はじめに~都道府県化を考える論点~

国民健康保険,都道府県化
(画像=PIXTA)

2018年4月から国民健康保険(1)の運営が市町村単位から都道府県単位に変わった。これは約50年ぶりと言われる大規模な制度改革であり、恒常的な赤字財政に苦しむ国民健康保険の財政安定化に加えて、医療費適正化に関する都道府県の役割強化という目的がある。

では、国民の保険料負担はどう変わるのだろうか。あるいは共同して財政運営に当たることとなった都道府県と市町村の役割はどう変わり、都道府県はどのように臨もうとしているのだろうか、今回から3回シリーズで都道府県化の意義や論点を探ることとしたい。

まず、(上)では国民健康保険の財政構造や都道府県化の背景を探るとともに、制度化を通じて都道府県と市町村の役割がどう変わったのかを考察する。その上で、(1) 負担と給付の関係の明確化による「見える化」、(2) 医療行政の地方分権化――という2点が都道府県化の意義であることを論じる。

さらに、(中)は(上)で挙げた背景や意義を踏まえつつ、各都道府県がどのように制度改革に臨んだのか、各都道府県が3月までに策定した運営方針を基に分析を試みるほか、(下)では主に1980年代以降の国民健康保険を巡る歴史を振り返ることで、都道府県化の意義を再考する。

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(1)国民健康保険制度には都道府県や市町村が運営する制度に加えて、医師や弁護士などを対象とした国民健康保険組合があるが、ここでは前者について論じる。

国民健康保険財政の概要

◆複雑な国民健康保険財政の全体像

国民健康保険の財政構造は複雑怪奇である。2018年度現在で保険料(2)と税金の流れは図1の通りであり、保険料だけでなく、国や都道府県、市町村の税金が複雑に入り組んでいる様子が分かる。制度が複雑化した経緯については、(下)で考察することとし、ここでは全体像の把握に努めることとしよう。

まず、給付費の50%は税金で対応することになっており、そのうち国が41%(定率国庫負担32%、9%の調整交付金(3))、都道府県が9%を支出しているほか、保険料の部分にも保険料軽減などの名目で国、都道府県、市町村が税金を投入している。さらに、累積赤字の処理や独自の保険料軽減などを目的に、市町村が一般会計から追加的に財源を投入している。これは一般的に「法定外繰入」と呼ばれており、その規模は3,000億円程度となっている。

国民健康保険,都道府県化
(画像=ニッセイ基礎研究所)

このほか、前期高齢者財政調整として被用者保険(健康保険組合、協会けんぽなど)の保険料を財源とした約3兆6,400億円の交付金を受け取っているほか、今回の都道府県化の関係では財政安定化基金に加えて、健診の実施率などに応じて配分する「保険者努力支援制度」が創設された。

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(2)国民健康保険の場合、「保険税」として徴収することが認められており、9割近くの市町村が保険税を採用しているが、ここでは原則として「保険料」の表記で統一する。
(3)市町村間の財政力格差を全国レベルで調整する制度。

◆多額の税財源が投入されている理由

社会保険と言っても「保険」である以上、保険料で給付を賄うのが本来の姿かもしれないが、図1の通りに国民健康保険には多額の税財源が投入されている。その理由は国民健康保険の被保険者の構成に求められる。制度の原型が創設された1938年度時点で元々、農林水産業従事者や自営業者らを想定しており、既に公的医療保険が整備されていた勤め人に比べると、所得などの面で条件が不利な人を対象としていた。さらに、1961年の国民皆保険の実施に際して、国民全員が国民健康保険に一旦入り、被用者保険や生活保護受給者が対象から外れるという方法が採用される中、国民健康保険の給付水準を引き上げるため、国の財政支援が拡充された(4)。

その後、被保険者の構成割合は大きく変わったが、不利な条件の人を対象としている状況に変化は見られない。具体的には、国の調査が悉皆となった1963年時点のデータで44.1%、26.2%をそれぞれ占めていた農林水産業従事者、自営業者は2016年度時点で2.3%、15.0%に低下した。その代わりに、会社を退職して被用者保険を脱退した74歳以下の高齢者で主に構成する「無職」の人が43.9%でトップを占めており、国民健康保険は高齢化に伴う医療給付費の増加に直面しやすい状況となっている(5)。さらに、被用者保険に加入していない非正規雇用者で構成する「被用者」も2016年度現在で34.0%を占めており、勤め人と比べると収入が不安定な人を受け入れている。

