●4/12、政府が基礎的財政収支(PB)の黒字化目標を2020年から3~6年後に先送りする方針であると報じられた。これを受け、今後、日本の財政状況を懸念する声が徐々に高まる可能性がある。

●今回、問題点を整理するため、財政状況の国際比較、見通し、財政危機の可能性、改善方法、市場に影響は出るのか、影響が出る場合のトリガーは、という6つの論点について検討する。

●財政の悪化は緩やかに進むので、短期的には市場が急変するようなイベントは考えにくい。しかし、日本財政は既に極めて厳しいことから、小さなきっかけで市場のセンチメントが大きく変わりかねないことは意識しておきたい。

日本の財政状況は、国際比較でどの程度厳しいのか?

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4月12日、政府は、「基礎的財政収支(プライマリー・バランス)」の黒字化目標を、現在の2020年から3~6年後に先送りする方針であると報じられた。基礎的財政収支とは、財政収支の赤字幅(歳入- 歳出)のうち、国債の発行や利払い等の国債費を加味しない、いわば国の本源的な収支を指す。

そもそも、日本の財政問題は他国に比べてどの程度深刻なのか。

財政健全化の国際比較は、財政収支や債務の残高をGDPとの対比を用いるのが一般的である。選挙制度を取る国々ではどうしてもバラマキ的な歳出拡大がみられるため、対GDP財政収支比率は、殆どの主要国で赤字が常態化している。このため国債発行で歳出を賄わざるを得ず、対GDP債務残高比率も上昇傾向にある国が多い。日本は、それらの主要国の中でも最悪レベルである(図表1、2)。

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この数年の景気拡大で税収も増加傾向にはあるが、歳出の増加には追いつかない。例えば、リーマン・ショック前の2006年と2018年度の予算を比べると、高齢化に伴う社会保障費の伸びと、それらを賄うための国債費の伸びで、歳出は18兆円増加している(図表3)。

最も深刻な社会保障費の伸びについて、政府は高齢化に伴う自然増だけに留めようと、2016年度から「3年間で計1.5兆円程度に抑制する」という方針を示してきた。この上限は、薬価の引き下げ等により死守されている。

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日本の財政の見通しは?

政府は、今後もこうした歳出抑制施策を続けることにより、徐々にプライマリー・バランスを改善していく方針としている。しかしそれでも、プライマリー・バランス赤字をゼロにするのは極めて困難に見える(図表4、実質経済成長1.2%を前提とするベースライン・ケース)。また、これに伴い、政府債務の対GDP比率も高止まりが予想されている。

財政収支赤字が続いても、財政が破綻するわけではない。しかし、前述の通り財政収支は国際比較ではすでに最悪水準である。しかも、これらの試算は、あくまで現在の歳出抑制策が奏功し続け、GDPがコンスタントに成長するという前提である。そうでなければ更に悪化することもありうる。

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「財政危機は発生しないし、景気にも影響しない」という見方は本当か?

日本の財政問題は誇張され過ぎているという意見も聞かれる。これには大きく二つの論点がある。一つは、日本政府は資産も多く保有していので、それを差し引けば債務残高はそれほど大きくはない、というものである。

しかし、国が持っている資産の中には、処分するのが難しいものが多い(図表5)。しかも、これらを差し引いたベースでも政府債務比率は主要国の中で最も高い(図表6)。

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もう一つが、「国債を保有しているのは、日銀や日本国内の機関投資家だから、ギリシャのように債券価格が暴落し財政危機に陥ることはない」という議論だ。これはある程度的を射ている。国債の89%は日銀をはじめとする日本の投資家が保有している(図表7)。

しかし、短期国債を中心に、外国人投資家の日本国債の保有額は増加している(図表8)。しかも、国内投資家だからと言って、未来永劫買い支えてくれるというわけではなく、国債リスクが高まれば投資を続けることはできないだろう。

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それでも、日銀が、売られた国債を全て吸収することができれば買い支えられる。だがその時は、今度は、日銀の信用力が悪化する。中央銀行の信頼は通貨の信頼である。円の緩やかな下落は輸出にはプラスだが、現地生産が増えていることや保護主義の流れを考えると恩恵には限界もある。更に、原油や食材などの輸入価格の上昇が生活にマイナス影響を与える。

財政問題を改善方法はあるのか?

