「ちくしょう、また下げやがった」電話口の向こうでトレーダーが呟く。2月の急落から持ち直しつつあった米株価だったが、3月後半に再び失速、年初来の安値圏へと再び押し戻された。主因は米中貿易戦争への懸念だが、同時に米景気の雲行きも怪しくなり始めていることもマーケットの先行きに暗い影を落としている。
中国は「目には目を歯には歯を」の姿勢
トランプ大統領の一方的な「関税宣言」で火ぶたを切った米中貿易戦争は「中国からの逆襲」で第2ラウンドに突入している。
中国政府は4日、米国産の大豆、牛肉、自動車、飛行機など計106品目に25%の関税をかけると発表。米国が通商法301条に基づき、中国の産業機械など1300品目に25%の関税をかける方針を決めたことへの報復措置である。
中国が「同じ規模、同じ強さの報復措置」と述べているように、関税の対象額は米中ともに500億ドルで同じだ。
これに先立つ2日にも、中国は豚肉やワインを含む米国産品128品目に最大25%の関税を上乗せすると発表。総額は約30億ドルで、こちらは3月に米国が鉄鋼やアルミニウムに関税をかけたことへの対応措置となる。
このように、中国は「目には目を歯には歯を」の姿勢を明確に示している。品目こそ異なるが、金額的にはバランスの取れた報復関税を実施しており、中国もあくまで「受身」な措置であることも強調している。
ただし、ウォール街では「中国はトランプ氏の挑発には乗らないだろう」との意見のほか、「口だけで終わる(実施はしない)」との見方も少なからずあったことから、中国が相次いで対抗措置をとったことはちょっとしたサプライズとなった。
チキンレースの様相を呈していることから、最悪の事態に突入しないとも限らないが、トランプ政権は500億ドル規模の関税の実施時期を先送りしており、中国が報復措置を取るかどうかも米国の決定次第となっている。したがって、まだ交渉の余地は残されていると言えなくもない情勢だ。
「中国と貿易をしなければ貿易赤字は解消される」
米国が課した関税品目は産業ロボットや航空宇宙といった中国が今後の発展に重点を置く分野に的が絞られている。一方、中国は大豆やトウモロコシ、綿花、牛肉といった農産品がメインである。
注目はアイオワ州、ミシガン州、オハイオ州といったスイングステートが農産品の主な収穫地という点にある。米国では11月に中間選挙を控えており、トランプ政権は共和党と民主党の支持率が拮抗しているこれらの州への打撃は避けたいとの思惑もある。
農産品への高関税は中国にとっても痛いのだが、トランプ政権、とくに共和党にとっても痛いとろこを突いている。こうした状況を踏まえ、結局は話し合いによる関税回避の道を探るとの見方は根強いといえる。
とはいえ、トランプ氏は中国との貿易戦争に勝つのは「簡単」と述べ、その理由を中国と貿易をしなければ貿易赤字は解消されるからだと説明している。
2017年の対中貿易赤字額は3750億ドルだが、中国との貿易を止めればこの赤字がなくなり、それは米国にとって良いことだとすら主張している。
ブラフ(はったり)であれば事なきを得るが、関税合戦に突入した場合には景気への悪影響は避けられないだろう。
個人消費の減速を再確認、1〜3月期のアノマリー?
米中貿易戦争が市場のセンチメントを悪化させる中、米国の実態経済、特に個人消費の雲行きが怪しくなっていることも株価低迷の一因となっている。
2月の米個人消費は前月比0.2%増と小幅な伸びにとどまった。インフレ調整後の実質では横ばいとなり、個人消費の減速が改めて確認されている。1月は実質で0.2%減となっており、3月の伸びが小幅にとどまった場合には1〜3月期のGDP(国内総生産)での個人消費の伸びは1%を割り込む恐れがある。
ただ、10〜12月期の個人消費の伸びが前期比年率4.0%と高い伸びだったことから、その調整との見方もある。また、ここ数年は1〜3月期のGDPが極端に低いことから、アノマリーと考えて仮に低い数字が出ても深刻に受け止める必要はないとする向きもある。
たとえば、1〜3月期に限ると2017年は1.2%増、2016年は0.6%増、2014年は0.9%減と極端に低い数字が並んでいる。
とはいえ、個人消費の失速には2016年の米大統領選挙以降、大きな調整もなく順調に上昇してきた株式市場に調整が入ったことで「所得効果」がはく落したことも影響している可能性がある。昨年12月には2.4%にまで低下していた貯蓄率が1月は3.2%、2月は3.4%へと上昇している点にその可能性がうかがえよう。
年後半から景気後退のリスクも
さらに、インフレ率がじりじりと上昇していることもボディブローのように効いているかもしれない。2月の個人消費支出(PCE)価格指数は前年同月比1.8%上昇と前月から0.1ポイント上昇している。2月の消費者物価指数は2.2%上昇とすでに2%を越えている。
「トランプ関税」で輸入物価が上昇することが確実視されており、インフレ圧力が高まることが警戒されている。一般に物価の高い伸びが予想されると消費は抑制される傾向にある。
また、株価のピークアウトは景気循環に先行することで知られており、前回2007年12月から始まった景気後退ではその直前の10月に株価がピークアウトしている点も気がかりだ。
堅調な雇用情勢を踏まえると、景気の後退まで懸念するのは時期尚早といえるが、株価が回復しないようであれば、年内もしくは来年の景気後退を想定しておく必要があるかもしれない。
雇用統計で景気後退入りのサインとされるのは3カ月平均で減少に転じることだが、1月までの過去3カ月は平均で24万人増と磐石だ。
ただし、失業率を算定している家計調査では2カ月連続で失業者が増加している点には留意したい。雇用は増えているが失業者も増えており、その影響もあって失業率は昨年10月から2月まで連続して4.1%と横ばい推移が続いている。
失業率が前年同月を上回ることも景気後退サインの一つとして知られているが、昨年6月に4.3%まで低下した後は大きく低下していない。仮に失業率が上昇に転じた場合、年後半から年末にかけて景気後退リスクが高まることになりそうだ。(NY在住ジャーナリスト スーザン・グリーン)