こうした被保険者の構成が国民健康保険の脆弱な財政構造を生んでおり、国、都道府県、市町村で計5兆円近い税財源が投入されているにもかかわらず、制度改革前の時点で毎年3,000~4,000億円の赤字に直面していた(6)。

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(4)国の財政支援は1950年代以降、段階的に拡充された。
(5)2008年度に後期高齢者医療制度が創設され、この状況は一定程度、緩和された。
(6)国の追加的な財政支援などの影響で2016年度決算は1,468億円の赤字にとどまった。

なぜ都道府県化されたのか

◆厚生労働省の説明資料

では、なぜ都道府県化されたのだろうか。厚生労働省の説明資料(7)によると、「都道府県内での保険料負担の公平な支え合い」「サービスの拡充と保険者機能の強化」の2つが掲げられているが、趣旨が分かりにくくなっている。

例えば、後者で掲げられている「サービスの拡充」として、同じ都道府県内で他の市町村に引っ越しても、高額療養費の上限支払い回数のカウントが通算される点を強調しているが、それほど多くのメリットがあるとは思えない。

さらに、「保険者機能の強化」という文言は多義に渡る分、曖昧さを残している(8)。通常、保険者機能の強化は保険制度を運営する主体(保険者)が特定健診・指導(通称:メタボ健診)(9)の強化、診療報酬支払明細書(レセプト)の審査、適切な受診行動に向けた情報提供などに取り組むことを意味しており、どちらかと言うと給付抑制の文脈で使われることが多い。それにもかかわらず、医療サービスの充実を意味する「給付の充実」と、主に医療費抑制で用いられる「保険者機能の強化」を同じ項目に据えている点に違和感を持つ。

むしろ、制度化プロセスを見ると、背景や目的が明確になると考えている。結論を先取りすると、都道府県化の目的としては、(a)財政の安定化、(b)都道府県主体による医療費適正化――に整理できる。

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(7) 以下のリンク先を参照。
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12600000-Seisakutoukatsukan/0000194118.pdf
(8)「保険者機能」とは元々、医療分野で1990年代後半から言われ始めた考え方であり、先行研究では「医療制度における契約主体の1人として責任と権限の範囲内で活動できる能力」と定義している。山崎泰彦(2003)「保険者機能と医療制度改革」山崎泰彦・尾形裕也編著『医療制度改革と保険者機能』東洋経済新報社を参照。
(9)メタボ健診は40歳以上の人を対象に、肥満の度合いなどを調べるとともに、必要に応じて健康指導を行う制度。

◆財政安定化の目的

まず、財政の安定化から考える。都道府県化を決めた2015年制度改革法の概要資料を見ると、「都道府県が財政運営の責任主体となり、安定的な財政運営や効率的な事業の確保等の国保運営に中心的な役割を担い、制度を安定化」と書かれている。具体的には、都道府県化に際して国の財政支出を3,400億円追加する(10)とともに、財政の運営単位を大きくすることで、財政制度を安定化しようとしたのである。この点については、「保険者の規模をある程度拡大すれば財政は安定化します。(略)大幅に財政運営を安定化させる効果がある」という当時の当局者の説明と符合する(11)。

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(10)消費増税を延期した影響を受け、追加財政支出は段階的に実施されている。
(11)『社会保険旬報』2015年8月11日 2612号における厚生労働省の唐澤剛保険局長インタビュー。

◆医療費適正化の目的

もう一つの目的として、都道府県主体による医療費適正化も挙げられる。財政の安定化を図るだけであれば、市町村を保険者としつつ、高額医療費のリスクを全市町村でシェアする再保険の枠組みを都道府県単位に設定すれば対応できるが、わざわざ都道府県に財政運営の責任を委ねたのは医療提供体制との兼ね合いがある。

例えば、都道府県化の方向性を定めた2013年8月の社会保障制度改革国民会議報告書では、都道府県が「地域における医療提供体制に係る責任の主体」とともに、「国民健康保険の給付責任の主体」を一体的に担う必要性に言及することで、都道府県の役割を拡大する考えを示した。つまり、医療費適正化を図る観点に立ち、医療提供体制改革と医療保険制度の運営をリンクさせるため、都道府県の役割を強化しようというわけだ。

ここで念頭に置かなければならないのが、都道府県別の病床数と医療費の相関関係である。医療経済学では医師の判断や行動が医療サービスの需要を作り出すことで、結果的に医療費が増加する「医師需要誘発仮説」が論じられており、日本では都道府県別の病床数と医療費の間に強い相関関係が見られる点が以前から指摘されている(12)。

