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こんにちは、経済学修士号を取得後、株価推定の事業・研究を行っている「たけやん」です。宜しくお願いします。

今回は、行天(2011)の議論を元に、中国の人民元相場がどうなるかを考えてみましょう。行天(2011)は、人民元相場は低目に抑えられていますが、(1)インフレ抑制策、(2)内需中心国家への移行の必要性、 (3)産業構造の高度化へのインセンティブ、(4)資産バブルのソフトランディング、という4つの理由から、人民元相場を上昇させる事が中国にとって合理的であると主張しています。

本稿では、この議論を紹介した上で、長期的にはその方針が望ましいとしても、中国には内政リスクが高く、成長率を抑える方向に政策を取りづらいが故、簡単に相場を上昇させる方向には持っていかないという事を示しましょう。


検討する論文

検討する論文は、行天(2011:2章4節)の部分になります。

参考:行天豊雄(2011)『世界経済は通貨が動かす』PHP研究所

中国は、管理フロート制を採用しており、変動幅を固定した上で外国為替取引を認めていますが、人民元の割安が指摘され続けています。国際情勢の中で少しずつ切り上げが行われていますが、中国の輸出依存度はGDPの40%近くにもなり、中国にとっては一般的に人民元安が望ましく、その割安感は否めません。

その中で行天(2011)は、「高いインフレ率によって内政が不安定になる」事を回避する政策を取る可能性が高い事を指摘した上で、その方策として人民元相場を上昇する事が合理的である事を論じています。


行天(2011)は、人民元相場の上昇は、

(1)インフレ抑制策

(2)内需中心国家への移行の必要性

(3)産業構造の高度化へのインセンティブ

(4)資産バブルのソフトランディング

という4つの理由から合理的であると説明しています。では、それぞれの中身を見ていきましょう。


インフレ抑制策

中国の経済成長は目覚しいですが、所得格差が極めて大きい為、インフレ率が高くなると圧倒的多数の低所得者層にとって生活が厳しくなる(購買力が低くなる)ので、政府への不信感が募りやすくなります。

インフレ率を抑える方法のうち、副作用が小さいのが人民元相場の上昇です。人民元相場が上昇すると、生産性上昇率が高い輸出産業の賃金上昇を抑制し、それが基準となって生産性上昇率が低い内需産業の賃金上昇も抑えられ、インフレ率が抑制されるというものです。

インフレ率を抑えるだけなら財政政策など(端的に増税等)でも可能ですが、内需の抑制にも繋がるので副作用が大きいと述べられています。要するに、中国のマクロ経済において物価上昇を牽引しているのが、生産性上昇率が高い輸出産業であるので、相場上昇によって輸出産業の生産性上昇を抑える事が効果的であるという事です。


内需中心国家への移行

相場上昇によって輸出産業の生産性上昇率が抑制される一方で、輸入価格は安くなる(=交易条件が改善する)ので、内需が増える事になります。内需が増えるという事は、輸出偏重ではなく、内需を支える国内企業が成長しやすくなります。

現在の中国は経済成長率が高いですが、それがいつまでも続くわけではなく、やがて経済が成熟していき、内需国へと変化していくのが様々な先進国を見る限り自然な経路です。実際、日本も米国も輸出依存度は低く、その実態は内需国です。


産業構造の高度化へのインセンティブ

内需国に移行して先進国になっていくにあたって重要なのが産業構造の高度化です。現在の中国は、安い人件費と割安の通貨レートを利用した労働集約型の産業において高い競争力を持ちますが、国民の生活水準が上がっていくにあたり、いつまでも労働集約型の産業で経済成長を続ける事は困難です。これによって必要なのは高付加価値の産業が成長する必要があるのですが、中国はその過渡期にあり、それを推し進めるインセンティブを高める上でも人民元相場の上昇は有効であるという事です。

外需産業から内需産業へのシフト、労働集約型産業から資本集約型産業へのシフトは、いずれも両方に当事者が存在する上で利害対立が生じやすいですが、そうした利害対立を完全に解消せずとも、少しずつ人民元相場を上昇させる事で、産業構造を変化させるインセンティブを与える事が出来るというのが最大の理由です。


資産バブルのソフトランディング

また、中国は資産バブルの様相を示しており、それをどうソフトランディングをするかが一つの論点になっています。行天(2011)によると、中国の不動産バブルの一因に過剰流動性があり、その背景には多額の経常収支黒字によって流入した外貨を人民元に交換するというものです。経常収支黒字を解消する上で人民元相場の上昇は最も有効であり、結果として資産バブルのソフトランディングも可能になるという事です。


今後はどうなるか

ここまで見て分かるように、行天(2011)の議論は一見して筋が通っています。実際、高い経済成長が永遠に続くわけではなく、どこかで産業構造を変化させていく必要があるのは確かであり、人民元相場を切上げる事は合理的です。

しかし、合理的であるからと言ってすぐに実施されるわけではなく、今後も慎重に行われていくでしょう。何故なら、高いインフレ率が中国にとって政情不安をもたらす可能性があるとしても、中国は社会保障などが極端に遅れており、それを整備しないまま成長率を鈍化させて経済を成熟させる方法には危険を伴います。

ただでさえ国民による政府への不満が募っている中国ですが、それでも現在の政治システムを維持出来ているのは「高い経済成長を実現しているから」という側面が強く、もし成長率が低下すると、一気に反政府運動を強める事にもなりかねません。このように、中国政府の立場から見ると、「インフレによる政情不安」か「成長鈍化による政情不安」かのジレンマを抱えている事になり、簡単に切り上げられない実情があります。

寧ろ、中国政府のロジックで考えれば、インフレ対策として相場を継続的に上昇させるよりかは、環境対策や社会保障対策などを少しずつ整備しつつ、政府批判を反日・反米活動などで反らしつつ、少しずつ内需産業を育てていくという現状が推移していくと見るのが妥当でしょう。

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