予測がはずれる理由を科学的に考える

人の心のクセ
(画像=日本実業出版社)

化粧品や日用品などの消費財は、メーカーの「需要予測」によって必要な生産量が決められます。メーカーにとって需要予測は、経営に大きな影響を与える重要なプロセスですが、決して簡単な仕事ではありません。確度の高い予測を行うには相応のスキルと充実したデータが必要ですし、経験豊富なはずのベテランでもミスを犯します。

予測を狂わせてしまう要因は何なのでしょうか。『この1冊ですべてわかる 需要予測の基本』の著者であり実務経験も豊富な、山口雄大氏に寄稿していただきました。

予測をはずすとムダなお金がかかる

賞味期限が切れた食材を捨てる。クローゼットには着ない服があふれている。こうした経験は多くの人にあるのではないでしょうか?

これらはすべて、予測ミスが根本原因です。家族の好物と食べる量、冷蔵庫に残っている食材を考慮して買い物をすれば、廃棄する食材は出ないはずですし、持っている服やコーディネートを考えれば、あまり着ない服がクローゼットを占拠することもないはずです。

しかし現実には、家族が急に外食してきたり、買った服が持っていたものと合わなかったりすることはあります。これらは”想定外“などと言われますが、予測ミスによって起こることです。

こうした予測ミスは日常生活でも家計に悪影響を与えますが、ビジネスにおいては、より重大な影響を与えます。コンビニエンスストアでは食品の廃棄量を少なくすることが利益率の向上に直結しますし、メーカーにおいても、消費者に購入されないものを生産することは利益を生まないどころか、人件費や管理コストの影響で損失を増やす要因になります。

ビジネスにおけるこうした予測は「需要予測」と言われ、特に小売業や製造業にとっては重要な業務です(ビジネスにおける需要予測の役割と重要性についてはこちらの記事もあわせてご参照ください)。

このように、正しく未来を予測することはお金の面でもとても重要な役割を果たすわけですが、未来を予測することは簡単ではありません。

「人の心のクセ」を科学する

ではなぜ、人の予測は当たらないのでしょうか。それには様々な理由が考えられます。予測のために十分な情報(データ)を得られることは稀ですし、十分な情報があったとしても、それを基に分析し、確からしい予測をするためには専門的なスキルが必要です。

しかし、こうした要因の中でも私が最も注目しているのは、「人の心のクセ」です。古典的な経済学では、人は完璧に合理的な思考の持ち主として描かれ、それを前提としたモデルが構築されますが、現実世界における人はそれほど合理的とは言えないのが事実のようです(限定合理性)。

人はそれぞれ、これまで置かれてきた環境が異なり、それによって培われた感覚があるため、思考に偏り(バイアス)があります。バイアスの種類として、人は利用しやすい情報を利用しがちであるという「利用可能性ヒューリスティック」や、自分にとって都合の良い情報をより重視してしまう「確証バイアス」などが知られていますが、これらはすべて、「人の心のクセ」と言えるでしょう。

たとえば、新しい服を買ったあとに、最近着ていないけれど似たような服を持っていたことに気がついた、というようなことがあります。これは、「最近来ている服」という思い出しやすい情報だけを使って判断した結果であり、「利用可能性ヒューリスティック」による予測ミスと言えます。

このような「人の心のクセ」について研究する学問として、認知科学があります。

認知科学とは、人の認知過程(いわゆる“頭を使う活動“)を研究する学問であり、「意思決定」や「ひらめき」、「推論」などが対象となりますが、私は「予測」もその一つだと考えています。ビジネスにおける「予測」とは、消費者の行動の集合体であるマーケットの未来を予測することであり、それは主に「需要予測」を意味します。

どの商品にどの程度のニーズがあるのかを、できるだけ客観的な根拠を基に予測するのが需要予測です。それが人の認知過程の1つだとすれば、認知科学の知見が有効活用できるはずです。そこで私は、ビジネスにおける需要予測のミスについて認知科学の知見を使って考察しました。

認知科学でわかる「予測がはずれる理由」

消費財ビジネスでは、限られた時間の中で、少なくない商品の需要を予測していかなければなりません。その時、全商品について需要に影響する全ての要素を調べ、検討するのは現実的ではありません。重要な情報にしぼり、それをスピーディーに考慮して、効率的に需要を予測することが必要です。

