いま、都心近郊では住宅価格が高騰しているため、実際には年収の7~8倍の借入をする人もいます。一方、2016年2月に日本銀行が金融緩和策としてマイナス金利を導入した結果、住宅ローン金利も35年固定が0.9%と、異常ともいえる水準にまで低下しました。カネ余りで、とにかく住宅ローンの貸出残高を伸ばしたいという銀行側の事情もあり、以前にも増して多額なローンを組みやすい状況です。

(本記事は、平井美穂氏の著書『 住宅ローン 借り方・返し方 得なのはどっち? 』河出書房新社(2017年1月15日)の中から一部を抜粋・編集しています)

借入の金額は年収の「5倍」程度までが理想

住宅ローン
(画像=Webサイトより)

大手銀行のホームページでは、年収の8倍が「借入可能額の目安」と表示されます。年収600万円なら4800万円、4800万円を35年元利均等返済、変動金利0.625%で借りると、月々の返済額は12万7270円になります。

たとえば、いまの家賃が12万円とします。変動金利0.625%・35年元利均等返済で計算すると、4500万円の借入は、月々の返済額が11万9316円(ボーナス時加算なし)。ここに管理費などがプラスされますから、家賃を超えてしまいます。これらが毎月3万円だとすると、ローン返済額は月々9万円に抑える必要があります。また、変動金利は将来の金利上昇リスクがあるので、いまの金利状況であれば全期間固定金利の1.2%程度で試算してみるのが賢明でしょう。

こうした条件で再計算すると、借入額は3000万円、月々返済額は8万7510円になります。ゆるい試算による借入可能額は4500万円ですが、堅実な試算だと3000万円となり1500万円もの開きが出ます。年収600万円の人からすると、7.5倍(4500万円)と5倍(3000万円)の差です。

新築当時6000円台だった積立金が、20年後には5倍になるようなケースもあります。年収の8倍もの金額を借りると、途中で家計が破綻し教育ローンや奨学金で子どもを進学させざるをえないことも少なくありません。

やっかいなのは、最初のうちはローン控除で年間数十万円の税金が還付されたり、子どもが中学3年までは児童手当が支給されるため、家計収支が黒字であるかのように錯覚しやすいことです。これらが終了し子どもが高校・大学へと進学する時期になると、教育費の負担がいっきに重くなり、家計収支が赤字に転落します。多くの家庭の家計診断をしてきた経験から、借入額は世帯収入の5倍程度にとどめておくのが理想だと思います。

もちろん一概に年収の何倍なら安全ということはできません。借入額を決めるときには、ローン以外の生活費や教育費・老後資金など将来必要なお金をきちんと把握し、最後まで無理なく返せる適正な金額を借りるようにしてください。「銀行が貸してくれる金額=妥当な借入額」と思うのは禁物です。

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返済負担率は年収の「20%」以内に抑えよう

借入額を決める際のもう一つの指標に「返済負担率(返済比率)」というものがあります。返済負担率とは、額面年収に対して住宅ローンの年間返済額が占める割合のことで、「年間返済額÷額面年収×100」の式で%が求められます。一般的に無理のない返済負担率は20~25%までといわれていますが、20%以内が理想だと思います。額面年収が600万円の人であれば、年間返済額は120万円以内、つまり月々の返済額は10万円以内にとどめておくわけです。月に10万円以内というと、たとえば、みずほ銀行の35年固定の金利1.15%(2017年1月現在)で融資を受ける場合、3450万円の借入が可能です。毎月の返済額は9万9818円になり、10万円に収まります。

むろん、住宅ローンの返済額が月10万円であっても、生活費が多くかかる家庭ではけっして楽な数字ではありません。額面年収が600万円で、扶養家族が妻と子1人という3人家族の場合、一般的な手取年収は470万円前後です。1か月当たり約39万円となります。総務省の家計調査によれば、世帯年収600万円の家庭における平均的な生活費は月23万円ですが、この中には教育費や保険料、住居費が含まれていません。生活費に住宅ローンをプラスすると33万円。手元6万円となり、ここから教育費や保険料、マンションの管理費・修繕積立金を捻出しなければならないのです。返済負担率を20%で抑えたとしても、余裕がないことがおわかりいただけると思います。

