カンブリア宮殿,シルバーウッド
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入居金0円で快適・安心~元気になる「老後の家」

千葉県浦安市の住宅街に、毎日放課後になると近所の子供たちが大勢やってくる場所がある。それは今ではめっきり少なくなった駄菓子屋。ちょっと懐かしいお菓子が並ぶ。

店を切り盛りする式守悦子さん(87)さんは、元は銭湯のおかみさん。長年番台に座ってきたから、お金の計算は今でも達者なのかと思いきや、お釣りの計算を子供たちに任せている。「子供たちの方が計算がよく分かっているから」と笑うが、こんな調子でも売り上げは、多い月で50万円近くになるという。

店じまいをすると、式守さんは建物の奥へ。ここが式守さんの住まいなのだ。12年前に銭湯を廃業。その後ご主人を亡くして一人暮らしだったが、1年半前に引っ越してきた。

「ここは全部いいですよ。まず食事。それと自分がせつない時とか、何かあると、スタッフがすぐに飛んできてくれたり、対応してくれる」と式守さんが言うのは「銀木犀(ぎんもくせい)」というサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)だ。

現在、千葉と東京に9ヵ所。部屋は一人用が中心で、浦安は全42室。気持ちの良いヒノキの無垢のフローリング。バリアフリーの洗面台とトイレ付きだ。

「銀木犀」はアパートのような賃貸住宅。しかも一般的な有料老人ホームと違い、入居金は0円。毎月の費用は、家賃に食事や生活支援つきでおよそ20万円~。「銀木犀」の入居率は98%、全国のサ高住の中でも1、2を争う大人気の住宅なのだ。 三度の食事は明るく広々としたダイニングで。多くの高齢者施設では食事を席まで持ってきてくれるが、「銀木犀」では自分で運ぶ。できることは自分でやるのが基本ルールだ。手が必要なら入居者同士で助け合う。職員は、離れたところからしっかり見守る。

「銀木犀」の入居条件は要介護認定を受けていること。介護度の高い人もいるが、なるべく手助けしない。「脱・お世話型の介護」が鉄則なのだ。

生け花が得意な女性はすすんで共用スペースに花を飾る。すると自然に女子会が始まる。

ここでの暮らしについて、「深く干渉しないのがいいところ」「それぞれに任せてくれる。もう少し体が悪かったら手助けはいるが、まだ自分でできる自信がある。だから、ほどほどがいい」と言う。

屋外で花の手入れを買って出ている脇屋恭二さん(89歳)は。8か月前に入居したときは杖をついて歩いていたが、今は杖なしで歩いている。「今、1日だいたい晴れた日は6000歩くらい歩いている」と言う。

「できることは自分でやる、あとは自由に」というここの方針で暮らすうちに、こんなに元気に。花の手入れは来年のため。「来年、生きていれば花が見られる」と、気持ちも前向きになった。

入居者がみんな、常に和気あいあいというわけではない。だが、「銀木犀」を運営するシルバーウッド社長・下河原忠道(47)は、「ずっと同じ部屋にいて、誰とも接しないで独りぼっちでいるよりも、こういう所でみんなで暮らすのがメリット。イラッとすることもあれば、楽しいこともある。それでいいんじゃないかと思います」と言う。

「管理は依存を生みます。何もかもやってあげてしまうと、『私、何もしなくていいのね』と思ってしまう。それが生きる意欲を失わせてしまうことにつながるので、基本的には管理しない。本当に必要なサポートだけ、ご本人が望む場合において我々がサポートしていくというスタンスです」(下河原)

カンブリア宮殿,シルバーウッド
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新発想で人気の我が家~「特別扱いしない」&「地域住民との交流」

入居者の平均年齢は85歳。多くの人が、程度の差こそあれ認知症を抱えている。大抵の高齢者施設では、リスクを避けるために鍵を掛けることが多いが、「銀木犀」は出入り自由だ。

毎日の散歩が楽しみという高橋アヤ子さん(82)は、外出の際、職員から「迷子札」を渡された。実は以前、300メートルほどの近所で方向がわからなくなってしまった。その時助けとなったのが、近くのコンビニだった。

「銀木犀」の場所を尋ねられたローソン浦安富士見店のパート従業員・町田素子さんは、「あっちの方に行ってくださいと案内したのに、どうしても反対側に行きたがってしまうんです。それが何度か続いた」と言う。「迷子札」に気付いた町田さんは「銀木犀」に連絡を入れた。

「お迎えに来てくれた時、すごくうれしそうで、職員の方に抱きつくようにして帰っていかれました」(町田さん)