そこで、政府は各都道府県に対し、「地域医療構想」(13)の策定と推進を通じて、人口減少に応じた病床機能再編や病床削減を都道府県主体で進めようとしている。さらに各都道府県は地域医療構想を盛り込む形で「医療計画」(14)を今年4月に改定し、その取り組みを強化・加速することが期待されている。政府としては、こうした提供体制改革に国民健康保険の都道府県化を絡めることで、費用と提供体制の両面を見ながら医療費の適正化を図ろうとしている。

その方向性が端的に表れているのが昨年7月の「骨太方針2017」である。骨太方針では、国民健康保険の都道府県化だけでなく、地域医療構想の推進や医療計画の改定などを通じて、「都道府県の総合的なガバナンス」の強化を図ることで、「医療費・介護費の高齢化を上回る伸びを抑制しつつ、国民のニーズに適合した効果的なサービスを効率的に提供する」としている(15)。

さらに、都道府県が国民健康保険の運営方針を定めるのに先立ち、厚生労働省が2016年4月に定めた「都道府県国民健康保険運営方針策定要領」(以下、策定要領)を見ても、「都道府県が医療保険と医療提供体制の両面を見ながら、地域の医療の充実を図り、良質な医療が効率的に提供されるようになることが期待される」と規定している。

こうした記述を見ると、医療費の適正化に向けて、保険制度の運営と提供体制の効率化を絡めようとする思惑があるのは間違いない。

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(12)例えば、地域差研究会編(2001)『医療費の地域差』東洋経済新報社など参照。
(13)地域医療構想は団塊の世代が75歳以上を迎える2025年に向けて、急性期病床の削減や回復期機能の充実、在宅医療の整備などの医療提供体制改革を目指す制度。人口20~30万人単位の「構想区域」ごとに、高度急性期、急性期、回復期、慢性期の各病床機能について、20205年時点の病床数を推計し、これと現状を比較することで、構想区域単位の現状や課題を可視化した。2017年3月までに各都道府県が策定し、今後は関係者で構成する「地域医療構想調整会議」を中心に、医療機関関係者、介護従事者、市町村、住民などの関係者が対応策を協議・推進することが想定されている。詳細は拙稿レポート「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(全4回)」を参照。第1回のリンク先は以下の通り。
http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=57248
(14)医療計画は6年に一度、都道府県が作成する計画(従来は5年に一度)。病床過剰地域における病床規制が中心であり、2018年度に改定された新しい計画で地域医療構想の内容を引き継ぐこととされた。
(15)総合的なガバナンスのイメージや論点については、拙稿レポート「都道府県と市町村の連携は可能か」を参照。
http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=57965

都道府県化の意義(1) ~負担と給付の関係の「見える化」~

◆都道府県化による2つの意義

では、都道府県化で何が変わったのだろうか。結論を先取りすると、(1) 負担と給付の関係の明確化による「見える化」、(2) 医療行政の地方分権化――という2つの意義がある。

大前提として、制度改革を経た都道府県と市町村の役割分担を整理すると、表1になる。

これを被保険者である住民との接点で見ると、被保険者の資格管理や保険料の徴収、窓口負担の減免決定など住民向けサービスは引き続き市町村が担うほか、健康づくりなど保健事業についても、これまで通り市町村の役割と整理されている。

一方、都道府県の役割としては、事務の広域化や統一化、必要な助言・支援などを通じて、市町村をバックアップすることが期待されており、住民向け直接的に関わる事務については、引き続き市町村が担うことに変わりはない。

国民健康保険,都道府県化
(画像=ニッセイ基礎研究所)

◆保険料徴収の流れ

しかし、都道府県化を経て、保険料設定と財政運営の仕組みが大幅に変わり、負担と給付の関係の明確化による「見える化」が図られる。まず、都道府県は従来、給付費の一定割合を助成する程度だったが、財政運営の責任主体に位置付けられた。具体的には、国からの補助を受けつつ、市町村ごとの「国民健康保険事業費納付金」(以下、納付金)を設定するとともに、保険給付に必要な額を全て交付することになった。この結果、市町村の財政負担は軽減された。

さらに、すぐ後に述べる「標準保険料」を参考にして、市町村は保険料率を設定し、住民から徴収した保険料を「納付金」という形で都道府県に支払う流れとなる。

◆納付金と標準保険料

中でも図2で示した「納付金」「標準保険料」は「見える化」を語る上で欠かせない制度改正であり、丁寧に見る必要がある。

国民健康保険,都道府県化
(画像=ニッセイ基礎研究所)