ところが、金融機関の審査では、返済負担率30~40%まで借入申込みができるようになっています。家計の中身については、いっさい聞きません。「金融機関が貸してくれる金額」と「無理なく返せる金額」には、かなりの隔たりがあるのが現実です。

金融機関では返済負担率が30%を超えていても審査に通ってしまいます。金融機関が貸してくれる金額と、あなたにとって妥当な借入額とは必ずしも一致しない、と肝に銘じておいてください。「予想していたよりも多くの借入額で、住宅ローンの審査が通った!」と手放しで喜ぶのではなく、ローン返済以外に今後かかる家計支出を考慮して、最後まで無理なく返せる安全な借入額かどうか、冷静にチェックしてみることが何より大事です。

頭金を貯めるより、早く買って返済を終えるほうがお得

いまは金利が低いので、できるだけ早く買って65歳までに返し終わるのが得策です。頭金とは、物件価格のうち預貯金などの自己資金で用意する金額のこと。ある程度の頭金があったほうが住宅ローンの審査が通りやすく、金利もより低くなるといったメリットもあります。ただ、最近は頭金が100万円でも最優遇金利で貸してくれる銀行が増えており、貯めるよりも先に買ってしまったほうがお得です。

4000万円の物件を購入するAさん(30歳)とBさん(40歳)の例で具体的に見ていきましょう。

Aさんは30歳で結婚すると同時に100万円の頭金でマイホームを購入し、3900万円のローン返済をスタート。繰り上げ返済をいっさいしなかったとしても、65歳時には完済する計画を立てることができました。一方、Bさんは30歳で結婚し、その時点の貯蓄は100万円、家賃12万円の借家暮らしです。40歳までの10年間に1000万円を貯め、頭金1100万円、借入額2900万円で購入。Aさんよりも借入額が1000万円減るぶん、返済期間を10年短くし、やはり65歳で完済する設定をしました。

▼Aさん
30歳で購入 頭金100万円、借入額3900万円、金利1.2%(全期間固定)、35年元利均等返済、毎月の返済額11万3763円、ボーナス返済なし

▼Bさん
40歳で購入 頭金1100万円、借入額2900万円、金利1.2%(全期間固定)、25年元利均等返済、毎月の返済額11万1938円、ボーナス返済なし

毎月の返済額は大差ありませんが、Bさんは貯蓄と同時に家賃を払っており、その金額は10年で1440万円になります。もし、Aさんのように30歳で購入して、家賃分の12万円を繰り上げ返済に充てていたら、結果は違ったものになっていました。仮に、Bさんが半年ごとに72万円を繰り上げ返済に充当し、10年間で20回実施したとしましょう。すると、トータルでは累計約1378万円の繰り上げ返済をおこなうことになり、結果として14年5か月の期間短縮と、559万円の利息削減が可能です。繰り上げ返済には「返済期間短縮」と「利息削減」という二重の効果があるのです。

金利が異常に低いいまは、お金をもっていても「あえて貯金を切り崩さず、借入を満額目いっぱいする」という人が多くなっています。住宅ローンは「いかに早く返して、年金暮らしが始まる前に完済のメドを立てるか」が攻略のポイント。どうせいつか買うならば、貯まるのを待つよりも早めに買って、すこしでも早く返済を終えるほうが得策です。

平井美穂(ひらい・みほ)
神奈川県生まれ。平井FP事務所代表。宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナー(CFP)、証券外務員1種。大学卒業後、新築マンションの販売会社で営業を経験。なかでも特殊ケースの顧客の住宅ローンプランニングが得意。その後、銀行およびモーゲージバンクへ転職し、融資業務・金融商品販売に従事する。出産を機に独立系ファイナンシャルプランナーとなり、公正中立な立場で「相談者がもっとも得する住宅ローン」の借り方をコーチしている。5000件超の相談実績を誇る、実践派の住宅ローンプランナー。

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