はじめに
高齢化が着実に進み、高齢者の介護ニーズも高まりつつある。しかし、介護サービスを行う介護職員は、今後不足することが予想されている。2015年度時点で介護職員の数は、183万人となっている。厚生労働省が公表している介護人材の需給推計によると、2025年度には、253万人の需要見込みに対して、供給見込みは215万人あまりにとどまり、38万人の需給ギャップが生じるとされている(1)。
介護職員不足の対策の1つとして、経済連携協定(EPA)の枠組みや技能実習制度を活用して外国人を受け入れる取組みが進められている。しかし、これまでの育成人数は限定的なものにとどまっている(2)。今後、育成が進んだとしても、外国人の介護職員はいずれ本国に帰るものと想定され、恒久的な人員確保にはつながらない可能性がある。(以後、本稿では、外国人介護職員は検討対象としない。)
本稿では、介護人材不足の現状や、それを踏まえた対応についてみていくこととしたい。
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(1)「2025 年に向けた介護人材にかかる需給推計(確定値)について」(厚生労働省, 平成27年6月24日)より。
(2)2008年度に、EPAでの受け入れを開始。2017年度までにインドネシア、フィリピン、ベトナムの3ヵ国から、計3,529人を受け入れた(就労コースと就学コースの合計)。2011~17年度の介護福祉士国家試験で、累計719人の合格者が出ている。
介護の人材不足
最初に、介護の人材不足の現状を確認していこう。
◆労働市場では、介護人材不足が顕著になっている
まず、有効求人倍率を見てみよう。2017年は、介護関係職種は3.50倍と非常に高い数値になった。これは、全職種の1.35倍を大きく上回っている。求人数が増加する一方、求職数は減少している
◆訪問介護は、主として、非常勤の高齢女性層が担っている
介護には、大きく分けて、利用者の居宅でサービスを行う訪問介護と、介護施設で入居者にサービスを行う施設介護がある。介護職員の就業形態を見ていくと、施設介護は正規職員が多い。一方で、訪問介護は非正規の短時間労働者が中心、という特徴が浮かび上がる。
介護職員を男女別に見ると、女性の割合が高い。訪問介護では、女性割合は約9割にのぼる。訪問介護は、原則として介護者が一人でサービスを行う。一般に、サービス利用者が女性の場合、介護者も女性となる。このため、訪問介護員は女性が中心になっているものとみられる。
年齢別に見ると、施設介護は30、40歳代を中心に20歳代から50歳代にかけて幅広い年齢層に分布している。一方、訪問介護は、50、60歳代を中心に40歳代以上の割合が高く、年齢層が高い。
◆介護職員は、入職率も離職率も高い
次に、入職率と離職率(労働者数に対する1年間の入職者と離職者の割合)を見てみよう。介護職員は、産業全体に比べて入職率も離職率も高い状態が続いており、入れ替わりが激しいことがわかる。
◆介護職に対する志望は高まっていない
近年、介護福祉士養成施設の定員数は減少している。一方、学生数は定員数を上回る勢いで減少している。この結果、定員数に対する学生数の割合を示す定員充足率は低下を続けている。2017年度には45.7%、離職者訓練分を除くと37.4%にまで低下した。介護職の人気は高まっていないといえる。
介護職員の処遇とキャリアパス
介護人材不足の原因は何か。原因の1つとして挙げられるのが、介護職員の処遇が低いという点であろう。そして、もう1つの理由として、キャリア形成の幅が乏しいとの声もあがっている。
◆介護職員の賃金カーブはあまり上昇していかない
職員の処遇を給与面から見てみる。ホームヘルパーや福祉施設介護員は、他職種よりも給与が低い。
次に賃金カーブを見てみる。介護職員は年齢が進んでも、他職種のようには賃金が上昇していかない。ホームヘルパーや福祉施設介護員の年齢ごとの賃金カーブを見ると、ほぼ横這いで推移している。このため介護職員は、賃金の上昇を織り込んだ将来の生活設計がしづらいものと考えられる。
◆介護職員のキャリアパスは画一的で多様性に乏しい
通常、介護職員は、まず介護職員初任者研修を受ける。その後、国家資格である介護福祉士の資格を取得するというのが、資格面のキャリアアップとなる。
(1) 介護職員初任者研修
訪問介護を行う介護職は、介護職員初任者研修の修了が要件となる(3)。一方、施設介護の介護職員の場合は、この研修の修了前でも業務を行うことができる。
