参入障壁の低さから、独立開業の手段として人気のある飲食業。しかし、開業1年後の生存率は50%に満たないともいわれており、ひとたび赤字を出せば廃業まで転落するスピードも速い。そのため、飲食店経営における財務状況の健全化は、優先事項の1つといえる。
飲食店の財務を考えるうえで、もっとも悩ましいのは「人員問題」だろう。求人難といわれる今「アルバイトを集めようにも集まらない。さりとて集めるための時給を上げる余裕もない」という悩みをもつオーナーも多い。
そうしたジレンマを解決する方法はいろいろあるが、ここでは「アルバイトに頼らない、少数精鋭型組織への変更」という手段を取り上げ、ストーリー仕立てで紹介しよう。
※本書は氏家秀太著『「余命3か月のフランス料理店」を再生させた26の経営レシピ』(以下本書)から、一部を編集のうえ転載したものです。
あらすじ&登場人物
●あらすじ
急逝した父・一郎から創業30年のフランス料理店「ビストロUBOKI」を引き継いだ平凡な女子高生・望海は、「一郎の旧友であり経営コンサルティングの契約を締結している」と名乗る更家に、店の経営状態が危機的であることを告げられる。その直後、店舗の大家から家賃滞納を理由に退去を求められた望海は、家族の思い出が残る店の存続を賭けて、更家や社員とともに再建に乗りだすのであった――。
●主な登場人物
なぜ、飲食店は人材難に陥るのか?
「ふぅー」
いつもより長い溜息が、望海の部屋に充満する。今、望海は、祖師谷大山駅から歩いて10分の1軒家に、母親と2人で暮らしている。望海の部屋は、南側に面した6畳のシックな洋室である。今どきのJKらしく、20インチの比較的コンパクトなテレビ、UBOKIを継いでから買ったノートパソコン、小さめの家具が並ぶ部屋の中には、いつもハーブの香りが漂っている。
「あー、またアルバイトが辞めちゃうんだよ。土日のランチがヤバいー」
UBOKIから帰ってきた土曜の夜、望海は独り言をつぶやいた。今日の午後4時にUBOKIに出勤した直後、アルバイトの女子大学生の佐川洋子から相談を受けた。小走りでUBOKIのホールへ出ようとする望海の袖を、佐川がつかみ止める。
「望海ちゃん、言いづらいんだけど、来月からアルバイトを辞めたいんだ……」
「えー、佐川ちゃんがいないと、土曜日のホールが全然回らないよー」
「ごめんね」
「佐川ちゃん、なんか不満とかあるの?」
「うーん、そんなことないよ。不満なんてないよ。あるわけないよ!」
「じゃ、なんでよ?」
佐川の母親の体調が悪く、アルバイトを辞めないといけないという事情があった。
「望海ちゃんのお母さんも体調悪いし、望海ちゃんも頑張っているし……」
「わかった、いいよ。全然、平気! 佐川ちゃんがいなくても、なんとか回るから」
「ありがとう、望海ちゃん!」
「あーあ、どうしよう。あんなこと言っちゃったけど、回らない、回らないー。なのに、私の目は回るー♪」
望海がUBOKIを継いでからの2か月、従業員が辞めるのは、もう3人目である。
「私、何かしたー!?」
飲食店の人員確保は、最近ますます厳しさを増すばかりである。働き方の変化や正社員比率の低下、言い換えれば非正規社員の増加によって、特に飲食業界では、十分な人員を確保することがますます難しくなってきた。牛丼チェーン店が人手不足で、多くの店舗が休業に追い込まれているという報道も記憶に新しいところだ。
飲食店で人員計画を立てたり、新規のスタッフを採用したりする場合、次のように、様々な問題が出てくる。
・能力のあるアルバイト、契約社員、正社員が集まらない
・正社員でも、長期間働く人材が少ない(仕事が単調・独立志望などのため)
・中途採用する場合、前職の癖や経験が、かえってマイナスになることが多い
・個人経営店が多く、社会人としての基礎教育ができないため、スタッフが育たない
・飲食店の性質上、シフトの組み合わせなどにより、採用計画が複雑化する
・アルバイトへの依存度が高く、年末年始などの繁忙時期はシフトが組みにくくなる
・アルバイトやパートを募集する場合、募集時期によって応募数が大きく変動する
望海はソファーに座りながら、更家が2週間前に次のような話をしていたことを思い出していた。
「飲食業界では、表に出てこない『不採算労働費』の問題が深刻なんだよ。新人スタッフの戦力化が遅れ、恒常的にいつも多めの人員シフトを組むことで、知らない間に人件費がかさみ、1年間で数百万円規模の価値を生まない不採算の労働費が計上されてしまっているお店が多い。このようなことがないように、『付加価値を生む人員計画と人材育成システム』をつくり上げる必要がある」