一方、ランドリーコーナーへ洗濯物を取りにきた坂口洋二さん(85)は、自分が何をしに来たのか、わからなくなってしまったようで、そのまま自分の部屋に戻ってしまった。すかさず職員が洗濯物を運んできた。

そんな坂口さんだが、子供の頃から得意だった切り紙細工は忘れない。「よく小学生くらいの子が来るから、持って行ってプレゼントっていったら、喜んで持って帰る」と言う。小さな子供との鉄砲ごっごを楽しみにしている。ここでは誰もが、ごく普通に暮らせるのだ。

駄菓子屋がある「銀木犀」の1階スペースは、地域の人が自由に出入りできる。だからいつも子供たちでいっぱいだ。さらに地域に向けて「銀木犀食堂」をオープンした。近所のママ友たちのお目当ては650円のランチ。入居者用のヘルシーなランチを、地域の人たちにも食べてもらおうと、始めた。

子供たちと触れ合うことは、入居者の気持ちの張りとなっている。

「同じ場所にいるだけで、入居者は地域住民としての暮らしが実感できる。認知症があってもなくても関係ないでしょう」(下河原)

自分らしく生きる~「銀木犀」を選んだ人たち

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下河原は、気がつくとすぐに窓を開ける。「高齢者住宅って“閉じられた場所”なので、窓を開ける。とりあえず外の空気を入れる。現実的に変えていく」と言う。

下河原はもともと、高齢者福祉とは無縁だった。1971年、鉄鋼会社の長男に生まれた。バブル崩壊後、家業の業績が下向きになり、打開の道を探るため渡米。そこで学んだ技術をもとに、2000年、建設会社シルバーウッドを立ち上げた。薄いスチールパネルを使った工法で特許を取り、コンビニやファミレスなどの建築を手がけ、2011年、「銀木犀」の運営を始めた。

そして一人の入居者との出会いが、下河原と「銀木犀」の今を作ってくれたという。

「もし彼女に出会ってなかったら、今の僕たちはない。感謝しても感謝しきれません」(下河原)

銀木犀をオープンして、程なくやってきた白井友子さん(仮名)。乳がんの末期で、余命宣告を受けていた。「銀木犀」を一目見て気に入った白井さんは、下河原に「私、ここで死にます」と言ったという。

「病院は本来人が元気になる場所。人が死ぬ場所ではないわ。私は自分の家のような所で自然体で死にたい。だからここに来たのよ」

白井さんは元看護師。患者が望まない延命治療を施す病院での最期に疑問を感じていた。

そして戸惑う下河原に「大丈夫。死に方は、私が教えてあげますから」と言った。

下河原は「とにかく白井さんの意思を尊重します」と腹をくくり、スタッフにも覚悟を決めさせた。

白井さんは薬や延命治療を拒否。そして、毎日通ってくる孫たちと穏やかな日々を過ごした。だが、次第に容態は悪化。ベッドから起き上がれず、食事も摂れなくなった。

下河原はたびたび、枕もとに足を運んだ。そしてある日、少しでも食べてもらおうと、ゼリー状の栄養食を口元に近づけた。食べようとしない白井さんに「頑張って食べないと元気になれませんよ」などと声をかける下河原に、白井さんは「しつこい」。

「ハッと気づきました。『あ、俺しつこいことしていたんだ』と。良かれと思ってやっていることが、本人にとってはありがた迷惑だってことを教えてもらった。本人が望んでいないに、こちらからどんどん施すのは、実は違うと彼女に教えてもらったんです」

入居から3ヵ月後、白井さんは、家族に見守られながら穏やかに息を引き取った。

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どこで最期を迎えるか~高齢者住宅という選択肢

それ以来、下河原は他の施設では敬遠されがちな看取りに積極的に取り組んでいる。「銀木犀」の看取り率は76%。他のサ高住の平均17%に比べ、圧倒的に高い。

「もはや『銀木犀』で看取りは当たり前の文化です。看取りに失敗も成功もないですから。ただ、お亡くなりになっていくのをそばで見届けるだけです」(下河原)

去年オープンした「銀木犀・柏」。ここに、看取りに向き合おうとやってきたスタッフがいる。介護福祉士の齋藤律子。去年の秋、仙台の高齢者施設から転職してきた。

「私が今まで働いていた場では、看取りは正直、後回しなんです。心とか背景に触れない業務が優先される。そうじゃないケアに向き合いたかった。ここならできるんじゃないかなと思って決心しました」(齋藤)

5月15日。齋藤ら「銀木犀・柏」のスタッフが提携する在宅クリニックを訪れた。待ち合わせていたのは武居謙治さん。入居者の長男だ。

母の純子さん(62)は山口県で一人暮らしをしていた。半年前、末期の肺がんとわかり、最期の場として「銀木犀」に移り住んだ。しかし、がんが転移して容態が悪化、病院に緊急入院していた。かかりつけの在宅診療医をまじえ、純子さんにどこで最期を迎えてもらうかを、話し合った。