財政を改善する方法は、1)景気の回復を促して税収を引き上げるか、2)給付を減らすか、3)税率引き上げるか、の3択である。これまで日本では、経済対策等で1)を狙って財政を拡大してきた。これにより、一時的な景気の悪化を免れたものの、結果として債務が積み上がってしまった。

今後は、景気を大幅に後退させることがないように注意しつつも、2)や3)をより真剣に考える必要がありそうだ。しかし、これらの政策は国民からの反発が強く、実行が極めて難しい。

海外の財政健全化策はどうなっているか(図表9)。ユーロ圏では共通の財政ルールに拘束されており、相互監視機能がある。米国では、政府の支出額に上限を設けている上、歳出増を伴う新しい政策を行う場合は、財源とセットでなければ行わないという制度(ペイ・アズ・ユー・ゴー)を取っている。しかし、いずれの地域でも、やはり歳出が拡大する傾向にはある。

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抑止力が効いている数少ない国としては、スウェーデンやカナダがある。スウェーデンは、補正予算も含めた実績ベースで歳出の上限を守っており、財政の枠組みを政権が変わっても8年間は変えられないとして厳格化を図っている。またカナダは、過去の財政悪化に伴う自国通貨安に苦しんだトラウマから、厳格な支出見直しを継続的に行っている。

財政が更に悪化した場合のリスクシナリオは?

もし日本の財政が更に悪化した場合、例えば、以下のようなルートで、経済にマイナス影響が出る可能性があるだろう。

① 何らかのきっかけ(トリガー)で財政懸念が市場で意識されはじめ、国内外の投資家が国債を放出。
② 国債金利が上昇し、日銀等の公的機関が買い支え。
③ 市場が徐々に日銀等の買入れの限界を意識。
④ 国債金利が急騰。
⑤ 銀行の貸出金利も急上昇。住宅ローンや企業の運転資金、不動産や設備資金の調達が困難に。
⑥ 企業倒産の増加や不動産価格の下落で銀行の資産内容が悪化。公的資金で支援をするにも財政に限界、景気悪化で、国の信用力悪化懸念が台頭、更に国債金利が上昇。

現在国内投資家の資金は潤沢であるため、その限界が意識されるというシナリオは現実的ではないだろう。しかし将来、高齢化で総預金が減少していき、投資資金が先細った時点で、財政が今以上に悪化していた場合、日本国債は、需給的にもファンダメンタルズ的にも厳しい状態に陥る。そのようなシナリオ下では、上記のリスクシナリオが現実味を帯びかねないだろう。

当面の注目点は?何がトリガーになりうるのか?

日本の年間の歳出額は100兆円規模となっており、たとえ毎年1、2兆円ずつ拡大したからといって、市場心理が急変することはないだろう。しかし、日本の財政と債券市場は、世界的にも極めて異例な均衡を保っている。小さなきっかけで市場の見方が急変しかねないことは少しずつ意識しておきたい。

当面の注目イベントとしては、年内に決定される19年10月の消費税引き上げの有無がある。もし消費増税が再び延期されることになった場合、短期的な株価にはプラスかもしれないが、中長期的には財政への不安を増幅させる。これを受け、国債の格付けや見通しが引き下げられる可能性もある。あるいは、政治の混乱で、財政の再拡大懸念が台頭した場合や、日銀が国債購入の目途等の転換を示した場合なども、国債リスクが意識され始めるきっかけになりうるだろう。

大槻 奈那(おおつき・なな)
マネックス証券 チーフ・アナリスト

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