望海は、この更家の話を聞いたとき、まったく自分やUBOKIには関係のない話だと思って、見事にスルーしていた。しかし今、まさしく、UBOKIも人材の問題に直面している──。
「ホント、飲食店って人の出入りが激しいんだなー。なんとか、みんなで助け合わないと、UBOKIはつぶれちゃうかも!」 望海は、そうつぶやきながら、スマホでメールを1通送信すると、いつの間にか、ソファーの上で深い眠りの中に落ちていった。
「付加価値を生む人員計画」を学ぶ
翌日の日曜日。望海の出勤時間は午前10時。狭心症で体調が悪いのに、母親の幸恵は、いつも朝食を用意してくれる。望海は9時半に目が覚めると、飛び起きて、母親がつくった朝食を流し込むように平らげ、UBOKIにダッシュする。家からUBOKIまで、走れば5分とかからない。望海は走りながら、自分に叱咤激励する。得意の「ランニング自己啓発」だ。
「付加価値を生む人員計画を早くつくらなきゃ。もっと具体的なことを、先生に教えてもらわないと、次に進めない」
更家は、いつもの5番テーブルで、駅前のパン屋で朝食用に買ったアボカドサンドをほおばりながら、昨夜、望海からメールで質問された内容を読み返していた。可愛いクライアントの期待に応えることが、更家に今課せられている最大のミッションである。
「おっはよー」望海は滑り込むように、更家の前に座った。「『付加価値を生む人員計画』って、どういうことですか?」望海はなんの前置きもなく、更家に質問をダイレクトにぶつける。
「人件費が高くなっても付加価値を生む。そうすると、お店の評判が上がる。その結果、売上が上がって、労働効率も向上する。そういう好循環になるように、社員を採用していくことだよ」 「ふむふむ」
「通常、個人経営レベルのお店では、社員は1人か2人。3人ともなると多いほうだろう。しかし、単純に社員の勤務時間を増やすことで人件費を抑えたり(サービス残業させたりする場合)、アルバイトのほうが時給が安いからといった考えだけで、人員計画を考えてはいけないんだよ。
しかも、そのような魅力のない職場にしてしまうと、すぐに社員もアルバイトも辞めてしまい、いつも募集をしなければいけなくなる。その場合、募集費もばかにならないし、新しく入ったスタッフは戦力になるまで育たない。それでは、良いオペレーションができないばかりか、結果的に人件費率が高くなってしまうという悪循環に陥ってしまうんだ」
「次の人員補充に時給の安いアルバイトを考えていたけど、考え直す必要があるね」 更家の長い説明にも、望海が思考停止になることは少なくなっている。このような望海の反応を受けて、更家は説明を掘り下げていく。
「募集費から人件費率までを1連に考えることを忘れてはいけない。アルバイトであれば季節的な応募数の変動、売上から考えれば、繁忙期などの季節指数も考慮して1年間を通した人員計画を立てなければならないんだ。
例えば、3月は就職などの新生活のスタートで辞めるアルバイトも多く、逆に言えば2月から3月初めまではアルバイトを募集しても応募数が集まりにくい。もし、3月下旬に学生のアルバイトが辞めることが前もってわかっているのであれば、応募が集まりやすい秋口から考えていかなければならないんだよ」
「なるほど」
「そういった意味では、人員を安定して確保するためには、アルバイトに依存するのをやめて、社員を多くして、『高付加価値のサービス』の実現をめざす視点に切り換えていかなければならないだろう」
「高付加価値のサービス? 先生、詳しく教えて!」
「私が1年前、コンサルティングした居酒屋では、もともとアルバイトが中心の人員構成だったんだよ。それをアルバイトは忙しいときのヘルプという考え方で数人までに減らした。その代わり、社員を増やして、ほとんどのシフトを社員6人だけで回すことにしたんだ。ちなみに、その居酒屋は夜だけの営業だったんだよね」
望海は目を丸くした。
「えっ? アルバイトを減らして、社員を中心にしたってこと?」
「そうだよ」
「それで、どうなったの? 普通、夜だけの営業で、多くの社員を抱えるのは厳しいんじゃない?」
「そうなんだけどね。昼も夜も通して営業していれば、人件費効率は良くなるわけだけど、その居酒屋は立地の問題で夜限定の営業しかできなかったんだ。普通に考えたら、社員を増やせば、人件費が増えて経営を圧迫することになる。でも、その居酒屋は、社員の能力を最大限に引き出して売上を伸ばすことによって、人件費上昇をカバーしようとした。決して1等地とは言えない立地だからこそ、社員の能力を最大限活用しようとしたんだよ」