こういった手法は「ヒューリスティック」と呼ばれ、「全数検索」に対置されますが、経験やそれに基づくスキルによってその精度に差が出ます。また、先述したような心のクセによるミスリードにも注意しなければなりません。

消費財においては、数や期間を限定して、特別な味や色の商品が発売されることがあります。期間限定で販売される珍しい味のカップラーメンや、数量限定の色の口紅などを見たことがある方も多いでしょう。これらの「限定品」が発売されると、既存の商品の需要に影響が出ることがあります。

限定品は需要の起爆剤として、そのブランドの顧客を増やすために発売されることが多いのですが、そのブランドの既存顧客も購入する傾向があるからです。

たとえば、ある化粧水にミニサイズの乳液が付いた限定品が発売されたとします。このブランドの化粧水を買おうか迷っていた消費者は、お得な限定品をきっかけに購入してみるかもしれません。一方で、既にこの化粧水を愛用している顧客も、おそらくお得な限定品を購入するでしょう。この結果、単品で販売されている通常の化粧水の需要が減ることになります。

さて、翌年この化粧水の需要を予測する際、この販売データはミスリードを引き起こす原因となります。

需要予測において、予測の対象となる商品の過去の販売データはとても重要です。なぜなら、そこからその商品の需要の季節性やトレンドを読み解くことができ、それを使えば確からしい予測ができる可能性が高いからです。

しかし、重要であるがゆえに、過去の販売データに頼り過ぎてしまうことがあるのです。

心のクセを見逃すな

先述の化粧水の例で言うと、限定品発売という情報を見落とし、需要の落ち込みを季節性によるものと捉えてしまう可能性があります。これはとても簡単で単純な例ですが、実際によく見られる予測ミスであり、私は、この原因は認知科学で言う「利用可能性ヒューリスティック」にあると考えています。

これを単なるケアレスミスと捉えている限り、こういった予測ミスはなくせないでしょう。スピードが求められるビジネスの需要予測では、ベテランでもこのミスを犯す可能性があります。ミスを防ぐためには、認知科学の知見を参考にして、「情報の利用可能性」という視点からデータ分析環境を整えることが有効でしょう。

以上は需要予測に認知科学を活用した一例です。私はこの他にも、以下のようなテーマ(事例)についても考察し、レポートにまとめました。

・少ない事例を過大評価して、普遍的なマーケティング効果だと考えてしまう
・自分の感覚を支持する調査結果ばかりを重視し、新商品の売上計画を立ててしまう
・周りの空気に合わせて需要を予測してしまう

そして、これらについて金沢工業大学虎ノ門大学院の上野善信教授とディスカッションし、その内容を『月刊ロジスティクス・ビジネス』(ライノス・パブリケーションズ)5月号の上野教授による連載で取り上げていただきました。ご興味のある方はぜひ、そちらもご覧ください。

人の思考について研究する認知科学は、ビジネスの現場ではまだあまり活用されていないと感じています。私は、認知科学にはSCMにおける需要予測だけでなく、人事部門やマーケティング部門、営業部門でも活用できる知見がたくさんあると考えています。

人の心のクセ
(画像=日本実業出版社)

執筆者プロフィール

山口雄大(やまぐち ゆうだい)
1983年生まれ。東京工業大学生命理工学部卒業。同大学大学院社会理工学研究科人間行動システム専攻修了(認知科学)。同大学大学院イノベーションマネジメント研究科ストラテジックSCMコース修了。商品の入出庫、在庫管理、配送などのロジスティクス実務に従事した後、2010年から株式会社資生堂で需要予測を担当。現在は早稲田大学大学院経営管理研究科にてMBAプログラムを履修中。

2016年インバウンド需要予測の手法が秘匿発明に認定される(株式会社資生堂)。日本ロジスティクスシステム協会(JILS)や日本オペレーションズリサーチ学会にて、需要予測をテーマに講演を実施。著書に『需要予測の基本』(日本実業出版社)がある。

インスタグラムで「需要予測ピクチャー」を発信中! アカウント名「demand_forecaster

(提供:日本実業出版社)

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