長らく投資の世界で仕事をしていると友人や知人から「正しい投資の仕方を教えてほしい。具体的にどうするのが良いのか。」などとアドバイスを求められることがある。証券会社での特定口座開設方法や投資信託の購入方法、個人型確定拠出年金やNISAの仕組みなど、実務的なことは事実関係を説明すれば足りるので比較的簡単にアドバイスできる。しかしその人に合った具体的なポートフォリオや投資商品のお勧めとなるとなかなか難しい。
ところで「正しい投資」とは何だろうか。「正しい」の意味は、大辞林によると、「物事のあるべき姿を考え、それに合致しているさま」とある。「道徳・倫理・法律にかなっている、真理・事実に合致している、誤りがない、最も目的にかなったやり方である、一番効果がある方法である」ということを意味するらしい。つまり、「正しい投資」とは法律的にも倫理的にも問題が無いという前提で、目的にかなった一番効果がある投資ということになろう。では、「正しい投資」を実現するにはどうしたら良いのかについて考えてみたいと思う。
投資の目的とは何か
まずは、「正しい投資」を実現するには、「正しい」の意味からも、目的がないといけない。将棋や囲碁、スポーツ等のプロの世界では目的や目標は「勝つこと」「記録に挑戦すること」であるだろうし、アマチュアでも目的は娯楽、レジャー、健康と回答しても「勝つこと」「上手になること」も心のうちでは目指すものであろう。いずれにせよ、目的は比較的明確ではないだろうか。競馬、競輪等でも目的は「楽しむこと」と言う人もいるだろうが、やはり「勝つこと」「儲けること」が目的であるという人が多いと思う。負けると悔しいものである。
では、投資の目的は何であろうか。おそらく「投資で儲けること」「投資で勝つこと」と回答する人が多いであろう。しかし、投資において「儲けること」「勝つこと」を目的や目標として明確に決めることは、簡単だ、当たり前なので不要だと思われるかもしれないが、これが案外難しい。それはなぜか。人によって「儲ける」「勝つ」の意味がかなり異なり、投資によって生み出されるべき成果のイメージが個人の好みによって大きく左右されるからである。さらに面倒なことに、投資の成果に対する評価は時間と共に変化することがある。
投資の目的設定や評価は難しい
将棋の世界、スポーツの世界では、個々の勝負における勝敗は明確である。もちろん、引き分けはあるし、審判がおかしいともめるケースもある。プロ野球のようにシーズンを戦って順位が決まるということもあるので、最終的な勝敗の判明に時間を要するケースもある。しかし、一つ一つの勝負や試合の結果は明確であり、勝者、敗者が一義的に決まるケースが大半である。カジノや時代劇の賭場でも、誰かが必ず勝者、敗者となるゲームが多い。
一方、投資の世界では、投資の目的を比較的明確な「勝つこと」「儲けること」と設定した場合でも、勝ち負け(成果)がはっきりしないことが多い。例えば、日本株への投資について、ある日、AさんがX社の株を買って、BさんがX社の株を売った場合、AさんとBさんどちらかが勝者となるのであろうか。翌日、X社の株が5%値下がりした場合、Aさんが敗者で、Bさんが勝者となるわけではない。1ヵ月後、X社の株が10%値上がりした場合、Aさんが勝者で、Bさんが敗者となるわけでもない。株価は変動するので、投資の成果は時間と共に変化していくし、評価の基準によっても勝ち負けの判断が変わってしまう。
もちろん、1ヵ月後の時点でAさんがX社株を売却すれば、Aさんは投資した金額の10%を利益として確定できるので、勝者といえるかもしれない。しかし、Aさんはその利益に満足しないかもしれない。同期間にY社株が20%上昇していた場合には、X社株への投資を銘柄選択に失敗したと考えるかもしれない。
一方、Bさんは満足しているかもしれない。1ヶ月待てばX社株を10%高く売れたかもしれないが、BさんはX社株を売り、Y社株を買って、20%の値上がり益を手にし、儲かって大成功と思っているのかもしれない。
このように投資の勝ち負けがはっきりしないのは、投資では投資を実行する(買う)ということと、投資を終了する(売る)ということの2つの判断や行動で1つの勝負となっているからだ。また、これら売買の組み合わせを複数積み重ねての累計での勝負となるからだ。しかも、投資家の気持ちによって投資の成果の評価が影響を受けるため、勝ったのか、負けたのか、比較対象は何なのか、満足なのか、不満なのかは投資家次第であり、外部からは明確でない可能性が高い。
以上、当たり前なことを何のために言っているのかとお叱りを受けるかもしれないが、投資においては、同時に売りと買いという正反対の行為をしても、必ずしも一方が勝者で、他方が敗者とはならないことがあり得るということだ。これが通常の勝負事との大きな違いだ。その理由は、投資期間(買いから売りまでの期間)が投資する人によって異なり、また、投資する人の気持ち等によって投資成果への評価が異なるということだ。