「ますます、ムズい(難しい)んじゃないかと思うんだけど、どういうこと?」
「まず1人ひとりの社員に専属で担当する仕事を与えて、担当制にした。営業中は、フロアや厨房など、それぞれのルーティン業務をこなしつつ、経理・営業・企画・販促など全員が必ず、個別に専属で担当する業務を新たにもつ。例えば、“営業主任○○”というように、まるで普通の会社のような役職と職務にしたんだ。
そして、毎日1時間半程度早く出勤してもらい、その1時間半分はお店のルーティン業務は行なわずに、各自に割り当てられた新しい仕事に専念してもらった。その結果、売上が25%アップしたんだ」
「そうか。もし、シェフを営業担当にしたら、特定の時間は料理の仕事をやらずに、営業だけしてもらうってことか」
「営業部長とか、新しい肩書きを入れた名刺をつくってみるのもいいよ」
組織改革を実行する
望海は、UBOKIのスタッフ全員をホールに集めた。
「では、10月31日の営業前ミーティングを始めます」
「今日の予約を確認します。合計12組で、えっと……」
料理長補佐役の加山が、望海の進行を妨げるかのように手を挙げる。「望海ちゃん、聞いていい?」
「あっ、はい、加山さんどうぞ」
「最近、アルバイトさんが来ていないようだし。今日も社員ばかり5人でしょ。予約が12組も入っているんでしょ? それに、近所でイベントもあるのに、社員5人と望海ちゃんで1日回すのは厳しくないですか?」
「5人と私?」
「いや、望海ちゃんが役に立たないと言っているわけではないのよ」
「そうだよね。私はまだ0.5人前ぐらいだもんね」
望海は、フーと息を吐きながら、集まったスタッフのほうを見る。「実は、今日から皆さんに新しい仕事と役職を与えたいと思っています!」
いつもは口が重い料理長の藤井が、間髪を入れず、望海に問いかける。「新しい仕事って、なんだい? 望海ちゃん」
「これから、皆さんに今までの仕事とは別に、新しい仕事をやってもらおうと思うの。もちろん、ただでさえ皆さんが忙しいのはわかっているんだけど、今いる社員さんだけでなんとかやっていきたいの。最近、アルバイトさんやパートさんがほとんど辞めてしまって、また新たにアルバイトさんかパートさんを採用しようかとも思ったけど、またすぐ辞めちゃうんじゃないかって考えたの。皆さんも嫌でしょ。入ったばかりの新人さんにせっかくいろいろ教えたのに、すぐに辞めてしまうの」
さらに、望海は助けを求めるように、パティシエの野口に向かって話しかける。
「ね、野口さん!」
「まぁ、そうだね。望海ちゃんが言うこともわかる」
「だから、皆さん、これから私が話すやり方に賛成してほしいの。まず、今より大変になるんだけど、90分早く出勤してください。そして、皆さんに新しい仕事をそれぞれやってもらいます。もちろん、タダとは言いません。今の給与額に約8%増しで支給します」
「おー、ありがたいね。飲食業では、給料はこれ以上増えないかと思っていたから、嬉しいね。なんでもやるよ。でも、望海ちゃん、大丈夫なのかい?」
給仕長の西村は、喜びながらも心配する。
「私ね、今までのUBOKIのやり方のいいところはちゃんと継承して、飲食店の構造的な課題には新しいアイデアでチャレンジしたいの。だから、私と社員さんだけで、どうやったら利益を出していくかを考えて、それにチャレンジしたいんだ!」
望海の燃え上がるような熱い言葉に、スタッフ全員が一瞬静まり返った後、ざわめき出した。そして、望海をスタッフ全員が凝視する。望海は、人を惹きつけるリーダーとしての要素を身につけ始めたのかもしれない。
「私が考えているのは、早く出勤した時間分は、これから振り分ける新しい仕事だけをやってもらいたいの。例えば、経理なんかは外部に発注するくらいなら、簿記の資格をもっている野口さんに伝票整理してもらいたい。いつもお客様にサンキューレターを書くって言いながらホール業務を優先して、まだ書いたことのない西村さんだって、営業担当になったら、サンキューレターを書くでしょ。
それで、もう1人、社員を増やします。そうすれば、暇な月に人員が過剰になるかもしれないけど、忙しい繁忙月にアルバイトを入れなくても、1人ひとりの能力とモチベーションが高い社員の皆さんなら、少ない人員で乗り越えられると思うの。そして、暇な月には各自、新しい仕事に力を入れてもらう。そうすれば、きっと効率が上がると思うの」
