ユーロ高が進んでいる。ユーロは、ここ4カ月で、対ドルでおよそ12%、名目実効為替相場ベースではおよそ6%という速いペースで上昇した。

ユーロ高への転換点となったのはフランスの大統領選挙だ。ユーロ圏の景気回復のピッチは、16年終わり頃から加速し始めていた。欧州中央銀行(ECB)も、17年初から景気判断を徐々に修正し、3月からは異次元緩和策の見直しに着手していた。しかし、こうした動きは、フランス大統領選挙で反EU・反ユーロのルペン候補の敗北が濃厚になるまで材料視されなかった。親EUのマクロン氏の勝利で、EU・ユーロの分裂リスクが後退すると、一気にユーロ高が進んだ。

しかし、ここ4カ月のような急ピッチのユーロ高は持続力に乏しい。政治リスクの後退と並んでユーロ高の圧力となっているECBの緩和縮小観測は期待先行の感が強いからだ。

他方で、これから先の欧州の政治の動きは、ユーロの下値を支える材料になると見ている。

8月21日に就任100日目を迎えたマクロン大統領の支持率は低下しているが、その最も大きな要因は、財政健全化と労働市場の改革にスピード感を持って取り組んでいることにある。政策には試行錯誤の感はあり、コミュニケーションにも改善の余地はありそうだ。しかし、目指す方向は大筋で正しい。フランスの改革は、ユーロの信認を高める上で欠かせない。

支持率が低いとは言え、マクロン政権は5年にわたって続くことが確実だ。国民議会はマクロン改革を支持して当選した「共和国前進」の議員で過半数を占める。内閣不信任案可決による首相の辞任、まして大統領の弾劾といった展開は考えられない。

マクロン政権の真の評価は、5年の任期を通じた成長と雇用の成果に掛かる。9月中の立法を目指す労働市場改革は、企業負担の軽減を通じて競争力を高め、雇用のインセンティブを高める狙いがある。労働者の権利が損なわれるとの懸念も強いが、高コスト体質の是正が構造的失業解消の鍵という認識は広く共有されている。サルコジ元大統領もオランド前大統領も取り組もうとしたが、サルコジ政権は世界金融危機、オランド政権はユーロ危機と社会党の支持基盤の労組の反発に阻まれ、十分な成果を挙げられなかった。マクロン改革には、経済環境の面では追い風が吹いており、成果が現れやすいというアドバンテージがある。

9月24日のドイツの連邦議会選挙がユーロの動揺をもたらす可能性もない。世論調査では、メルケル首相のキリスト教社会・民主同盟(CDU/CSU)の支持率が、社会民主同盟(SPD)を15%ほどリードする。財政の健全化と失業の解消、所得水準の向上という3期12年の成果を挙げたメルケル首相の4選は確実だ。連立の組み合わせこそ不透明だが、そのことが政策の混乱を引き起こすようなことはない。

ドイツの総選挙後、独仏協調によるユーロ制度改革が前進すると見られることも、ユーロをサポートする材料だ。

2017年は、EUの基礎となる「ローマ条約」の調印から60年周年にあたり、12月の首脳会議での行動計画の合意を目標にEUの未来像についての協議が進められている。意思のある国が先行するマルチ・スピード化の傾向をより強める見通しだ。

ユーロは、EU統合の象徴であり、EU加盟国のうち、意思があり、かつ、条件を満たした国が導入した通貨だ。その完成度を高める改革はEUの未来像における中心テーマである。

EUの欧州委員会が、今年5月に公表した協議の叩き台となる文書には(注1)、財政面での統合のレベルを引き上げるための構想が盛り込まれている。ユーロ圏レベルでの意思決定を行う「ユーロ圏財務省」、「ユーロ圏予算」、債務危機対応として常設化された欧州安定メカニズム(ESM)を基盤とする「欧州版IMF(European Monetary Fund)」、さらに「ユーロ共通債(European Safe Asset)」などだ。

これらの要素は、銀行監督、破綻処理制度を一元化する「銀行同盟」の布石となった12年のユーロ制度改革の議論の際の欧州委員会の提案(注2)にも盛り込まれていたが、財政面での取り組みは、ルールと監視の強化が先行してきた。ドイツは財源を共有化するような改革には強く反対したからだ。

しかし、今回は、EUとユーロの改革を公約に盛り込み当選したマクロン大統領ばかりでなく、メルケル首相も選挙キャンペーン期間中に前向きな発言をしている。ショイブレ財務相が主張する「欧州版IMF」には賛同の立場。そればかりでなく、「ユーロ圏財務省」の必要性も認め、「ユーロ圏共通予算」も容認する姿勢を示した。

メルケル首相の姿勢の転換は、ユーロ参加国の財政が改善する一方、EU加盟国、とりわけ共にEUの統合を推進してきたフランスで反EUの政治勢力が勢いを増し、ユーロの維持すら危ぶまれる状況になったことがあるのだろう。英国のEU離脱に伴う環境変化の後押しもある。加盟国でありながら統合深化に懐疑的だった英国の離脱は、統合を進めやすくする面がある。さらに、4期目を最後の任期と位置付けるメルケル首相には、ユーロの完成度を高める改革を、16年というコール元首相に並ぶ任期のレガシー(政治的遺産)にしたいという意欲もあるようだ。

現段階では、「欧州版IMF」や「ユーロ圏共通予算」構想は同床異夢の感がある。ショイブレ財務相の「欧州版IMF」構想は政策監視機能の強化に重きが置かれている。欧州委員会が提案する銀行同盟のバック・ストップとしての活用を容認するかは定かではない。「ユーロ圏共通予算」として想定する規模はマクロン大統領とメルケル首相には大きな差があるようだ。

ユーロ制度改革の細部については、今後の協議で詰める必要があり、おそらく着地点は、本来望まれるものよりも、限定的なものだろう。

それでも、財政統合が、欧州委員会の提案に留まらず、独仏の協調による政治的な意志を伴う形で前進しようとしていることは、ユーロ制度改革が一段階上のレベルに進もうとしていることを意味する。

異次元緩和の縮小を探るECBのドラギ総裁にとって、急激なユーロ高は「2%以下でその近辺」へのインフレ目標への調整を妨げるリスクであり頭痛の種だ。

しかし、その背景の1つである反EU・ユーロ機運の沈静化と独仏協調によるユーロ制度改革への動きは、ECBにとって朗報だ。ECBは、世界金融危機以降、唯一のユーロ圏をカバーするEU機関として、ユーロ圏の安定の責務を一手に担わざるを得なかった。ユーロ圏が、危機時の流動性供給の枠組みだけでなく、財政政策の調整能力や、圏内の格差是正のための予算を備えるようになれば、金融政策に過度の負担が掛かる状況を脱することができる。

(注1) European Commission, “Reflection Paper on the Deepening of the Economic and Monetary Union”, 31 May 2017
(注2) European Commission, “A blueprint for a deep and genuine economic and monetary union Launching a European Debate ” COM(2012) 777 final, 28.11.2012

伊藤さゆり(いとう さゆり)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 主席研究員

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