はじめに
ニッセイ基礎研究所では、2015年からアジアの保険会社による不動産投資動向を調査しており、台湾や韓国の保険会社の積極的な不動産投資姿勢や、解禁以降の数年間で急速に不動産投資を拡大してきた中国の保険会社の動向などを確認してきた。しかし、2015年下期の中国経済の失速懸念を背景とした世界同時株安以降、世界の不動産投資市場において不動産取引額が縮小に転じている。今回、これまで積極的だったアジアの保険会社による不動産投資の現状を確認し、今後を展望する。
不動産取引額のピークアウト
2015年8月、中国経済の失速懸念を背景とした世界的な株価下落、いわゆるチャイナショックが発生した。その影響は世界の不動産投資市場にも広がり、高値での積極的な取得が世界的に控えられるようになった。結果として、2016年の世界の不動産取引額は前年比で縮小に転じ、リーマンショック以降続いた拡大トレンドが一旦途切れる形となった。2016年の取引額は、ピークの2015年から14.6%縮小し、2014年の数値をも下回った(図表-1)。
とりわけ、チャイナショックの震源地である中国の影響が強いアジアパシフィック地域では、既に2014年から不動産取引額が伸び悩んでいた。そのため、2016年の取引額は、2013年の数値も下回り、4年前の水準に落ち込んだ。
アジアの保険会社による不動産投資
このように、世界、アジアパシフィック地域を問わず、積極的な不動産投資が控えられつつあるが、まず、これまでのアジアの保険会社による不動産投資姿勢を簡単に確認する。アジアでは、概して新興国の保険市場は発展途上にあり、それらの保険市場規模は依然として小さい(図表-2)。そのため、現在、保険会社が大規模な不動産投資を実施しているケースは、保険市場規模上位の数カ国に限定される。上位4カ国(台湾、韓国、中国、日本)の大手保険会社について、不動産保有状況をみたグラフが(図表-3)である。
4カ国の中でも、台湾の保険会社の不動産投資比率は突出して高く、最大手の国泰人寿保険が、アジアの保険会社として最大の不動産投資家となっている(1)。また、中国の保険会社は、不動産投資が解禁されてからの年月がまだ浅いため(2)、不動産の比率は低いものの、既に保有不動産額はかなりの規模になっている。
このように、台湾の保険会社は、保険市場規模が日本より格段に小さいにもかかわらず、非常に不動産投資に積極的であり、また、中国の保険会社も、新たな積極的プレイヤーとして不動産投資を本格化しつつある。
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(1)増宮 守、「
【アジア・新興国】アジアの保険会社による不動産投資~日本国内で不動産投資を積極化する可能性も~
」 ニッセイ基礎研究所、基礎研レター2016/2/17
(2)2009年2月の「改正保険法」の承認、2010年7月の「保険資金運用管理暫定弁法」および8月の「保険資金の運用政策に関する問題を調整するための通知」の発表による。
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最近の不動産投資姿勢の変化
では、不動産投資に積極的なこれらのアジアの保険会社について、チャイナショック発生以降の動向を確認する。上位4カ国の大手保険会社の3月末時点の不動産保有額(簿価ベース)について、直近3年間の対前年変化率(現地通貨ベース)を表したものが(図表-4)である。
まず、台湾では、不動産投資を急拡大している台湾人寿保険を除き、チャイナショック発生後の2016年3月末に、保険会社による保有不動産額の拡大はみられなかった。既に不動産投資比率が高い水準にあるため、台湾の保険会社は不動産投資拡大を急ぐ必要がなく、一旦、慎重姿勢に転じたとみられる。ただし、2017年3月末には、新光人寿保険や南山人寿保険が再び保有不動産額を拡大しており、今後、その他の台湾の保険会社も、再び不動産投資拡大に向かう可能性がある。
次に、韓国をみると、保有不動産額と不動産投資比率の双方で突出しているサムスン生命保険が、2017年3月末に保有不動産額を縮小していた。韓国では、国際会計基準導入のフェーズ2が進行しており、不動産投資を見直す動きが広がっている。また、景気低迷で賃料上昇が限定的であるにもかかわらず、金利低下に伴って不動産価格のみが上昇し、割高感が強まっていた。
一方、中国の保険会社は、台湾や韓国の保険会社とは対照的な動きをみせている。チャイナショックの当事国にありながら、3年連続で保有不動産額を大幅に拡大していた。中国の保険会社は、投資対象を国内だけでなく、世界中の不動産に広げる形でハイペースの不動産投資拡大を続けてきた。2017年3月末には、4社中3社が保有不動産額を前年比2割以上も拡大していた。
もちろん、中国の保険会社については、保険市場の成長と共に総資産の拡大そのものが顕著である。しかし、総資産に対する不動産比率も上昇傾向にあり(図表-5)、中国の保険会社が他の資産以上に不動産の拡大に積極的なことがわかる。
