私はFP(ファイナンシャルプランナー)の視点から「保険の本」を多数出版しています。最近では『かんたん! 書き込み式 保険払いすぎ見直しBOOK 』(河出書房新社)を出版しました。そんなこともあり、実際に読者から保険の相談を受けることも多いのですが、その際に必ずといって良いほど「どの保険に入れば良いのでしょうか?」との質問を受けます。つまり、多くの人が「保険に入る」前提で私のもとへ相談に訪れているのです。
私は常々不思議に思います。なぜ、多くの人が「保険に入る」前提で物事を考えてしまうのでしょうか? 私たちの周りには情報が溢れていますが、すべての情報が公正中立とは限りません。多くの人が、知らず知らずのうちに「保険に入るのは当たり前」と刷り込まれているのかもしれません。
そもそも、選択のスタートが間違っているのです。保険に入る前提で考えるのではなく、自分にとって保険は「必要か?」「必要でないか?」からスタートすべきなのです。
社会人になったら「保険に入る」のが当たり前?
4月を迎え、街角で初々しいスーツ姿の新入社員と見られる人たちを見かけるようになりました。でも、ご注意を。そんな新入社員を「狙い撃ち」にした保険の営業員も多く存在します。たとえば、彼女たち(彼ら)は次のようなセールストークで攻めてきます。
「社会人になったのだから!」 「責任を持たないといけないから!」 「保険にも入らないとダメよ!」 「みんな入っているし!」
しかし、冷静に考えてみると「責任を持つ」ことと「保険に入る」のは別問題ではないでしょうか。保険に入ったからといって社会的に「責任を持った」と考えるのも変な話です。
ちなみに、「みんなが入っている」というのは本当です。生命保険文化センターの『生活保障に関する調査』によると約8割の人が生命保険に加入しています。社会人になると組織の一員として周りの「空気を読み」協調することが求められます。ですから「みんなが保険に入っているから」自分も保険に入らなければならないと考えてしまう気持ちも分からなくもありません。
でも、だからといって新入社員が保険に入ることは本当に「賢明な選択」と言えるのでしょうか? 具体的にみていきましょう。
新入社員に「死亡保険」は必要?
保険と聞いて、まず「死亡保険」を思い浮かべる人も多いかと思います。実際、20代で「死亡保険」に加入する人は珍しくないようです。
でも、新入社員の若さで「死亡保険」に入る必要が本当にあるのでしょうか。もし、あなたが20代前半の独身で死んだとき、あなたの周りで「経済的に困る人」はいるでしょうか?
もちろん、両親や恋人は悲しむことでしょう。しかし、あなたが死亡したからといって両親や恋人は生活が立ち行かなくなり「破産」してしまうでしょうか? もし、両親や恋人など周りの人が「経済的に困ることがなければ」死亡保険は必要ありません。
保険はあくまでも万が一のための「金銭的な補塡」なのです。守るべき家族などがいて、自分が死んだら経済的に困る人がいる場合に「死亡保険」は役に立つのです。
その「医療保険」は本当に必要ですか?
死亡保険と並んで思い浮かぶのが「医療保険」です。新入社員に「医療保険」は必要でしょうか?
医療保険は病気やケガで、入院や手術などをしたときに「経済的な保障」をしてくれるものです。入院や手術にはかなりの医療費が必要となるケースもありますが、健康保険があるので自己負担分は3割で済みます。また、医療費の自己負担額が高額になった場合は「高額療養費制度」もありますので、どんなに治療費がかかったとしても1カ月に9万円ほど(※一般的な所得の場合)の自己負担で大丈夫です。
上記を加味すると、入院や手術の際も「ある程度の貯蓄」があれば十分対応できるのではないでしょうか。私は新入社員が「医療保険」に入る必要性を感じません。若いので貯蓄が少ないのであれば、なおさら「医療保険」に入る必要はありません。「医療保険」に支払うお金を貯蓄に回せば良いのです。
「医療保険」が本当に必要な人とは、入院などの少額の出費でも誰にも頼ることができず、すぐに「生活が困窮してしまう」恐れのある人です。でも、たとえその場合でも「安い保険」で十分です。高額の「医療保険」に入る必要などありません。
「保険は貯蓄の代わりになる」って本当?
ところで、保険営業員の中には未だに「保険は貯蓄の代わりになるんだよ!」と勧める人もいるようです。
もちろん、そんな話を信じてはいけません。マイナス金利のいまの時代に保険は貯蓄になりません。たとえば、老後に備えて貯蓄をするのであれば確定拠出年金のほうがずっと良いです。会社に企業年金制度がある場合はそれで十分ですし、ない場合はiDeCo(個人型確定拠出年金)を利用する手もあります。
老後が心配といってもまだまだ若いので、資格取得などの「自己投資」にチカラを入れたほうが、将来的に遥かに大きなリターンを得られる可能性もあります。お金を貯めるだけではなく、有効に活用することも必要ではないでしょうか。
そう考えると、新入社員が保険に入る「必要」はないように感じます。本来あまり必要のないものに「みんなが入っている」という理由で、高い保険料を毎月支払うのはもったいないと思うのです。
保険業界で「大失業時代」が到来する?
保険営業員は「保険を売ること」が仕事です。またショッピングセンター等で見かける「保険の無料相談」なども同じく保険を売るのが仕事です。ですから、あなたの「どの保険に入れば良いのでしょうか?」との質問に対し、「保険に入る必要はありません」とアドバイスすることはまずありません。
ただ、ここ数年は公正中立なアドバイザーも少しずつ増えています。まだまだ少数派ですが、志のあるアドバイザーの活躍に期待したいところです。
また、最近では「 Donuts(ドーナッツ)」 という保険のロボアドバイザーサービスも登場しています。いくつかの質問に答えると、その人に最適な保険を勧めてくれるほか、回答によっては「(保険に入る)必要がない」とアドバイスされることもあるそうです。
これからの時代、保険の相談相手は人間よりも「AI」のほうが信頼されるようになるのかもしれません。近い将来、保険営業員の「大失業時代」が訪れる可能性もないとはいえないでしょう。
長尾 義弘 (ながお・よしひろ) NEO企画代表。ファイナンシャル・プランナー、AFP。徳島県生まれ。大学卒業後、出版社に勤務。1997年にNEO企画を設立。出版プロデューサーとして数々のベストセラーを生み出す。新聞・雑誌・Webなどで「お金」をテーマに幅広く執筆。著書に『コワ~い保険の話』(宝島社)、『お金に困らなくなる黄金の法則』『保険はこの5つから選びなさい』(河出書房新社)、『保険ぎらいは本当は正しい』(SBクリエイティブ)。監修には別冊宝島の年度版シリーズ『よい保険・悪い保険』など多数。 http://neo.my.coocan.jp/nagao/