現場の最前線で日夜働くビジネスマン。その中でも、「会計は苦手……」という人は少なくない。しかし、そもそも会計とは「ビジネスにおけるコミュニケーション」を円滑にするためのツールの1つ。将来、経営者を目指す人にとって、必要不可欠の知識である。

そこで今回は、グロービス経営大学院准教授の溝口聖規氏が、会計の基本的な考え方から財務諸表の読み解き方にいたるまで1冊にまとめた新著『[ポケットMBA]財務諸表分析』の中から、「はじめて会計を勉強する人の心構え」について解説した文章を一部抜粋して紹介する。

財務3表
(画像=The 21 online)

会計とは、日々の活動を数字で表したもの

はじめは、いきなり難しい会計の話に入らずに、身近な例としてある青年の日常生活を使って会計をとらえてみたいと思います。大学を卒業して大手家電メーカーに就職が決まったA君。これから自分も社会人か、と期待に胸を膨らませています。彼の3月下旬からの1カ月の行動を追いかけてみましょう。

〈3月25 日〉

大学の卒業式。卒業祝いとして両親・祖父母から15万円を得ました。

〈3月27日〉

学生時代に乗っていた自動車を中古車業者に売却し、同時に全額オートローンを組んで250万円の新車を購入しました。ローンは5年払い(全60回・2万5000円/月・10万円/ボーナス・初回支払いは5月10日)としました。

〈3月31日〉

大手家電量販店で家電製品を計10万円分購入し、クレジットカードで支払いました(1回払い・5月10日引き落とし)。また、身の回りの日用品を合計5万円購入しました(現金支払)。

〈4月1日〉

入社式。前日に会社所有の従業員寮に入寮しました(寮費4万円/月・給与から天引き)。

〈4月15日〉

気がつくと手元に現金が3万円しかありません。給料日まで心もとないので父親に支援を求めることにしました。父親は「出世払い」との名目でしぶしぶ10万円を援助してくれました。

〈4月25日〉

初給料。手取りは15万円。思ったよりも少ない額でしたが、「自分への投資」との思いで、最新式のパソコンを25万円で購入することを検討しています。その時ふと、A君は東京に親戚のおじさんがいることを思い出しました。「これまであまり近い付き合いはなかったけれど、この際だ。親戚のおじさんを頼ってみよう」と、資金援助を頼むことにしました。

さて、みなさんがA君の親戚のおじさんだとしたら、この依頼に対してどのように対応しますか。おカネは大切なものです。他人におカネを貸す場合に気になることは何ですか。何といっても、貸したおカネが(利息とともに)きちんと返済されるかどうかだと思います。

おカネを貸す前にA君に確認しておくべき具体的な点としては、現在の収入、借金、おカネの使い方、毎月いくら使っていくら残るのか、返済する際の計画、などが考えられます。一般に、おカネの返済の仕方(返済するおカネをどのように調達するか)には2通りあります。1つは、毎月、毎年の収入、稼ぎ(フロー)から返済する方法です。もう1つは、所有する土地や建物などの資産(ストック)を売却するなどして返済する方法です。

A君の例では、毎月の給料や生活費が「フロー」に当たり、車やローンは「ストック」に当たります。A君はいくらかストックを持っているとはいえ、これを売って返済に充てるというのはあまり現実的ではありません。やはり返済の裏付けとしては、毎月の収入や費用の情報が気になるのではないかと思います。

また、今回借りるおカネの使い道はどうでしょうか。銀行から融資を受ける際もおカネの使い道(使途)は問われます。これは、興味本位で聞いているのではありません。仮に、今回の融資が将来のための自己投資、たとえば、ビジネススクールに通うなり業務に必要な資格取得なりのために費やされるとしたらどうでしょう。この場合、A君のスキルアップにつながり、社内での評価も上がる可能性が高まるでしょう。結果として昇格、昇給、つまりは収入が増えて融資したお金が返済される可能性も高まります。

一方、遊興費に使われるとしたらどうでしょうか。この場合、いわずもがなですが、融資したおカネが返済されないリスクが高まります。つまり、使い方、使途について聞くことも、究極的にはA君のフローとストックが増加するか減少するかを聞いていることになります。

このように、個人の日常生活も会計で表現することができます。アカウンティング、簿記、会計というと会社で必要になるものであり、個人には関係がないと思われがちですが、意外と個人の生活にも関係する身近なものだという感覚を持っていただければと思います。

事業を「定量化」するメリットとは?

