シンカー:ネットの資金需要が消滅してしまっている現在、財政緊縮は異常であると言え、財政拡大に転じ、ネットの資金需要を復活・拡大させる必要がある。少子高齢化対策と格差是正のため、「教育国債」による教育の無償化が政策の論点になりつつある。実現すれば、GDP対比1%程度のネットの資金需要となり、ネットの資金需要の誘導水準が0%程度であるかのような過度に緊縮な財政スタンスから、マイナス(拡大)に恒常的に改善する適正なスタンスに変化させることができるかもしれない。安倍首相が指摘しているように、「将来、活躍して収入を得て、税収が上がり、新たな富をつくる」形でもあり、ネットの資金需要をマイナスにできるという管理通貨制度の利点を使うことを含め、実質的な財政負担はほとんどないと考えられる。「教育国債」による教育の無償化は、デフレ完全脱却と持続的な成長のためのマクロ政策ロジックでも支持される。「未来の世代にツケを回す」、または「ばら撒きである」などという感情論で頭ごなしに否定されるものではないように思われる。
日本の内需低迷・デフレの長期化は、恒常的なプラスとなっている企業貯蓄率(デレバレッジ)に対して、マイナス(赤字)である財政収支が相殺している程度(成長を強く追及せず、安定だけを目指す政策)であり、企業貯蓄率と財政収支の和(ネットの国内資金需要、マイナスが拡大)がゼロと、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力が喪失していたことが原因である。
通貨の発行量が金の準備高に拘束される金本位制度であれば、ネットの資金需要が0%というのは、通貨システムを安定にするために「適正」であると考えられるが、デフレや不完全雇用のリスクとなり経済厚生上は「適正」ではないと考えられる。
一方、管理通貨制度では金の準備高に拘束されず通貨当局の信用の裏づけによって通貨の発行量を調整することができる。
そして通貨(マネーサプライ)は、マクロのネットの資金需要が拡大、即ち十分なマイナスであることによって、経済の信用創造が強くなり、十分な量の供給が可能となる。
そのネットの資金需要がマイナス方向に拡大し、通貨供給が十分であることにより、経済は若干の物価上昇は抱えるものの完全雇用を容易に達成でき、経済厚生上「適正」になると考えられる。
言い方を変えれば、管理通貨制度は信用の裏づけによって通貨の発行が可能であるため、ネットの資金需要をマイナスにすることが可能または「適正」となり、完全雇用をより容易に達成できる利点がある。
日銀の量的金融緩和はこのネットの資金需要を間接的にマネタイズすることによって景気・物価動向を好転させることができることになる。
一方、ネットの資金需要が消滅していれば、マネタイズするものが存在せず、日銀の金融政策だけで景気・物価動向を好転させることができなくなる。
ネットの資金需要が0%であれば財政ファイナンスというミクロの「均衡」に拘りデフレスパイラルを回避するだけの受動的な政策(財政拡大は企業の貯蓄行動をただオフセットするだけ)、マイナスであれば政策によりデフレ完全脱却を強くリードしていくリフレ政策がとられていると言える。
受動的な政策では、貨幣経済が拡大できないため、いくら財政緊縮・増税をしても、中長期的な財政の安定にはつながらないと考えられる。
ネットの資金需要がGDP対比-5%程度あるのが、2%程度の安定的な物価上昇と持続的な成長と整合的であるとみられる。
これまでのようにネットの資金需要が消滅してしまっていれば、財政緊縮が異常であり、金融政策は効果が小さく、デフレになってしまう。
消費増税など財政緊縮をより進め、ネットの資金需要が消滅ではなく破壊されるほど(+5%程度)になると、恐慌となり、デフレはスパイラル的になるだろう。
一方、企業の資金需要が強く、財政も拡大気味で、ネットの資金需要がGDP対比-10%程度になると、バブル的な景気拡大となり、インフレが強く進行していくことになろう。
アベノミクス前後で、消滅していたネットの資金需要が、企業貯蓄率の低下と、震災復興と景気対策による財政緩和により、復活したのが、日本のデフレ完全脱却への動きにつながったとみられる。
しかし、企業貯蓄率がまだプラスである中で、2014年度の消費税率引き上げなど、財政緊縮が異常となり、現在のところ、再びネットの資金需要が消滅し、デフレ完全脱却の動きが停滞してしまったと考えられる。
ネットの資金需要が消滅してしまっている現在、財政緊縮は異常であると言え、財政拡大に転じ、ネットの資金需要を復活・拡大させる必要があろう。
これまでの財政政策がネットの資金需要を0%に誘導するような過度に緊縮なものであれば、その水準をマイナスに誘導するための財政拡大の余地が十分にあると考えられる。
現在、少子高齢化対策と格差是正のため、教育の無償化が政策の論点になりつつある。
安倍首相も「経済状況にかかわらず、子どもたちがそれぞれの夢に向かって頑張ることができる日本でありたい」と述べ、前向きなようだ。
幼稚園から大学までの授業料をすべて無償とするためには5兆円程度の予算措置が必要なようだ。
内閣府の試算では、就学前の幼児教育の段階的な無償化で1.2兆円、高校の実質無償化で0.3兆円、大学の授業料減免や奨学金で3.1兆円となっている。
教育の無償化の費用を「教育国債」でまかなう構想があるようだ。
実現すれば、GDP対比1%程度のネットの資金需要となり、ネットの資金需要の誘導水準が0%程度であるかのような過度に緊縮な財政スタンスから、マイナスに恒常的に改善する「適性」なスタンスに変化させることができるかもしれない。
これまでは、管理通貨制度の利点(ネットの資金需要をマイナスにできる)を使うことはなく、金本位制度下のような過度の安定を求めた政策(ネット資金需要が0%)がデフレ完全脱却を困難にしていたと考えられる。
少子高齢化下の人材投資と格差是正のための「教育国債」による教育の無償化は、デフレ完全脱却と持続的な成長のためのマクロ政策ロジックでも支持される。
これまではネットの資金需要を十分にマイナスにできるという管理通貨制の利点を利用してこなかっただけに、その効率的な利用としての「教育国債」は財源として正当化できるだろう。
大学卒業後に収入を得たら授業料を返済する制度と組み合わせ、短期的には教育国債で資金がまかなわれるが、長期的には返済される形でも検討されているようだ。
その場合でも、短期的にはネットの資金需要が生まれ、デフレ完全脱却への後押しとなるし、長期的にネットの資金需要が民間中心に復活した時には、教育国債の発行と返済による償還はバランスするだろうから、過度な財政負担になることもないだろう。
安倍首相が指摘しているように、「将来、活躍して収入を得て、税収が上がり、新たな富をつくる」形もあり、管理通貨制度の利点を使うことを含め、実質的な財政負担はほとんどないと考えられる。
ネットの資金需要が消滅してしまっている現在、財政緊縮は異常で財政拡大の余地があると言え、財政拡大に転じ、ネットの資金需要を復活・拡大させる必要があろう。
消滅しているネットの資金需要を復活させるほどに財政拡大をすれば、こどもの貧困問題を含む弱者の救済、セーフティーネットの拡充、防災対策、そしてインフラと教育の投資などをすることができ、マネーと景気の拡大により企業が刺激され、国民も景気回復を実感し、デフレ完全脱却に向かうことができる。
人々に厳しい財政緊縮から転じ、人々にやさしい財政政策で、日本の経済厚生は格段に向上するだろう。
「未来の世代にツケを回す」、または「ばら撒きである」などという感情論で頭ごなしに否定されるものではないように思われる。
図)ネットの資金需要
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
会田卓司
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