まず、都道府県は納付金の分配額を決定する際、医療費に影響を与える要因のうち、市町村の責任では解決できない高齢化率や所得については事前に調整する。これを専門用語では「リスク構造調整」と呼ばれる。

例えば、高齢化について言うと、年を重ねれば医療を多く使うことは避けられないため、高齢者が多いことによる医療費の増加は一定程度、止むを得ない面がある。そこで、高齢化による影響で違いが生じないよう、都道府県から市町村に納付金の分配額を決定する際、高齢化が進んでいる市町村に対しては多く、若い人が多い市町村に対しては少なく割り当てる。

もう1つの標準保険料については、市町村が必要な保険料を徴収するための目安となる保険料率であり、都道府県が示した数字を基にしつつ、市町村が実際の保険料を決める。この結果、同じ年齢構成と所得であれば、都道府県から支払われる納付金や標準保険料は計算上、同じになる。

◆財政安定化基金の創設と一般会計繰入の制限

さらに、「見える化」を考える上では、財政安定化基金(以下、基金)という制度が創設された点も見逃せない(16)。これまでは給付費の増加や保険料収入の減少に見舞われた場合、市町村は追加的な財政投入(以下、法定外繰入)を迫られていたが、財政安定化基金は法定外繰入を減らす効果を持つ。具体的には、図3の通りに財政支援の方法として、(a)市町村で収納不足が生じた場合、(b)都道府県全体で給付増が生じた場合――の2つに大別できる。

国民健康保険,都道府県化
(画像=ニッセイ基礎研究所)

まず、前者の(a)については、半額を財政安定化基金から貸付、残りの半額を国、都道府県の財源に加えて、保険料を財源とする市町村の負担で交付する。仮に保険料収納見込額が10億円、保険料収納額が7億円にとどまった場合、財源不足3億円のうち、1.5億円は市町村が3年間で償還し、残る1.5億円については、国、都道府県の税金と、市町村の保険料を財源から5,000万円ずつを補填する。この場合、市町村は計2億円の財源を何らかの形で補てんする必要があるため、保険料の収納率アップなど財政健全化に向けたインセンティブが働くことになる。

後者の(b)についても、国による定率国庫負担分を除く部分については都道府県が財政安定化基金から貸付を受けることになり、その償還に必要な額については、翌年度以降の納付金の分配額に上乗せすることになる。その結果、都道府県と市町村には保険料の収納率アップなど財政健全化に向けたインセンティブが働くことになる。こうした経路を通じて国民健康保険の財政運営を安定化しようとしているのである。

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(16)東日本大震災クラスの災害などに対応する特別調整交付金については言及しない。

◆保険料を統一する可能性

都道府県化に際して、都道府県内の保険料を統一することも期待されている。従来、保険料は市町村による判断で決定してきたため、高齢化率や医療サービスの利用量の違い、法定外繰入の有無、保険料を計算する際の方法(17)などで格差が生じていた。

しかし、厚生労働省が策定した策定要領を見ると、「地域の実情に応じて、二次医療圏(18)ごと、都道府県ごとに保険料を一本化することも可能」という文言が入っており、同じ所得であれば、都道府県内の保険料が同一になることを想定している。

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(17)ここでは詳しく述べないが、保険料の設定方式でも差異が生まれる。市町村が保険料を設定する際、所得の水準に課す「所得割」、固定資産に応じた「資産割」、世帯ごとの「均等割」、世帯の被保険者数に応じた「平等割」の4つの方式があり、4つを組み合わせる「4方式」、資産割を除く3つを用いる「3方式」、所得割と均等割を用いる「2方式」を市町村の判断で選択できる。
(18)人口20~30万人単位の圏域。医療計画による病床規制などで用いられる。地域医療構想を推進する際の単位である「構想区域」とほぼ同じ。

◆負担と給付の明確化による「見える化」

こうした制度改革の結果、何が起きるだろうか。結論を言えば、負担と給付の関係が明確になる「見える化」のメリットが大きい。ここで少し極端な例を挙げることで、その論点を浮き彫りにしよう。

国民健康保険,都道府県化
(画像=ニッセイ基礎研究所)

表2の通り、同じA県内のB市とC町を想定する。B市は都市部であり、大学病院を含めて数多くの医療機関が林立していることで、住民が医療機関にアクセスしやすい分、高度な医療機器による検査も含めて医療サービスの利用が多い。さらに豊かな財政力をバックに、一般会計からの法定外繰入を通じて保険料を軽減している。