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(3)10科目について、130時間の講習を受ける研修。このうちスクーリングでの学習が89.5時間とされ、残り40.5時間は通信学習も可能とされている。研修の最後に、学習内容の習得度を評価する修了試験が行われ、合格することが必要となる。
(2) 介護福祉士
介護福祉士は、介護職の中核を担う国家資格。専門的な知識や技術をベースに、自ら介護を行うだけでなく、介護者への指導を行うこともある。有資格者以外でも介護業務を行うことは可能なため、業務独占の資格ではない(4)。このことが、介護福祉士の社会的評価を阻害する要素の1つとみられる。
介護福祉士の資格取得には、3つのルートがある。実務経験ルートは、介護職として3年以上の実務経験を積み、450時間の研修を受けて受験資格を得る。国家試験に合格すると、介護福祉士となる。養成施設ルートは、大学、短大、専門学校などの介護福祉士養成施設を卒業すると、5年間暫定的に介護福祉士資格が付与される。国家試験に合格すれば、その後も引き続き資格を保持できる(5)。福祉系高校ルートは、福祉系高校を卒業して受験資格を得る(6)。国家試験に合格すると、介護福祉士となる。
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(4)有資格者のみが介護福祉士を名乗ることができるため、名称独占の資格となる。
(5)試験の合格を資格取得要件とすべく見直しが図られたものの、過去3回施行が延長された。これは、介護人材の量的確保が困難になるとの懸念があったことによる。2022年度以降の養成施設卒業者から、試験の合格が資格取得要件となる予定。
(6)資格試験は、筆記試験の1次試験と、実技試験の2次試験からなる。筆記試験は、「人間と社会」「介護」「こころとからだのしくみ」「医療的ケア」の4つの領域と、それらを横断的に問う総合問題からなり、220分の試験時間で、多肢選択形式の125問の問題からなる。一方、実技試験は、実際の介護の現場で想定される介護のシチュエーションが提示される。制限時間5分以内で適切な介助を行う。試験内容は、「一部機能の麻痺がある要介護者を想定し、その人が望む体勢にすみやかに移動させる」「着替えなどの作業補助を行う」など。なお、実務経験ルート、養成施設ルートは、実技試験は免除される。
「まんじゅう型」から「富士山型」への介護人材の変革
これまでに見たとおり、一口に介護職員といっても、人材は性別・年齢・養成ルートなど幅広い。従って、目指すキャリアの内容も多様なものとなろう。例えば、養成施設等を卒業して間もない若手人材は、介護業務のマネジメントや、社会福祉・社会保障のスペシャリストとしてのキャリア形成を重視し、賃金カーブの引き上げを求めることが想定される。一方、高齢の介護職員は、処遇の改善や働きやすさ向上のための環境整備を望み、現業での働き甲斐を追求するケースが多いとみられる。
この点を踏まえると、現在のように介護人材のキャリアパスに多様性が乏しいことは、2つの点で問題となろう。1つは、専門性を高めようとする職員の意欲向上に応えられない点。もう1つは、処遇が低い上に、人材基盤として新卒者ばかりを念頭に置いているために、中高年齢者などの人材取り込みが図りにくい点である。
厚生労働省の審議会では、現状を、裾野が狭く専門性や機能分化に乏しい「まんじゅう型」と位置づけ、これを広い裾野で高度な専門性や機能分化を実現する「富士山型」へと構造転換する必要があるとしている。そのために、人材の層に応じたきめ細かな方策を講じることが必要としている。
介護の人材不足を解消するための取り組み
介護人材構造の転換に向けて、すでにいくつかの取組みが進められている。
◆介護報酬に、介護職員の処遇改善加算が導入されている
介護報酬において、キャリアパス要件や職場環境等要件の充足に応じて、介護職員処遇改善加算が行われている。この加算は2012年度に設けられ、2015年度、2017年度に拡充されてきた。
厚生労働省が行った2017年9月分の給与の調査によると、加算(Ⅰ)が適用された介護施設では、常勤介護職員の平均月給が対前年13,660円増加した。2017年度に新設された加算(I)では、加算(II)よりも加算額が上乗せされたことの効果が現れているものとみられ、処遇改善加算効果がうかがえる(7)。
