コンビニより安くて便利?~話題の絶好調チェーン店
都会の昼どき、弁当が飛ぶように売れていく店がある。「チーズチキンかつ弁当」が370円、白身魚のフライが乗った「のり弁当」は295円と、コンビニより低価格。弁当を作っているのは「オリジン」。作りたての弁当や総菜を販売するおなじみのチェーン店だ。近くの「オリジン」から毎日3回、店まで運んでいる。だから出来たてホカホカの弁当が届くのだ。
店内にはセルフのコーヒーマシンもある。伊勢志摩サミットで振舞われたコーヒーが1杯150円~。レジでは客が公共料金を払っている光景も。どう見てもコンビニにしか見えないこの店の正体は、コンビニより便利かもしれないと注目を集めるドラッグストア、ウエルシアだ。
人気の秘密は商品の安さ。ペットボトルのドリンクやパンが100円以下。だから客に「コンビニよりも安くて品揃えがいいので重宝する」と言われるのだ。 一方、郊外にあるウエルシアは、別の顔を見せる。こちらはコンビニというよりスーパーのよう。生鮮野菜や肉も置いてあり、納豆は3個パックで58円と、どれも激安価格だ。
ウエルシアは薬から日用品、食品まで、ここに来れば何でも買えるというワンストップの便利さで急成長。そして今、怒涛の勢いで出店攻勢をかけている。
5月も東京・荒川区に荒川西尾久店がオープンした。この店は以前は「一本堂」という別のドラッグストアだったが、ウエルシアが買収し、リニューアルオープンさせた。
もともと埼玉県から始まったウエルシアはM&Aを繰り返して勢力を拡大し、いまや1745店舗を展開。去年、20年以上業界首位だったマツモトキヨシの売上高を抜き、トップに立った。
東京・お茶の水にあるウエルシア本社。ウエルシアホールディングス会長・池野隆光(74)は、ウエルシアの強さの秘密を「差別化をもって戦わずして勝つ」と言う。これは「孫氏の兵法」を基にしたウエルシアの社訓。商品やサービスを差別化すれば、他社と競わなくても勝てるという意味だ。
「ドラッグストア各社は同質化し始めているんです。そうならないためには、質の違うもの、差別化された商品を作る必要がある」(池野)
「ライバルはセブン-イレブン」~ウエルシアの差別化戦略
最大の差別化が店内にある調剤コーナーだ。ウエルシア全国1745店舗の3分の2、およそ1100店で処方せんを受け付けている。これはドラッグストアでは圧倒的ナンバー1。薬剤師の人数4400人も業界最多だ。店にはいつも同じ薬剤師がいるから、ホームドクター的な役割も果たしている。
24時間営業の店が140あるのも業界最多。ある店には子連れの客が、夜になっても子供のせきが止まらないと、24時間開いているウエルシアを頼ってきた。「急に熱を出す場合もあるので、24時間開いていると、すぐ来れるのがいい」と言う。この店は処方せんも24時間、受け付けている。
一方、昼間のウエルシアでは試食会が行われていた。客が試食していたのはウエルシアのオリジナルハンバーグ。淡路島産のタマネギをふんだんに使っている。1個410円と、大手メーカーの量販品よりちょっと高めだが、売れているという。
他にもショウガたっぷりの餃子や低糖質のクロワッサン、カキテン入りの抹茶アイスクリームといった人気商品がある。ウエルシアのPB商品は健康にこだわったものばかり。これこそ、いま力を入れている差別化戦略だ。
PB商品の開発もドラッグストアらしいアプローチをしている。担当の商品統括部・桐澤英明がやってきたのは横浜薬科大学。ウエルシアのPBの多くは専門家と共同開発しているのだ。
パートナーの渡邉泰雄特任教授は食品の健康成分を研究している。いま開発中なのは、めかぶやなめこ、オクラなど、ぬるネバ食品を使ったもの。これらの健康成分をマウスの実験で調べたところ、「ぬるネバがたくさん入っていれば入っているほど体重の増加を抑える」というデータが得られたと言う。
「ぬるぬるネバネバした食材が体にいいことは、昔から話としては伝えられているが、実際はどうなんだということで、渡邉先生にお願いして研究していただいた結果、いいデータが出ました」(桐澤)
数日後、ウエルシア本社で新商品の試食会が開かれた。桐澤が紹介したのは、ぬるネバ食品を細かくして、お湯を注ぐだけでスープになるという試作品。池野も参加した試食会で高評価を得て、商品化を進めることになった。