更家ばりの口調で、望海から「UBOKIの『組織改革』」が提起された。
「なるほど」望海より一回り以上、年上の加山が大きくうなずく。
「望海ちゃん、いつの間に、そんなことを考えることができるようになったの? でも、私は何をやればいいの?」
「ありがとう、加山さん。では、今から新しい職務を発表します」
スタッフ全員が、望海の発表を固唾を呑んで待っている。
「料理長の藤井さんは、企画開発部長をお願いします。キャンペーンとか、新しいメニューの開発のほかに、競合店や業界動向を調査してください。加山さんは販促係! ビラを作成して配布したり、ネット販促なんかもお願いします。パティシエの野口さんは、経理係!」
野口は、すぐに手を挙げかけたが、左手でその右手をぐいと引き下げた。
「経理ですか? 飲食店でやるとは思わなかった」
「簿記とか得意でしょ! だから、伝票づけとかをお願いします」
沈黙していた更家が、ようやく助け舟を出した。
「野口さんは、簿記3級の資格をもっているし、パティシエだから、厨房のこともホールのことも詳しいので、伝票の仕訳もできるよね? まぁ、それ以上のことは税理士さんがやってくれるから、大丈夫だよ」
「いいですか、次は給仕長の西村さん。西村さんは、営業部長をお願いします! 毎日、営業してください。例えば、サンキューレターを書いたり、過去にUBOKIを団体で利用してくれたお客様とか、しばらく再来店していないお得意様にアプローチしたりしてくださいね。そして、ソムリエの絹田さんは、レクリエーション係!」
「なんで俺だけ、小学生みたいな係なんだよ!」
「ううん、とても大事な仕事なの。飲み会を考えたり、いろいろなイベントなんかを考えてください。そして、なんでもいいから、スタッフが気持ち良く働けるような環境づくりを考えてほしいの。この前、加山さんのお子さんが病気のとき、代わりにお休みだった野口さんが厨房を手伝ってくれたし、そのときに野口さんの小さな娘さんを絹田さんが預かってくれたよね。お店で働くスタッフが全員、楽しく助け合って働ける職場になるようなことを考えて企画してほしいの!」
「わかったよ、望海ちゃん。俺ができることを考えてみるよ。俺たちはファミリーだからね」
「ありがとう! 絹田さん!!」
盛り上がりを見せる中、オイオイと言って西村が手を挙げる。
「そこにいる方は、どなた?」
「ヤベー、忘れてた! 今日から新入社員として入ってもらうことになった、工藤壮太さんだよ。給仕長補佐役として、西村さんを補佐してもらいます。これで、私とお母さんを除いて、社員6名になります」
空調の送風が心地良いホール内には、ボサノバ風のカフェミュージックが流れている。そのリズムに合わせて、更家が手を1つ2つ叩いて、スタッフ全員に向けて語りかける。「これで社員を1人増やして、アルバイトやパートはゼロになった。みんな新しいやり方で、地元に愛され、いつも活気のあるUBOKIをもう1度取り戻そう! 季節指数にも影響されず、業務効率もきっと良くなって、売上も向上できる。そうすれば、みんなの給料も上がる。そんな良い循環が生まれるお店に必ずなるさ!」
この組織改革の後、UBOKIは閑散とした街の中でひと際賑わい、人件費率(人件費÷売上高×100)も49%から29%に下がり、売上アップと人件費削減の両立を実現することになる。
本記事では「アルバイトに頼らない少数精鋭型組織への変更」というアプローチを用いた人員問題の解決シナリオを紹介してきた。だが、飲食業を営むうえで本当に重要なのは話の中でも言及されている「食事に新たな付加価値を加えること」である。
近年、「モノ消費からコト消費へ」というフレーズに代表される消費行動の変化に対する指摘が増えているのに加え、「トキ消費」という「幸せや楽しみなど今この瞬間でしか味わえない感覚や、実現できない体験を共有する消費行動」という概念も提唱されるなど、付加価値のかたちは実に多様なものとなっている(余談ながら、本記事の後に続く話でも「サービスはお客と『幸せの瞬間』を共有するもの」という更家のセリフがある)。
本書では「ここから具体的にどのような付加価値をつけていったのか」に加えて「競合の登場と、ファイブフォース分析を実践的に活用した対抗策の立て方」など、飲食店に限らず企業経営に使える具体的な解決策が提示されている。現在、経営に行き詰まりを感じているならば、ぜひ手に取って参考にしてみてほしい。
(提供:日本実業出版社)
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