つまり、投資の目的を適切に設定するためには、投資期間を定めるとともに、投資成果の明確なイメージ、できれば具体的な中間・最終の数値目標等を持つことが必要となる。但し、投資目的を適切に設定できたとしても、その後の投資環境の変化で、投資目的や目標の修正が必要となるかもしれない。場合によっては投資環境が変わらなくても、投資家の気持ちが変わって(機関投資家の場合、担当者が変わって)目的や目標が変わるケースも出てくる。
このように、投資目的が「勝つこと」「儲ける」という分かりやすいものだとしても、投資目的の適切な設定や投資成果への評価は難しい。
では、例えば投資目的が、多くの人にとって非常に重要な「老後の生活資金の確保」の場合はどうだろうか。適切に投資目的の設定や投資成果の評価をするためには、投資する人の年齢、財産状況、今後の収入見込み等も考慮しなければならない。加えて投資する人の性格、より具体的に言えば、損するのが絶対嫌な人なのか、多少のリスクは許容する人なのか、それともリスクを取るのが好きな人なのかの見極めも必要である。その上で、最終的な投資目的である「老後の生活資金の確保」のためには、どのくらいのリターンが必要で、どのくらいのリスクを覚悟しなければならないかを十分検討し、自分なりに納得する必要がある。結構、難しい。
投資の選択というのは、ある意味で衣服を選ぶのに似ているかもしれない。人によって身長、体重、体格によってサイズ等が異なるだけでなく、個人の好みがそれぞれ違う。そこそこ間違いの無い正しい服を選ぶためには、まずは、その服を着る目的が明確である方が選びやすい。フォーマルかカジュアルか、スポーツ用か旅行用か。
投資でも、各個人、各組織に合わせた「適切な目的の設定」が「正しい投資」への第一歩となる。ただ、衣服は実際に手にとったり試着して選ぶことができるが、投資は一般の人にとってはなじみの少ないものである上に実物を確認できない。そのため、金融機関の窓口に行ったり、詳しい人に聞いたり、ネットで情報を集めるなどして、自分で最終的な「投資の成果」をイメージし、「適切な投資目的」を設定した上で、それに合致した投資の選択をしなければならない。
AIが将来、SFの世界のように汎用的な人工知能のようなものになれば、親身になって良い投資アドバイスをしてくれるかもしれない。昨今、AI風の投資助言ツールは出てきているものの、残念ながら、投資の目的がはっきりしていない投資家向けに適切な投資アドバイスができるレベルには達していない。現時点では、自分で納得できる「適切な投資目的」を設定した上で、こうしたツールを活用することになるであろう。
では具体的にどうすべきなのか。
投資をする際に、やるべきこと、やった方が良いこと、やってはいけないことについては、次回で述べさせていただき、本稿では最後に投資について注意すべき点について私見を述べてみたい。
投資の本質は、何かを得ようと思えば、何かを犠牲にしなければならないことであると考えられる。つまり、リターンが高ければリスクは大きい。単純にうまい話はない、というのが投資での大前提となる。
まず、投資をするには信頼できる相手と取引するのが重要で、金融庁に登録のある金融商品取引業者でない場合は、避けなければならないし、登録があるというだけでは、必ずしも安心できる取引業者とは限らないだろう。「選ばれたあなただけに紹介する、とても良い投資の話がある」というお誘いがあるが、それほど良い投資であれば、その人または会社が銀行から借入して投資すれば良いはずなので、わざわざ私のような一般小口の投資家にコストをかけて勧誘してくるのは怪しい。リスクが少なく、リターンはかなり大きいという投資の話も疑ってかかるべきだ。
そこまで怪しい話でなくても、どんな経済環境下においてもプラスのリターンが期待できる「素晴らしい投資商品」というのも要注意だ。金融の世界では、シミュレーションによって一定の過去の期間のほとんどでプラスのリターンが出る投資商品を作成することが可能である。但し、その投資商品で、未来においてもプラスのリターンが創出できるとは限らない。そういう「素晴らしい投資商品」を勧められたら「どういう場合にリターンがマイナスになるのか」を質問してみることをお勧めする。「そういうことはまず無い。安心して下さい」という回答であれば、その投資商品への投資はすべきではない。
リスクが無ければリターンが無いというのが投資の基本。そんなこと当たり前で分かっているという人が多いが、実際に立派なパンフレットで理路整然と熱心に勧められると、つい信じて投資してしまいがちである。人間やはり「儲け話」には弱いもの。くれぐれもうまい話にはご注意いただきたい。
以上のように目的に適った一番効果のある「正しい投資」の実現は、プロでもそう簡単ではない。ただ、「正しい投資とは何か」をいろいろ考え続けることによって、「誤った投資」を回避し、良い投資成果につながる可能性は高くなると考えている。
まずは「正しい投資」への第一歩として、明確な「投資の成果」のイメージと適切な「投資の目的」の設定にトライしてはどうだろうか。
安孫子佳弘(あびこ よしひろ)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部
取締役 部長 兼 投資助言室長
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