今後も、健康にこだわったPB商品を増やし、他社との差別化を徹底するという。
「『ライバルはどこですか?』と聞かれるんですね。私のライバルはセブン-イレブン。どっちが便利かっていったら、ウエルシアの方が便利ですよ。地域にとって便利なことはなんでもやろうと思っているんです」(池野)
マツキヨを抜いた~話題のドラッグストアが生まれるまで
埼玉県坂戸市のウエルシア坂戸鶴舞厚川店では、ちょっと変わった取り組みをしている。
朝9時、駐車場に軽トラックが続々とやってきた。シートを外すと野菜がドッサリ。お客さんも続々と来店する。
これは軽トラックによる朝市。この辺りは高齢者が多いが、買い物できる店が少ない。そこでウエルシアが近所の農家に声をかけ、始めた。そこには池野の姿もあった。
「ここに店を作った時に引っ越した。今でもこの町に住んでいるんです」(池野)
池野がかつてこの町で始めた小さなドラッグストアが、ウエルシアのルーツだった。
池野はもともと製薬メーカーの「全薬工業」で営業を担当するサラリーマンだった。その後独立し、1971年、埼玉県内でドラッグストア「トップ」を開業。薬のほか、ちょっとした食料品を売るドラッグストアはアメリカ生まれ。池野の店は目新しさと便利さで人気を集め、20店舗まで拡大した。
だが、90年代後半になるとマツモトキヨシなどの大手ドラッグストアが台頭。池野は「うちのような中小の店はいずれ飲み込まれてしまうのでは…」と、脅威を感じていた。
もう一人、似たような思いを抱えていたのが、同じ埼玉県内のドラッグストア経営者・鈴木孝之だ。
「すぐ近くに競合店があって、向こうが特売すればうちのお客さんが減る。こっちが特売すれば向こうの客が減る、ということを毎日やっていた」(池野)
2人は互いにしのぎを削っていたが、薬剤師の鈴木の店には、池野の店にはない強い武器があった。それは店で処方せんの受付ができること。当時、調剤併設型のドラッグストアはまだ少なく、池野は羨望の眼差しで見ていた。
「行けば薬剤師がきちんと対応して薬を渡してくれるということで、非常に喜ばれていた。うらやましかったですね、こちらにはできないから。『すごいな』という気がしました」(池野)
そんなある日、池野は鈴木から、思いもよらない提案を受ける。鈴木は「池野さん、このままじゃ大手に負ける。2人で手を組まないか」と言うのだ。
「どうしてそういうことを言うのか、というのが率直な感想。至近距離で競争している店が3、4店舗あった。でも『一緒になれば競争しなくていいんだよ、一緒になればどっちかを閉めてどっちか生きればいいじゃないか』と。『マーケットを広く取っていこうよ』という話をしたのが印象的でした」(池野)
最初は面食らった池野だが、2002年、鈴木の店との合併を決断。店名をウエルシアに統一することになった。健康を意味する「ウエル」とラテン語で国を意味する「シア」を合わせたもの。地域の健康の拠点にしたいという2人の思いが込められている。
薬剤師を大量採用~地域のために何でもやる
ちょうどその頃、国は病院=診療、薬=薬局という「医薬分業」を政策として推し進める。そのため病院の前にはいわゆる「門前薬局」が次々と開設されていった。だがウエルシアはあえて病院の前には出店せず、郊外の住宅地に調剤併設型の店を増やしていった。
「高齢化してきた時に、近くの薬剤師に相談したいというのが人情ですよ。家の近くでもらえるからいい、いつもいる薬剤師だからいい、安心だと言われます」(池野)
家の近くで薬が受け取れる便利さが喜ばれ、徐々にお客が増えていった。
客を待っているだけではない。薬剤師の名地盛也が店を出て向かった先は老人ホーム。来店が難しい人のために、薬を直接届けている。
その薬の包装には赤や青の線が引いてある。赤は朝、緑は昼食後と、薬剤師がわざわざ線を引いて、飲み忘れや飲み間違いを防ぐ工夫をしているのだ。
「普段の患者さんの生活面とかについて、お薬を渡している時に相談を受けたりするので、患者さんのお薬だけじゃなく、生活面でサポートしていきたい」(名地)
その老人ホームから出てきた入居者の夫婦が、スタッフの手を借りて、ホームの隣にあるウエルシアへ入っていった。週一回、夫婦でのショッピングを楽しみにしているという。
ホームのそばへの出店は住宅街戦略の一環。少しでも生活の張りになればと、今後さらに増やしていく計画だ。
