シンカー:政府・日銀は景気・マーケットの過熱を許容するほど、デフレ完全脱却にコミットメントしていることを過小評価してはいけないと考える。そして、そのコミットメントは更に強くなる可能性が出てきた。安倍首相が9月28日の臨時国会の冒頭で衆議院を解散し、10月22日に総選挙が行われる可能性が出てきたことが報じられ始めた。経済ファンダメンタルズの好転の証拠が徐々に明らかになっており、政権与党が過半数を維持し、アベノミクスの政策の方向性が信認される可能性が高い。そして、財政政策は、高齢化に向けた財政赤字に怯えた守りの緊縮から、「全世代型社会保障制度」の創出とデフレ完全脱却による更なる成長を企図する攻めの緩和へ明確に転じることになる。財政政策の大きな転換は、安倍内閣が国民の信認を問うに十分な意義があると考えられる。日銀の現行の金融緩和は、ネットの資金需要を間接的にマネタイズすることにより効果を発揮する。財政政策が緊縮から緩和へ明確に転じることにより、ネットの資金需要が大きく復活し、金融緩和の効果もより強くなり、円安・株高・物価上昇というデフレ完全脱却への動きが加速していく可能性がある。

SG証券・会田氏の分析
(写真=PIXTA)

9月20・21日の日銀金融政策決定会合では、「2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで」、目標からの短期的なオーバーシュートの許容とマネタリーベースの拡大方針を含む「長短金利操作付き、量的・質的金融緩和」を継続し、日銀当座預金残高の一部の金利を-0.1%程度、長期金利を0.0%程度とする政策の現状維持を決定した。前回の決定会合で、現行の政策に反対を主張していた佐藤建裕審議委員と木内登英審議委員が退任した。今回の決定会合から鈴木人司審議委員と片岡剛士審議委員が加わった。鈴木審議委員は現行の政策に賛成した。片岡審議委員は、「資本・労働市場に過大な供給余力が残存しているため、現在のイールドカーブのもとでの金融緩和効果は、2019年度頃に2%の物価上昇率を達成するには不十分である」とし、追加緩和は提案しなかったが、現状維持に反対した。2019年度頃の2%を目指すのであれば追加緩和が必要であり、そうでなければ2%の到達予想を先送りすべきとの考えだろう。結果として、票決は八対一になった。

4-6月期の実質GDPは前期比年率+2.5%の強い結果となった。まだ海外の景気回復や政府の経済対策に支えられた景気拡大の側面はあるが、徐々に企業活動の拡大による設備投資、雇用、賃金の回復が中心となる自立的な形に進化してきていることが確認された。日銀は2017・2018年度の実質GDP成長率を+1.8%・+1.4%と予想しており、潜在成長率をしっかり上回るペースである。内閣府の推計の改定により、潜在成長率はアベノミクス前の+0.8%程度から現在の+1.0%程度まで上昇していることが確認されている。日銀は景況判断を「所得から支出への前向きの循環メカニズムがはたくもとで、緩やかに拡大している」とし、「拡大」は需要超過の領域に入りながら、景気が引き続き上向いていることを示している。

日銀は物価に対しては、「消費者物価の前年比は、マクロ的な需給ギャップの改善や中長期的な予想物価上昇率の高まりなどを背景に、プラス幅の拡大基調を続け、2%に向けて上昇率を高めていく」と判断している。若年層を含め雇用環境は大幅に改善し、失業率は3%を下回り、有効求人倍率はバブル期を越え、正社員の有効求人倍率も1倍となり質も向上してきた。たんたんと利上げを進める海外との金利差拡大により、いずれ円安が加速する局面となろう。2%台の失業率と円安の動きで、物価上昇も加速していくと予想される。しかし、コア消費者物価指数は2018年半ばまでに前年同月比+1%程度まで持ち直すのが精一杯だろう。そして、物価上昇に明確な加速が見られるのは2018年後半からでまだ時間がかかるだろう。日銀は2017・2018年度のコア消費者物価指数(除く生鮮食品)の上昇率を+1.1%・+1.5%と予想しているが、また未達となる可能性が高い。しかし、2%の物価目標は政府・日銀の共同目標であり、日銀に委託されているのはその実現の手段であって、日銀がその是非を判断し独断的に撤回することはできないと考えられる。