4次は、みなさんが経営者だとしましょう。「事業はうまくいっていますか」と聞かれたら、どう答えますか。そもそも、何をもってうまくいっているとするか、という定義について議論の余地はありますが、ここでは利益が出ている(儲かっている)かどうかを基準とします。

人によっては大して儲かっていなくても「儲かっている」と答えるでしょうし、かなり儲かっていても「まだまだ儲かっているとはいえません」と答える、控えめな経営者もいるかもしれません。つまり、答える側の主観によって回答が変わります。世間話ではそれでもよいのですが、会社に出資している株主や融資をしている金融機関が相手であると、そうはいきません。主観によらず客観的にいくら儲けたのか、利益を出したのかを定量的に示す必要があります。

会計には、会社(経営者)とおカネを介して、利害が対立する立場の人々との利害調整に役立つという機能があります。会社には、さまざまな立場で会社と関係を持つ人たちがいます。株主、金融機関、取引先、従業員などです。このような会社と利害関係を持つ人たちを総称してステークホルダーといいます。昨今では、企業のCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)という言葉が定着・浸透し、具体的な取り組みも盛んになっていることから、社会全般もステークホルダーとなってきています。

経営者は、これらのステークホルダーに対して、預かったおカネ、融資されたおカネをどのように活用し、いくら増やしたかを定期的に報告する責任があります。これを経営者のアカウンタビリティ(説明責任)といいます。外部のステークホルダーは、会社の財政状態を適切に判断するだけの情報を常に入手できるとは限りません(実際には、十分な情報を入手するのは難しい場合が多い)。そこで、経営者が会計を通じてアカウンタビリティを果たすことで初めて、外部のステークホルダーは会社の業績や財政状態を適切に把握することができ、その結果、会社との関係を継続するか、あるいは解消するかといった意思決定をすることができるのです。

「財務3表」をざっくり理解してみよう

会社がステークホルダーに業績や財政状態を発表するための様式は、きちんと決まっています。それが「財務諸表」です。財務諸表には、貸借対照表、損益計算書、キャッシュ・フロー計算書、株主資本等変動計算書が含まれますが、ここでは、一般的に財務3表といわれて、とくに注目される度合の大きい、貸借対照表、損益計算書、キャッシュ・フロー計算書の3つを取り上げます。まずは、この3つの財務諸表がそれぞれ何を表すのかざっくりと理解しましょう。

1.貸借対照表(Balance Sheet:B/S)

一定時点(例:決算日)でいくらの資産を保有しているか、持ち高を表す資料です。

注意したいのは、この場合、資産には借金などのマイナスの資産(負債)も含まれるということです。たとえば、100の家屋(資産)と50の住宅ローン(負債)を保有する場合は、差し引きで50の正味の資産を保有していることになります。

2.損益計算書(Profit and Loss Statement:P/L)

一定期間(例:1年間)でいくら儲かったかを表す資料です。

3.キャッシュ・フロー計算書(Statement of Cash Flow)

一定期間(例:1年間)でどのようにおカネを増減させたかを表す資料です。

損益計算書とキャッシュ・フロー計算書とは、いずれも一定期間のフローを表すという点で似ています。財務諸表と聞くと、何やら難解なことを表しているように感じるかもしれませんが、要するに、一定時点の資産持ち高と一定期間の儲けとおカネの増減額です。実は財務諸表が表す意味は至ってシンプルなのです。(『The 21 online』2018年02月23日 公開)

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