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こんにちは、経済学修士号を取得後、株価推定の事業・研究を行っている「たけやん」です。宜しくお願いします。

今回は、為替相場決定理論のうち購買力平価説を紹介したいと思います。本稿では、購買力平価説を紹介した上で、その為替相場の均衡状況を紹介します。また、似た考え方として期待インフレ率の差異で為替相場を説明するものも紹介します。最後に、購買力平価説の注意点を補足します。


長期の相場決定理論として最も主流な考え方

購買力平価説は、長期の為替相場を説明する上では主流な考え方です。この理論は、為替レートは2国間の通貨の購買力によって決定されるという説です。この理論は、スウェーデンの経済学者カール・グスタフ・カッセルが1921年に発表した考え方であり、長期に渡って使われています。

国際経済学、国際金融論、外国為替論の基礎的な教科書なら、ほぼ間違いなく取り上げられている内容であり、外国為替投資をする上でも押さえておいて損は無いでしょう。


購買力平価説とは

前節で「為替レートは2国間の通貨の購買力によって決定される」という考え方と述べましたが、これは購買力平価の厳密な定義ではなく、「絶対的購買力平価」というものです。取引コストと貿易障壁が無ければ、世界中の財価格が等しくなるという「一物一価の法則」という考え方が元になっています。

これを応用したものとして、英エコノミスト誌が発表する、購買力平価の考えでスターバックス・マクドナルドが世界各地で販売している価格で通貨の購買力を比較した「スターバックス指数」「ビッグマック指数」などがある。

実際は様々な貿易障壁があるので一物一価の法則は成立していませんが、長期的には購買力の相対比率から大きく離れた為替相場にはならず、近似的には成立しているという考え方から、長期の為替相場を説明する理論として使われています。但し、これは各国の生産・消費パターンや取引コストを考慮して同質の商品バスケットを作らなければ計算出来ないが、それは極めて難しいです。

そこで使われるのが「相対的購買力平価」です。これは、貿易統計などから為替相場が購買力平価に近いと思われる基準年を選んだ上で、そこから2国間の物価上昇率の差を計算して出す為替相場です。


為替相場の均衡式

この相対的購買力平価による均衡相場を算出する計算式は以下のようになります。ここでは便宜上、円ドルレートを想定します。

均衡為替相場 = 基準時における為替相場 × (基準時を100とした時の日本の物価指数 ÷ 基準時を100とした時の米国の物価指数)

下図1は、様々な購買力平価と円相場を比較したものです。紫線が実勢相場で、赤線が消費者物価購買力平価、緑線が企業物価購買力平価、水色線が輸出物価購買力平価になります。最も説明力が高いのは輸出物価購買力平価ですが、消費者物価購買力平価と企業物価購買力平価も長期的なトレンドは一致しています。

欧州各国の政府債務比率の推移

図1:ドル円購買力平価と実勢相場

出典: 主要通貨購買力平価(PPP)・その他統計(国際通貨研究所)


期待インフレ率の差異でも成立している

村上(2013)は、購買力平価説と同様の考え方で、日米の予想インフレ率格差と円ドルレートの変化率を比較して、両者が高く相関している事を示しています。予想インフレ率(期待インフレ率)には様々な推定方法があり、その方法論にて定説があるわけではないですが、特に使われるのはブレーク・イーブン・インフレ率で、これは「普通国債と物価連動国債の利回りの差」で求められます。

参考: ブレーク・イーブン・インフレ率(BEIの推移)(日本相互証券株式会社)

図2が、日米の予想インフレ率格差と円ドルレートの変化率を示しています。確かに、予想インフレ率の差と円ドルレートの変化率が相関している様子が見られます。為替レートが実際の物価上昇率だけでなく、人々の「予想」によっても相場が動いている様子が分かります。

日米の予想インフレ率格差と円ドルレートの変化率

図2:日米の予想インフレ率格差と円ドルレートの変化率

出典:村上(2013: 58)図5


購買力平価説の注意点

但し、村上(2013)は、この事実を拡張してアベノミクスの異次元緩和による「期待に働きかける」政策を礼賛する評価に持っていきますが、それについては注意が必要です。期待インフレ率が為替レートに影響を与える事が正しいとしても、

1、異次元緩和が期待インフレ率を上昇させるかどうかは分からない。

2、円安が絶対的に良いものとは限らない。

という論点が残るからです。

(1)については、少なくとも図1を見る限りでも、安倍政権が誕生して以降は、期待インフレ率と為替レートの相関がそれまでとは逆になっており、「為替は予想インフレ率の差で動く」という筆者の主張と矛盾する形になっています。何故逆になっているかというと、安倍政権が誕生してから「円安」にはなったものの、「期待インフレ率はそれほど上がっていない」からです。実際、前述のブレーク・イーブン・インフレ率を見ても、5月くらいまでは上がっていたのですが、それ以降はまた低下しています。

そして、(2)の論点ですが、これについては別の記事で書く予定です。(→円安は本当にいいことか)

また、購買力平価説一般における注意点ですが、これはあくまでも「長期の為替相場」を説明するものであり、「一物一価の法則」が近似的にしか成立していない以上、短期的には為替相場と大きくずれる可能性があるのは既に見た通りです。その意味で、村上(2013)が提示する図示における最近の「逆相関」は、アベノミクスの効果に疑問を発するものではあっても、購買力平価説を否定するものではない事に注意して下さい。

参考文献:村上(2013)『「円安大転換」後の日本経済:為替は予想インフレ率の差で動く』光文社

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