「できることなら病院から出してあげたいとは思っているのですが、今は病院を出せる状況じゃない。もう少し回復しないと……」と言う武居さんに、齋藤が「私としては、武居さんに『銀木犀』に戻ってきて欲しい。確かに病棟の方が安心できるところはあるけれど、私たちのケアのモットーとして、心をケアするのがヘルパーだと思うので、私も含めてヘルパー一同は、武居さんに戻ってきて欲しいと心から思っています。もちろん、できることを精一杯させていただく気持ちです」と話した。

謙治さんは純子さんの気持ちを確かめ、状態が安定次第、「銀木犀」に戻すことを決めた。だがそれから5日後、事態は急変した。容態が悪化し、病院で息を引き取ったのだ。

武居純子さんが「銀木犀」に戻ってきた。翌日、純子さんのお別れ会が開かれた。「銀木犀」では、亡くなると、一つ屋根の下に暮らした人たちと職員が、故人に花を手向け、別れを告げる。

齋藤も「おかえり。お疲れ様でした」と声をかけた。「こんなに良くしていただいて、幸せ者だよ、本当に。良かったよ」と、武居さん。本人が望むかたちの最期を。「銀木犀」は日々、取り組んでいる。

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認知症はこんな感じ~驚きのバーチャル体験

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東京・千代田区。コンビニ最大手、セブン‐イレブンの本社に、下河原がシルバーウッドの新たなプロジェクトを引っさげて、やってきた。

「今日はVR認知症体験会。認知症のある方々の見えている世界を、VRで忠実に映像に再現して、それを見て頂き、認知症のある人の気持ちになってもらうのです」(下河原)

会場には、セブン‐イレブンの人事や社員教育に携わる約50人が集まった。バーチャルリアリティーを使った認知症の体験会。シルバーウッドが独自に製作したVR映像を見て、認知症を疑似体験、理解を深めてもらうのが狙いだ。

そこで見えているのは、なぜか自分がビルの屋上にいる映像。認知症の症状の一つで、空間を正しく理解できないのだ。実際は、車から降りるごく日常の一コマ。だが、わずかな高低差でも、ビルの屋上にいるような感覚になる人がいるという。無理強いすると、ますます怖がらせてしまう。

初めて体験する認知症は、参加者の想像をはるかに超えていた様子だ。

こうした映像は、認知症がある人への聞き取りを基に、下河原たちが製作している。高齢者住宅を営む中で、周囲の無理解が認知症の人のパニックを引き起こしていることに気づいたのだ。

「認知症のある人を支えるのは、医療、介護、家族だけの話にしない。地域住民にも協力してもらうのが大事じゃないかと思います」(下河原)

さらに認知症への理解を広めるため、業界ごとに違った映像づくりも進めている。今回はコンビニ向けに、買い物でよくあるシーンを映像にした。

例えば野菜ジュースを買おうとしても、ちゃんと見えているのに、どれが野菜ジュースか認識できない。これも認知症の症状の一つだという。レジでは小銭の区別がつかなくなり、支払いに戸惑ってしまう。急かされるとますますパニックに陥る。

「理由が分かりました、どうして遅くなっちゃうのか」「見えなくなったり、分からなくなった状況を知って寄り添ってあげないといけないというのが、体験できて良かった」と、参加者は口々に感想を語る。

「セブン‐イレブンは2万店舗あるので、各店舗で対応できるようになれば、地域の皆様と一緒に店が生きていける。そういうところに向けて取り組んでいけたらいいなと思います」(企業行動推進室長・杉山純子さん)

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~村上龍の編集後記~

子どもや高齢者に対し、距離感をもって「見守る」のはむずかしい。べったりとそばに付き、手取り足取りで「制御」するほうが、簡単だ。

シルバーウッドは、高齢者住宅の快適さがクローズアップされがちだが、その快適さは「見守る」、に支えられている。

ところで、「認知症」は病なのだろうか。医学的対応は必要だろうが、より大切なのは、

わたしたちの社会が認知症を理解し、「受け入れる」ことではないか。

「社会的な見守り」が実現すれば、認知症を巡るリスクもコストも激減する。下河原さんは、本気で実現させようとしている。

<出演者略歴> 下河原忠道(しもがわら・ただみち)1971年、東京都生まれ。1992年より父の経営する鉄鋼会社に勤務。2000年、シルバーウッド設立。2011年、「銀木犀」の運営開始。

放送はテレビ東京ビジネスオンデマンドで視聴できます。

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