これに対し、C村は過疎地や離島のような無医村であり、日常生活で医療サービスにアクセスできる機会としては、定期的に訪ねてくれる隣町の医療機関の往診・検診ぐらいしかなく、緊急時は隣町の診療所に車で30分かけて行くか、A県のドクターヘリを使って中央部の高度医療機関に行くといった状況である。その上、所得が低く、財政力も弱いため、法定外繰入を十分にできない。これだけの地域格差がある状況でB市とC村の保険料を単純に比較できるだろうか。表2は一種の「思考実験」であり、かなり極端な事例を2つ敢えて比較している上、数字についても仮定に過ぎないが、「見える化」を目指す今回の制度改正を通じて、負担と給付の関係が一定程度、明確となったことで、保険料を比較しやすい環境が生まれている。

第1に、納付金と標準保険料の設定を通じて、被保険者から見ると、近隣の市町村と保険料の水準を比較できるようになった点である。表2は極端な事例を用いたが、もし2つの市町村で同じ所得であれば、保険料は理論上、同じになる。それにもかかわらず、条件が近似した市町村で保険料に差異が生じれば、「医療機関が多い分、医療サービスを利用する機会が多く、それが保険料の差に表れている」「隣の市に比べると疾病構造や受療行動に違いがある」といった地域の事情や課題が見えやすくなるほか、都道府県や市町村は住民に対して、現状や背景などを丁寧に説明することが求められる。もちろん、市町村は独自の判断で標準保険料と異なる保険料を設定できるが、その場合も住民に対して理由や背景を丁寧に説明することが求められる。

さらに、こうしたデータについては、都道府県や市町村など行政機関だけでなく、住民や医療機関の関係者などにとっても負担と給付の関係を理解する素材となるほか、後述する通り、地域医療構想に基づく医療提供体制改革を含めて、医療費の負担と給付の在り方を地域で考える際に参考となる可能性がある。

第2に、市町村による法定外繰入が制限される点である。これまでは累積赤字を穴埋めしたり、保険料を軽減したりするため、多くの市町村が法定外繰入を実施してきたが、こうした中で標準的な保険料を設定しても、負担と給付の関係が不明確になるだけでなく、住民が給付費の限界を感じにくくなるため、負担と給付の関係を考えることさえ難しくしていた。

以下、表2の事例で再び考えてみよう。先に触れた通り、B市は法定外繰入を実施しており、市税を追加的に投入している。その結果、市税の追加的な財政負担は国民健康保険に加入するB市の被保険者だけでなく、B市に住む健康保険組合や協会けんぽ、後期高齢者医療制度の被保険者にもかかることになる。さらに、B市がA県の財政支援を受けている場合はA県の住民全体に、さらに国庫補助金などで国の財政支援を受けている場合、その負担は国民全員に行き着く。こうした点が従来、国民健康保険の制度運営に際して、どこまで意識し、どこまで住民に説明されてきただろうか。

以上のような状況は国民健康保険の財政悪化に拍車を掛けていた可能性がある。財政学では限界が不明確な予算制度は歳出の増加を招きやすいとして、こうした状況を「ソフトな予算制約」と呼んでおり、いくつかの先行研究が国民健康保険で同様の事象が起きている可能性を論じていた(19)。

しかし、新しい制度では基金を通じて、赤字に見舞われたとしても、必要額が貸付または交付されることになり、法定外繰入の削減が期待されるほか、都道府県と市町村が収納率アップなど財源確保策を考える必要に迫られる。

実際には制度化を進めるプロセスで、厚生労働省の方針が法定外繰入を認める方向に傾いた(20)ことで、ソフトな予算制約の要素は残った。さらに、高齢者や非正規雇用など条件が不利な人で国民健康保険が構成されていることを考慮すると、市町村による追加的な財源投入は避けられない面もある。

しかし、それでも「見える化」の意義は変わっていない。制度改革の影響については、どうしても個別市町村の保険料の増減に関心が行きがちだが、今後は負担と給付について、住民に対する説明責任が都道府県や市町村に求められることになる。

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(19)例えば、尾山明子(2014)「市町村国民健康保険の保険料(税)と財政移転の決定要因」『ファイナンス』2014 年 2 月号、では、国民健康保険に対する国費投入が「保険者の責に帰する支出」も調整し、保険者による財政健全化の インセンティブを阻害していると指摘している。
(20)『共同通信』2017年10月18日配信記事。