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(7)なお、筆者の計算によると、加算(II)~(V) 適用の介護施設では、常勤の介護職員の平均月給が前年よりも6,907円増加している。このため、加算(I)の新設とは別に、ベースとなる処遇の改善も進んでいるものとみられる。
◆介護職を目指す学生には学資貸付が行われており、介護業務に5年間継続従事すると返済免除となる
厚生労働省は、介護福祉士等修学資金貸付制度を創設した。介護福祉士養成施設校に進学した学生について、入学準備金20万円まで。学費 ひと月あたり最高5万円。就職準備金20万円までを貸与する。貸付利子は、無利子。卒業後、貸付を受けた都道府県内で、介護業務に5年間継続して従事すると、その返済は免除される。
◆求職者を対象に職業訓練事業が行われている
2009年より、介護福祉士の資格取得を目指した職業訓練事業が実施されている。ハローワークを通じて求職者の教材費や訓練受講料を無料とし、介護福祉士養成施設校へ通わせる取り扱いとしている。
◆介護職離職者の届出制度が開始されている
2015年度に、介護福祉士の資格取得者で介護職に従事している人の割合は56%にとどまっている(8)。この割合は、近年、6割弱で推移している。2017年度からは、介護から離職している資格取得者等の届出制度(離職介護福祉士等届出制度)が開始された。これは「看護師等の届出制度」(2015年10月より開始)と類似した制度で、潜在資格保持者を把握して、再就職を促そうとするものである。
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(8)2015年度の介護福祉士登録者は1,398,315人、従事者は782,930人で、従事率は56.0%にとどまっている。「介護人材の確保対策と外国人介護人材に関する動向」榎本芳人(医療介護福祉政策研究フォーラム, 第46回月例社会保障研究会(2017年4月20日))より。
◆介護福祉士の上位資格が設けられている
介護職の専門性を高める取り組みとして、介護福祉士の上位資格として、「認定介護福祉士」が設けられている。2015年12月に一般社団法人 認定介護福祉士認証・認定機構が設立され、同機構が認証した研修を受講した人が資格を得る。資格取得には、600時間の研修の受講が必要であり、そのための時間確保が簡単ではないとの声が聞かれる。公益社団法人 日本介護福祉士会が2014年に公表した認定介護福祉士に関する報告書(9)では、「2025年には、介護福祉士の2~3%が認定介護福祉士になると想定する」とされている。2017年12月までに、28名が認定介護福祉士の資格を取得している。これは、162万人あまり(10)の介護福祉士資格保持者の0.0017%に相当するのみとなっている。
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(9)質の高い介護サービスの提供力、医療連係能力等を持つ介護福祉士(認定介護福祉士)の養成・技能認定等に関する調査研究事業報告書」(公益社団法人 日本介護福祉士会, 平成26年3月)より。
(10)2018年2月末登録者155.4万人と2018年3月合格者6.6万人の合計。
おわりに (私見)
現状では、介護のニーズは高まっている一方、介護の担い手は増えていない。団塊の世代(1947~49年生まれ)がすべて75歳以上となる2025年に向けて、介護のニーズはさらに高まるとみられる。介護人材の需給が逼迫すれば、必要な介護ケアが行えない事態も生じかねない。
介護職について、賃金カーブを含めた処遇の改善を図るとともに、社会的な評価の向上が求められる。広い裾野から介護人材を取り込むとともに、高度な専門性や機能分化を実現するために、「まんじゅう型」から「富士山型」への構造転換は不可欠といえるだろう。その具体策の進展に期待したい。
年齢層、介護の得意分野、これまでの業務経験、目標や働き甲斐などの面で、多様な介護人材の活躍に向けて、介護職制度の整備が求められよう。今後も、その動向に注目していくこととしたい。
篠原拓也(しのはら たくや)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任
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