理論的には景気拡大が続けば物価上昇は加速するはずだが、それが遅れることはよくある。1980年代後半のバブル期も同じだ。コア消費者物価指数の前年同月比は1987年前半の0%程度から、景気拡大にともない年末には+0.6%程度まで緩やかに上昇した。景気拡大のわりに物価上昇が鈍かったのは、1985年のプラザ合意後の円高基調が続いていたからだ。そして、1987年後半から更に円高が進行したことで、1988年の半ばには+0.3%程度まで減速してしまった。1989年からは一転して円安に転じ、深刻な人手不足感による賃金上昇と内需拡大とともに、物価上昇(消費税を除く)は一気に加速していった。物価の上昇が経済成長率の好循環に大きく遅れる形は、引き締め政策が遅れるため、景気・マーケットを過熱させる方向に作用する。日銀は、2%の物価目標にはまだ距離があり、デフレ完全脱却の動きを確かにするため、国債買いオペを増額してでも、長期金利を目標である0%に辛抱強く誘導し、どれだけ長くなるとも緩和政策を継続する決意をもっているとみられる。政府・日銀は景気・マーケットの過熱を許容するほど、デフレ完全脱却にコミットメントしていることを過小評価してはいけないと考える。

そして、そのコミットメントは更に強くなる可能性が出てきた。安倍首相が9月28日の臨時国会の冒頭で衆議院を解散し、10月22日に総選挙が行われる可能性が出てきたことが報じられ始めた。政権与党はアベノミクスによる経済ファンダメンタルズの好転を訴え、その継続の支持を国民に求めることになろう。好転の証拠が徐々に明らかになっており、安倍内閣の支持率は30%台から40%台に回復し、不支持率を再び上回り始めている。政権与党が過半数を維持し、政策の方向性が信認される可能性が高い。

更に、2019年10月の消費税率引き上げの税収を、教育無償化などの財源にすることを主張するとみられる。これまでは5兆円程度の増収のうち4兆円程度を借金減額にあてることになっていた。防災対策とインフラ整備、そしてミサイル防衛を含む国防費も増加する可能性がある。結果として、経済的にあまり意味がなくデフレ完全脱却の足かせとなっていた2020年度のプライマリーバランス黒字化の目標は先送りされるとみられる。(実際には財政支出の増加は所得の増加となり税収で返ってくるはずなので、大きな財政悪化要因にならない可能性が高い。)財政赤字(資金循環統計ベース)がアベノミクス前のGDP対比9%台から現在の2%まで大幅に縮小してきていることで、目標を先送りしても財政に対する信認が揺らがないと判断しているとみられる。財政政策は、高齢化に向けた財政赤字に怯えた守りの緊縮から、「全世代型社会保障制度」の創出とデフレ完全脱却による更なる成長を企図する攻めの緩和へ明確に転じることになる。財政政策の大きな転換は、安倍内閣が国民の信認を問うに十分な意義があると考えられる。

恒常的なプラスとなっている企業貯蓄率(デレバレッジ)が表す企業の支出の弱さに対して、マイナス(赤字)である財政収支が相殺している程度(成長を強く追及せず、安定だけを目指す政策)で政府の支出も弱く、企業貯蓄率と財政収支の和(ネットの国内資金需要、マイナスが拡大)がゼロと、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力が喪失してしまっている。2014年4月の消費税率引き上げもほとんどが借金の減額に回され、社会保障費の引き上げと歳出削減を含め、財政緊縮がネットの資金需要を消滅させ、アベノミクスのデフレ完全脱却への動きを鈍らせてしまった。日銀の現行の金融緩和は、ネットの資金需要を間接的にマネタイズすることにより効果を発揮する。裏を返せば、マネタイズするネットの資金需要がなければ、効果はほとんど消滅してしまう。財政政策が緊縮から緩和へ明確に転じることにより、ネットの資金需要が大きく復活し、金融緩和の効果もより強くなり、円安・株高・物価上昇というデフレ完全脱却への動きが加速していく可能性がある。深刻な雇用不足感による効率化・省力化の必要性、そして過去最高に上昇した利益率を維持するためトップライン(売上高)の増加の必要性が、好調な経済ファンダメンタルズをともない企業の投資行動を刺激し、企業貯蓄率はマイナスの正常領域(企業の過剰貯蓄が総需要を破壊しなくなるデフレ完全脱却のポイント)まで低下し、それがネットの資金需要を更に拡大する好循環に入る可能性もある。

図)ネットの資金需要

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ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司

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