都道府県化の意義(2) ~医療行政の地方分権化~

◆保険制度と提供体制の「両面」を見た対応

では、「見える化」に次いで、都道府県化の意義として挙げた2つ目の医療行政の地方分権化という点では何が期待されているだろうか。国の策定要領を見ると、都道府県化に際して、事務の広域化・効率化、メタボ健診の強化、保険給付の点検、レセプトの審査、適切な受診行動に向けた情報提供などを挙げているほか、先に触れた通りに地域医療構想を意識しつつ、「良質な医療」の効率的な提供が期待されるとしている。

これは病床機能再編や病床削減を含めた提供体制との関係を意識した医療費適正化の意図が見て取れる。言い換えると、地域医療構想を通じて都道府県主体で病床機能再編や病床削減を進める際、負担面の議論も併せて意識することで、例えば「将来過剰となる病床数を維持すると、住民の保険料が高止まりする」「病床機能再編や病床削減を進めれば、住民の保険料負担を減らすことができる」といった点を議論できる可能性が高まる。

さらに、国民健康保険だけでなく、保険制度を運営する他の主体(保険者)も都道府県単位化が志向されており、医療行政の地方分権化を下支えすることが想定されている。具体的には、2008年度の制度改正を経て、主に中小企業の従業員を対象とする協会けんぽでは保険料の設定を都道府県単位に変わったほか、後期高齢者医療制度も都道府県単位に広域連合が設置された。

このほか、保険者が加入する「保険者協議会」も都道府県単位に設けられており、2015年の法改正では(1)都道府県が医療費適正化計画の策定に際して、保険者協議会に事前に協議する、(2)都道府県は計画に盛り込んだ取り組みについて、保険者に必要な協力を求める際、保険者協議会を通じて協力を求めることができる、(3)都道府県が保険者として保険者協議会に参画する――という制度改正がなされている。

国民健康保険の都道府県化を巡る30年間の経緯については(下)で述べることとしたいが、上記の制度改革を通じて、大企業の従業員が加入する健康保険組合などを除いて都道府県を単位として保険制度を運営する枠組みが整えられている。今回の制度改正についても医療行政の地方分権化の一つであり、大きな節目であると理解できる。

◆保険料を統一した場合の想定

だが、都道府県は費用削減一辺倒ではなく、負担と給付のバランスを図る必要もある。医療費を減らそうとする余りに必要な病床まで削ってしまえば、医療サービスを受けたいという住民の利益を損なう可能性があるためだ。

さらに、医療サービスの利用差を考慮しない形で保険料の水準を統一した場合、その必要性は明確に現れる。先に触れた通り、納付金と標準保険料を設定する際、市町村では解決できない年齢構成と所得を考慮することになり、医療サービスの利用が保険料の差に反映することとなったが、ここで表2のように医療サービスの利用を巡る市町村間の格差が大きいにもかかわらず、納付金や標準保険料の設定に際して医療サービスの利用の差異を考慮しなければどうなるだろうか。

この場合、医療機関にアクセスできるB市の住民と、無医村のC村住民が医療サービスの利用の違いを考慮しない計算式で保険料を支払うことになり、C村の住民の不公平感を増す結果となり、A県はC村における医療サービスの提供を考える必要に迫られるかもしれない。並行して医師確保に関する都道府県の権限が強化されつつある点を考えると、都道府県には医療費適正化だけでなく、医療提供体制の在り方を含めた給付と負担のバランスを取ることも求められる。

おわりに

以上、都道府県化を考える上での前提条件として、国民健康保険の脆弱な財政基盤や財政構造の全体像を見たほか、都道府県化の意義として、(1) 負担と給付の関係の明確になる「見える化」と、(2) 医療行政の地方分権化――を挙げた。特に、(1) の「見える化」のメリットは大きく、納付金と標準保険料の導入に加えて、法定外繰入が制限されたことで、保険料の水準に関して都道府県と市町村は住民への説明責任を求められることになる。さらに、(2) についても、都道府県は医療費適正化の観点だけでなく、負担と給付のバランスを考える重要性を指摘した。

では、新しい制度がスタートするに際して、都道府県はどこまで「見える化」を徹底したのだろうか。ある一は主体性をどこまで意識したのだろうか。次回の(中)では都道府県が3月までに策定した「運営方針」をベースにしつつ、都道府県がどのように制度改革に対応したのか考察する。

三原岳(みはら たかし)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 准主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

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