地域に寄り添って勢いを増すウエルシアにこの春、265人もの新人薬剤師が入社した。入社式では池野が彼らに、「地域の安全安心を皆さんと一緒につくり上げていきたい。それはウエルシアしかできないんです。一人一人が薬剤師として地域を支えていく企業になりたいのです」と語りかけた。
病院や調剤薬局と並んで、就職先にドラッグストア、中でもウエルシアを選ぶ薬剤師が増えているという。ウエルシアの新人薬剤師は「病院や調剤薬局は主に調剤メインだが、僕は一般用医薬品も詳しくなりたいので、ウエルシアのような調剤併設型のドラッグストアを選びました」「私は地域医療がやりたくてこの会社に入ったので、地域に住んでいる方に信頼される薬剤師を目指しています」と、入社の理由を語っている。
進化が止まらない~薬局から街のインフラに
「地域のため」をキーワードに、池野はウエルシアをどんどん進化させている。
朝9時、お客が続々とウエルシア坂戸薬師町店にやってきた。しかし、レジの横を通り過ぎて店の2階へ。始まったのは地元自治会による体操教室だった。
これは池野発案の「ウエルカフェ」という取り組み。店の一角を地域の人たちに開放し、公民館のように自由に使ってもらっているのだ。
「ウエルカフェ」に店長の奥冨政美がやってきた。集まっていた人々に「何かお店に対する要望ありましたら」と聞いている。「野菜が少ない」「家庭菜園の肥料があるといい」と、お客から貴重な声が寄せられた。奥冨が「園芸商品の充実」とメモした。
1週間後、肥料が欲しいと言っていた客がやってきた、さっそく売り場へ案内する。奥冨は客の要望に応えて園芸商品を20種類増やし、2列だったコーナーも3列に広げた。
一方、再開発が進む東京・日本橋。オフィス人口も増え続けている。その一角に女性が集まる店があった。ウエルシアの新しい試み、働く女性向けのドラッグストア「ビビオン」日本橋店だ。
商品も女性を意識している。「美人茶」に糖質を半分に抑えたようかん。話題の口臭対策のコーナーや、悩んでいる女性が多い「足のむくみ」専用コーナーも。ファッション雑貨まで扱っている。さらに毎月、薬剤師による無料の健康相談会も開いている。
女性客の要望で店はどんどん進化していると池野は言う。
「気軽に来ていただいて、あんな売り場が欲しいとか、こんな売り場が欲しいと言われて、それを実現していく」
要望に応えて作った秘密の部屋をのぞくと、そこはフェイシャルエステ。「美肌再生コース」(60分)5400円と、専門のエステより割安だ。さらに歯に光を当てて汚れを取るホワイトニングも1回3240円。
そんな女性のオアシスだが、けっこう男性も利用している。「品揃えが多い、ヘルシーなものが揃っている、男性にとってもいいと思う」と言うのだ
進化し続けるウエルシア。池野のアイデアはまだまだ尽きない。
東京・浅草にこの春オープンしたウエルシア浅草まるごとにっぽん店は、さらに先を行っている。店内にはキッチンが。イートイン・スペースがあり、ウエルシアのオリジナル健康カレーを食べることができるのだ。
これには池野の深い狙いがあった。これから一人住まいが増えていく時代。食事までできる店があればお年寄りに喜ばれるのではないかと考えたのだ
「こういう店がこれからはもしかしたら大切なのではないかと思っていて、何店舗か作りながら、新しいドラッグストアの形が生まれてくる気がしています」(池野)
~村上龍の編集後記~
ドラッグストア業界は、まさに戦国時代を迎えている。かつて家電量販店がそうだったが、陣取り合戦のようにシェアを競う業界は、パワーとダイナミズムを持つ。
ただ、池野さんに「非情な武将」のイメージはなかった。「1店舗から、今は1800店舗に迫ってるんですよね」と聞いて、目が覚めるような答が返ってきた。
「1店舗も1800店舗も、同じなんです」
地域の特性を考慮し、初心を忘れないということだろう。
「M&Aでは、相手に、小さい方に合わせます」
ウエルシアの躍進を支えるのは、野心を越えたフェアネスだ。
<出演者略歴>
池野隆光(いけの・たかみつ)1943年、広島県生まれ。大阪経済大学経済学部卒業後、1965年、全薬工業入社。1971年、池野ドラッグ開業。2002年、鈴木孝之の会社に吸収合併、ウエルシアに。2013年、ウエルシアホールディングス会長就任。
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