シンカー:財政赤字に対する過度な警戒感がネットの資金需要を消滅させてしまうこれまでの政策スタンスが、名目金利を過度に低下させるとともに、過剰貯蓄を原因として自然利子率もそれ以上に過度に低下させてしまった。「過ぎたるは猶及ばざるが如し」で、財政赤字がいつか金利を急騰させるというあまりにも長く続いてきた過度な警戒論は、安定的なインフレと経済成長への動きを妨げるもので、褒められたものではないだろう。ネットの資金需要が消滅している状態は、クラウディングアウトによる金利の高騰を懸念することなく、市場経済の失敗の是正、教育への投資、生産性の向上や少子化対策、長期的なインフラ投資、防災対策、地方創生、貧富の格差の是正、貧困の世代連鎖の防止などを目的とする財政支出を増加させる余地があることを意味する。そのような財政政策が実施されれば、ネットの資金需要は復活し、滞留した資金による過剰貯蓄の問題は解消するとともに金融政策の効果は強くなりマネーが拡大し、所得が増加するとともに国民の生活への不安感も軽減することができるだろう。更に、名目GDPというビジネスのパイの拡大が鮮明となれば、企業活動の活性化によるイノベーションが潜在成長率を押し上げ、自然利子率が上昇していくことになるだろう。
金融緩和の効果が薄れてきたのは、実質金利を自然利子率より低下させることが困難になったからであると解説されることが多い。
自然利子率が潜在成長率の低下により押し下げられた結果とされる。
一方、近来のデジタル革命を中心としたイノベーションは潜在成長率を押し上げているが、グローバル化をともない、富の格差と企業への過剰な資本の蓄積を生んだとされる。
両者ともマクロ経済の過剰貯蓄の原因となり、それが潜在成長率の押し上げ分を上回り、自然利子率を押し下げているという指摘もある。
金融緩和による実質金利の低下により、この滞留した資金を循環させることが困難であれば、もう一つのマクロ経済政策である財政の出番となる。
これまで、恒常的なプラスとなっている企業貯蓄率(デレバレッジ)が表す企業の支出の弱さに対して、マイナス(赤字)である財政収支が相殺している程度(成長を強く追及せず、安定だけを目指す政策)で政府の支出も弱く、企業貯蓄率と財政収支の和(ネットの国内資金需要、マイナスが拡大)がゼロと、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力が喪失してしまっていた。
ネットの資金需要が喪失してしまっていたということは、企業と家計の支出する力が弱く、家計に回ってくる所得(総賃金)が抑制されてしまっていたことを意味する。
企業に対する資産を持つ富裕層と、労働賃金を所得の基礎とする労働者との格差の拡大の原因ともなっている。
ネットの資金需要が減少すると、家計の貯蓄率が低下し、一定の生活水準を維持する中での貯蓄が徐々に困難化し、家計の困窮化が将来不安をもたらすことが確認できる。
そして、量的金融緩和はネットの資金需要を間接的にマネタイズすることにより効果を発揮するが、マネタイズするネットの資金需要がなければ効果はほとんど消滅してしまう。
ネットの資金需要(マイナスが拡大)はGDP対比-5%程度あることが安定的なインフレと経済成長のために必要で、0%(消滅)であればデフレ、+5%となれば信用収縮をともなうデフレ・スパイラル、一方で-10%と極めて強くなればマネーが膨張するバブルになると考えられる。
言い換えれば、ネットの資金需要が消滅している状態は、クラウディングアウトによる金利の高騰を懸念することなく、市場経済の失敗の是正、教育への投資、生産性の向上や少子化対策、長期的なインフラ投資、防災対策、地方創生、貧富の格差の是正、貧困の世代連鎖の防止などを目的とする財政支出を増加させる余地があることを意味する。
そのような財政政策が実施されれば、ネットの資金需要は復活し、滞留した資金による過剰貯蓄の問題は解消するとともに金融政策の効果は強くなりマネーが拡大し、所得が増加するとともに国民の生活への不安感も軽減することができるだろう。
更に、名目GDPというビジネスのパイの拡大が鮮明となれば、企業活動の活性化によるイノベーションが潜在成長率を押し上げ、自然利子率が上昇していくことになるだろう。
問題なのは、財政赤字に対する過度な警戒感がネットの資金需要を消滅させてしまうこれまでの政策スタンスが、名目金利を過度に低下させるとともに、過剰貯蓄を原因として自然利子率もそれ以上に過度に低下させてしまったことだ。
「過ぎたるは猶及ばざるが如し」で、財政赤字がいつか金利を急騰させるというあまりに長く続いてきた過度な警戒論は、安定的なインフレと経済成長への動きを妨げるもので、褒められたものではないだろう。
図)ネットの資金需要
図)家計の貯蓄率
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司