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こんにちは、経済学修士号を取得後、株価推定の事業・研究を行っている「たけやん」です。宜しくお願いします。

今回は、行天(2011)『世界経済は通貨が動かす』を紹介したいと思います。本書は、国際金融のパワー・シフト、アジア通貨危機、世界金融危機、ユーロ危機、中南米債務危機などの金融・通貨危機を解説しながら、通貨と経済の関係を読み取っていくものです。 本稿では、その内容を紹介した上で、今後の国際通貨の展望や為替投資のヒントになる部分を考えていきます。


本書の著者、目次など

【著者、出版社等】

著者:行天豊雄

書籍名:世界経済は通貨が動かす

出版日:2011年10月15日

出版社:PHP研究所

形態:単行本(256ページ)

【目次】

序章:パワー・シフトで変貌する国際金融の世界

第1章:激動する国際金融環境と日本の選択──デフレ、財政赤字、円高とその対策

第2章:二十一世紀型のアジア通貨危機と人民元の台頭

第3章:米国に始まった「百年に一度」の世界金融危機

第4章:ユーロ誕生と直面する試練

第5章:中南米債務危機の教訓

第6章:戦後の国際通貨制度の変遷と二十一世紀の展望──米ドル基軸通貨体制に代わるものが登場するか?


論旨

序章
米国の経常収支赤字とそれを支える海外というグローバル・インバランスと、冷戦崩壊後の情報化などの状況下、米国が停滞する中で中国が躍進する状況が整理されます。
このパワー・シフトが顕著であるものの、中国は政治制度や人権問題など世界を主導するには無理がある状況なので、完全に地位が入れ替わるわけではなく、米中を中心とした多極化の中心が始まり、いかに主要国を中心に各国が協調体制を築けるかが経済・通貨体制の安定において重要であるかが述べられます。

第1章
日本が深刻な債務問題を抱えており、高齢化に合わせて増える社会保障費に対応して財政再建を行わなければ、いずれソブリン危機・通貨危機に見舞われてしまうという警告から始まります。
その上で、日本が持つ技術力を活かして積極的な海外投資などを進めてグローバル化に対応する事、円高のデメリットだけに着目するだけでなく、メリット・デメリットの両面を理解して政策を決定する必要性が述べられます。通貨については、アジア唯一のハードカレンシーとして円が成長するまでの歴史を整理した上で、その価値を認めつつ、シンガポールのように人民元のオフショア市場等を開発していく必要性を主張しています。

第2~4章
「アジア通貨危機」、「米国発世界金融危機」、「欧州ソブリン危機」を題材に、それぞれの発生過程やその後の対応、今後必要なシステムや協力体制等の提案が行われます。

第5章
中南米経済の二極化が進んでいるもの、全体として安定して成長している現状が整理されます。
その上で、累積債務問題を経て金融危機が発生した歴史を整理し、資本収支危機に対しては、固定相場制から変動相場制へ移行する事だけで対応するのではなく、財政赤字の解決など適切にポリシー・ミックスを行う事で対処すべきという教訓が提示されます。

第6章
戦後のブレトン・ウッズ体制とその終焉、プラザ合意以降のドル下落、その後のアジア通貨危機などへ至る歴史が整理されます。
その上で基軸通貨としてのドルの持続性についての先行研究を整理し、基軸通貨が多極化したところで通貨が安定する保証はどこにも無い事が主張されます。
最後に、米国の対外資産と負債の間に総合投資リターンでプラスである状況が20年に渡って続いており、よほど米国がマクロ経済政策に失敗して極めて高いインフレを起こさない限り、ドルが継続的に下落していくシナリオは発生しない事が示されます。


通貨危機の歴史を網羅的に学べる

本書は、通貨危機の歴史や現在の国際通貨制度に至る歴史が網羅的に学べる書籍となっています。
国際通貨研究所の理事長でもある著者が編著者となり、様々な研究者が多岐の文献やデータを元に様々な通貨危機が起こるプロセスやその経過を整理し、分かり易く述べています。

各国の経済状況の差で資本が集まり、活発な投資が行われ、それに限界が生じた時に一気に資本が引き戻されて通貨危機が起こるプロセスが強調されています。それはまさしくタイトルの『世界経済は通貨が動かす』世界であり、様々な歴史を教訓にして将来の投資や政策に役立てていく事の必要性が各所で述べられます。


今後の展望

歴史を教訓にして将来に活かすという意味で、政策提言や、通貨危機を回避するためのソフトランディングの方法、通貨を安定させる為の国際協調の必要性などが様々な部分で提案されます。

良くも悪くも中国の台頭の大きさが重視されており、それに対応しなければならないのが現在の最大の問題で、投資家はそれを意識した上で読み進めれば得るものは多いでしょう。

為替投資において最も直接的に得られるものは、「ドルの地位の将来」です。
これは補論で数学的な分析を補いながら論じられており、検証可能な形で述べられている章なので、より応用しやすいです。
米国の基軸通貨としての地位が問題になっていますが、現状では対外資産と債務のリターン分析を行う事で、「グローバル・インバランスの状態の中で均衡している状態」が示されており、ドル下落と米国からの資本の引き上げのスパイラルは起こりにくいという事になります。


基軸通貨の多極化からの示唆

また、パワー・シフトの観点で何度も言及されるのが「基軸通貨の多極化」についてですが、これには否定的な見解が述べられています。
米国の地位が相対的に落ちていくものの、中国の政治システムなどを考慮すれば、中国が米国の地位を奪う事は無く、多極化の時代を迎える可能性が高いです。

一方で、その多極化を利用して「通貨バスケット(主要通貨に連動させて為替レートを安定させる手法)」をすべきという主張が多いですが、
それが通貨の安定をもたらすかと言えばそうとは限りません。
ユーロという強大な通貨が登場しても、米国発金融危機への対処には殆ど役立たなかった、寧ろ欧州内でのソブリン危機の波及など深刻な被害をもたらしたという歴史を見れば、人民元の台頭によって寧ろ為替市場は複雑になるのではないでしょうか。

photo credit: MikeBehnken via photopin cc