシャル・ラーナー条件で、円ベースで見た場合は以下のようになります。

輸出の価格弾力性 + 輸入の価格弾力性 > 1

但し、これは当初の貿易収支が均衡している場合で、貿易収支が不均衡の場合も含めて一般化した場合、

m × α + β > 1

となります。この時、

m = 日本からの輸出額/米国の輸入額

α= 輸出の価格弾力性

β= 輸入の価格弾力性

となります。

では、輸出・輸入の価格弾力性とは何でしょうか。


輸出・輸入の価格弾力性

輸出・輸入の価格弾力性は、

輸出の価格弾力性 = 輸出の変化率 / 為替レートの変化率

輸入の価格弾力性 = 輸入の変化率 / 為替レートの変化率

で計算されます。これは、前述した「1%為替レートが変化した時に輸出入が何%変化するか」というものを表わしています。

その合計値を、輸出入比率を考慮して合計したものが1を超えていた場合、為替レートの変化によって貿易収支が調整されているという事になります。当然、1より大きければ大きいほど調整能力は高く、1を下回っている場合は調整能力が有りません。


分析結果

実際に分析してみましょう。ここでは、 財務省貿易統計 のうち「輸出入額の推移(地域(国)別)」の「月別推移」を取り上げ、米国の1979年1月~2013年9月のデータを利用します。また、為替レートは、 PACIFIC Exchange Rate Service(The University Of British Columbia) から同時期の円ドル名目為替レートの月別平均を利用します。参考として、米国との輸出入額と円ドルレートの推移を図1に示しておきましょう。

図1:米国との輸出入額と円ドルレートの推移

図1:米国との輸出入額と円ドルレートの推移

出典:財務省貿易統計、PACIFIC Exchange Rate Service

注:左軸は輸出入額(百万円)、右軸は円ドルレート(円)

マーシャル・ラーナー条件の成立を計算する上で、ここでは2種類の計算を行います。一つは月毎の輸出額・輸入額・円ドルレートから価格弾力性を計算し、もう一つはJカーブ効果を考慮し、輸出入額と円ドルレートを3ヶ月ずらして価格弾力性を計算します。

Jカーブ効果は、為替レートが変化しても貿易に影響出るまでは時間がかかり、そのタイムラグによって輸出入額がJの形を描く事から、そう呼ばれます。貿易においては、契約から決済まで2~3ヶ月のタイムラグがある事は頻繁にあるので、ここでは3ヶ月ずらします。

分析結果が下図2で、弾性値が高い順に並べています。場合によっては弾性値の絶対値が1000を超えるような異常値が存在し、そのままプロットするとグラフが見にくい上、平均を取る事にも問題があるので、スミルノフ・グラブス検定を行って異常値を除外しています。

図2:価格弾力性の合計値の分布

図2:価格弾力性の合計値の分布

出典:筆者作成

注:青線はタイムラグ無しの弾性値の分布、赤線は3ヶ月のタイムラグを取った場合の弾性値の分布を示す。

弾性値の合計は、タイムラグ無しの場合は0.063で、タイムラグ有りの場合は-0.439になっています。


結果の考察

結果を見て分かるように、タイムラグ無しの場合も1未満であり、タイムラグ有りの場合にいたってはマイナス値を示しています。これは、少なくとも1979年1月~2013年9月の平均で見た場合は為替レート変動による貿易収支の調整能力は低いと言わざるを得ません。

とは言え、全体で見れば調整能力は乏しくても、経過による変化は時間を区切った場合は調整能力が認められるかもしれません。図3は、タイムラグ有りの価格弾力性の合計値の24ヶ月移動平均線を示しています。これによると、大きく変動していますが、少しずつ価格弾力性の合計値の平均が上がっています。この上昇トレンドを偶然と見るのか、調整能力が増しているのかについて、これだけでは結論を与えられませんが、近年になるほど貿易障壁が少なくなっている事実を鑑みれば、調整能力が増している可能性もあるでしょう。

図3:価格弾力性合計値の24ヶ月移動平均線

図3:価格弾力性合計値の24ヶ月移動平均線

出典:筆者作成

参考文献: 岡部光明「為替相場の変動と貿易収支--マーシャル=ラーナー条件の一般化とJ-カーブ効果の統合」『国際学研究(明治学院大学国際学研究会)』Vol. 39, pp. 19-33, 2011

photo credit: Pilottage via photopin cc