景気の変動は経済の好不調により波を伴い、景気が谷から山を経て次の谷に到達するまでが一つの循環とされている。景気の山谷は、正式には、内閣府が景気動向指数をもとに基準日付を認定しているが、鉱工業生産の動きで大まかに確認できる。
このため、鉱工業生産を公表する経済産業省の『鉱工業統計』は、製造業部門の生産動向を捉える月次の統計として重要度が高い。鉱工業生産から景気の山谷が確認できるのは、短期的な経済循環が製造業の在庫変動によってもたらされるためである。
また、鉱工業生産は業種別の動向が把握でき、付加価値額で見た主要業種の比率を見ると、2010年時点で鉄鋼3.9%、非鉄金属2.3%、金属製品4.2%、はん用・生産用・業務用機械12.7%、電気機械6.7%、情報通信機械4.5%、電子部品・デバイス8.2%、輸送機械19.1%、化学12.8%、紙・パルプ2.0%となっている。
このように、鉱工業生産でははん用・生産用・業務用機械、輸送機械、化学工業といった3部門の比率が高い。しかし、鉱工業生産全体の動きに最も大きな影響力を持っているのはシェアだけで見れば4番目の大きさである電子部品・デバイスである。特に、電子部品・デバイスの変動はシリコンサイクルと呼ばれるほど振幅が大きく、鉱工業生産全体の動きに影響を与えやすいことから、金融市場での注目度が非常に高い。
疑わしい戦後2番目の景気拡大
更に、鉱工業指数では『生産予測指数』として2ヶ月先までの生産計画が公表されることから、景気に対する重要な先行指標にもなる。特に、1ヶ月前の予測指数と実績値との乖離率を示す「実現率」と、2ヶ月前の予測指数と1ヶ月前の予測指数との乖離率を示す「予測修正率」という指標も公表され、中でも「予測修正率」は経験的に景気が後退局面に入る前に大幅なマイナスを続けることから注目度が高い。
アベノミクス以降の鉱工業生産指数によれば、日本経済は2014年2月から2年程度調整を続けてきたが、景気後退局面とは認定されたかった。このため、一部の専門家の間では、2012年11月を谷とする戦後二番目の景気拡張期の判断は疑わしいとされている。
早期のIT生産調整の可能性は低い可能性
企業の生産活動がなぜ景気循環をもたらすのかについては、企業の最大の目的が利益を極大化することと関係している。つまり、ある製品の需要が今後伸びると考えれば、販売の機会を失わないために生産を売上以上に増やして在庫を積み増す。しかし、景気の悪化などにより先行きの需要が衰えると考えれば、生産を売上よりも大きく減らすことで需要の減少に見合う水準まで在庫を減らす。こうした生産・出荷・在庫の関係が景気の波を発生させることになるのである。
経済産業省の『鉱工業指数』では、生産、出荷、在庫、在庫率それぞれの指数が公表される。中でも、出荷指数は需要者別の需要を把握するのに適しており、特に資本財出荷指数などは設備投資の関連指標として用いられている。また、在庫率指数は出荷数量に対する在庫水準の割合を指数化したものであり、製品の需給環境が反映される。従って、同指数が上昇すれば需要見合いで在庫が積みあがる目安となり、先行き生産の調整を招くと判断され、在庫率指数は生産指数に対して逆相関して先行する傾向がある。
専門家の間では、こうした在庫循環の動向をより明確に判断するために、出荷と在庫の前年比伸び率の差をとった出荷在庫バランスという指標が使用される。そして、特に明確な在庫循環をする電子部品・デバイスの同指標が景気の先行きを把握するために有効とされている。これまでの、電子部品・デバイスの出荷在庫バランスを見ると、過去の景気回復局面の間の景気の盛り上がりは、主に五輪とサッカーW杯に伴う電子部品の増産により引き起こされてきており、この経験則に従えば、冬季五輪とサッカーW杯が開かれる2018年前半までは生産活動が盛り上がることになる。
しかし、近年では電子部品の用途がスマホやデータセンター、産業用ロボット、自動車向け等に多様化していることからデジタル家電需要と出荷在庫バランスの関係は低下しており、これまでの経験則が通用しにくくなっている。一方、今年前半は米国で大型減税が始まる等、米国経済が加速する観測が強まっている。こうした状況を勘案すれば、米国経済が堅調に推移して輸出が好調さを保つことから、国内景気も早期に後退局面入りする可能性は低いように見える。
永濱利廣(ながはま としひろ)
第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 1995年早稲田大学理工学部卒、2005年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年4月第一生命入社、1998年4月より日本経済研究センター出向。2000年4月より第一生命経済研究所経済調査部、2016年4月より現職。経済財政諮問会議政策コメンテーター、総務省消費統計研究会委員、景気循環学会理事兼事務局長、あしぎん総合研究所客員研究員、あしかが輝き大使、佐野ふるさと特使。