ちなみに、日本の保険会社は、この3年間全く保有不動産額を拡大していなかった。アベノミクスの開始から2015年にかけ、不動産投資利回りは大幅に低下し、短期的資金によるキャピタルゲイン狙いの取得も増加した。それ以降、長期安定的な利回りを求める保険会社にとって、不動産投資の拡大は非常に難しい状況となっている。上位3社は、減価償却分の目減りはあるものの、基本的に保有不動産を現状維持する姿勢とみられ、一方、住友生命保険は、意識的に保有不動産額を縮小していた。
中国の保険会社による海外不動産投資の今後
このように、2016年以降のアジアの保険会社の不動産投資は、大きく2通りに分かれた。以前から不動産投資に積極的だった台湾や韓国の保険会社が、一旦不動産投資の拡大を控え、一方、依然として不動産投資比率の低い中国の保険会社は、ハイペースの不動産投資拡大を継続していた。
不動産投資拡大を続ける中国の保険会社は、投資対象を国内に止めず、海外不動産にも積極的である。台湾や韓国の保険会社も海外不動産に積極的なものの、特に中国の保険会社は、欧米で巨額の不動産投資を実施し、世界的にも注目を集めている(3)。
また、アジアの保険会社による不動産投資が認識されていなかった日本でも、2017年3月、アジアの保険会社として初めて、中国の安邦保険集団が大規模な不動産投資を実施した。その規模は約2,600億円にもおよび、賃貸マンション221棟からなる巨大なポートフォリオへの投資であった。安邦保険集団は、非上場企業で情報開示が極めて限定的なため、当レポートのグラフ上に掲載されていないが、非常に不動産投資に積極的である(4)。今回の日本での不動産投資以前にも、米国での巨額の不動産投資(5)などが話題を集めてきた。
近年、安邦保険集団のケースのように、中国企業による巨額の海外投資が多数発生している。保険会社の不動産投資に限らず、様々な業種の企業が様々な投資対象への投資を実施している。
しかしながら、今後は当局主導でこれらの海外投資が大幅に抑制される可能性が高まっている。中国政府は、企業の抱えるリスクの拡大や、資金流失による国内金融システムへの影響を懸念し、規制強化の意向を示している。
保険業界でも、今後の市場の監督・管理の見直し、強化が進む方向となっており、保険行政トップの事実上の更迭や、急成長を遂げた安邦保険集団への介入もみられた(6)。たしかに、不動産投資に限っても、解禁以降のわずか数年間で、海外不動産はもちろん、海外での開発案件にも積極的に投資するほどの進展がみられた。中国の保険会社は不動産投資経験が浅いため、これらの幅広い取り組みに応じた人材の確保、ノウハウの蓄積、リスク管理態勢の整備などに懸念があり、一旦の規制強化はしかるべき措置ともいえよう。
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(3)増宮 守、「
【アジア・新興国】注目を集めるアジアの保険会社による海外不動産投資~中国の保険会社を中心に世界の主要プレイヤーに~
」 ニッセイ基礎研究所、保険・年金フォーカス2017/1/31
(4)片山ゆき、「
【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(19)-安邦保険は、どうして次々と海外事業を買収するのか。
」 ニッセイ基礎研究所、保険・年金フォーカス2016/4/19
(5)2015年に高級ホテルのウォルドーフ・アストリア・ニューヨークを19.5億米ドルで取得。
(6)片山ゆき、「
潮目が変わる、中国保険業界-行政トップの事実上更迭、安邦保険グループトップの拘束のその先【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(26)
」 ニッセイ基礎研究所、保険・年金フォーカス2017/6/20
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おわりに
2016年以降、台湾や韓国の保険会社が不動産投資の拡大を控える姿勢に転じた。不動産投資を急拡大してきた中国の保険会社も、今後は、当局による海外投資規制の強化などが影響し、拡大ペースを大幅に減速する可能性がある。
ただし、中長期でみると、アジア各国の保険市場が高成長を続ける構造に変わりはない(図表-6)。各保険会社の運用資金の拡大に伴い、しばらくの後には、再びアジアの保険会社による不動産投資は拡大に向かうとみられる。当面は中国政府の政策運営などに注意が必要だが、アジアの保険会社による不動産投資については、中長期的な成長分野として継続的に注目していきたい。
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増宮守(ますみや まもる)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部
主任研究員
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