決算書は、車の「バックミラー」に過ぎない!

数値化仕事術,三木雄信
(画像=The 21 online)

現在の日本を代表する経営者であるソフトバンク社長・孫正義氏。同社社長室長を務め、その無茶ぶりに応えてきた三木雄信氏は、孫氏から「数字を使うスキル」をたたき込まれてきた。そのノウハウを記した『孫社長にたたきこまれた すごい「数値化」仕事術』(PHP研究所)は5万部のベストセラーになっている。いわく、「これからの数字のスキルに、決算書はあまり重要ではない」とのこと。どういうことなのだろうか。(取材・構成=村上敬)

「数字=決算書」の時代は終わった!

ビジネスに必要な数字力というと、「決算書」を読む力を思い浮かべる人が多いかもしれません。たしかに決算書が読めないより読めたほうがいい。しかし、ソフトバンクの孫社長は「決算書はバックミラー」と言って、意思決定上あまり重視していませんでした。決算書には、過去にやったことが反映されます。それを見て経営するのはバックミラーを見て運転するようなもので、役に立たないどころか危険というわけです。

かつての日本なら、決算書重視の経営でも問題ありませんでした。時代の変化が少なく、整備された一本道を運転するようなものだったからです。

しかし、いまは変化が急です。道は複雑で、いきなり人が飛び出してくることもあります。そうした時代に一年単位でハンドルを切るのでは遅すぎる。少なくても三カ月単位で方向を見直していく必要があります。

ならばクオータリーの決算を見ればいいのかというと、それも違います。方向を変えて実行に移すのに、少なくとも三カ月はかかります。たとえば広告キャンペーンを見直すとして、企画から実行に移すまで最速でも三カ月。ハンドルを実際に切ったときには、もう次の時期が来て状況が変わっています。

大切なのは、バックミラーではなくフロントガラスを見て運転すること。つまり「今起きていること」を数字としてリアルタイムに把握することで、事故を減らせるのです。

中間成果物の数をリアルタイムで把握せよ

では、リアルタイムに把握すべき数字とは何か。ひと言でいえば、中間成果物の数字です。たとえば、自動車を作る工場のラインを思い浮かべてください。最終的に完成する前に、ボディを成型したもの、ハンドルを取りつけたものなど、中間成果物としてカウントできるものがあるはずです。これらの数を把握しておけば、完成する前に最終商品の数を予測できます。たとえば月末に二百台を出荷しなければいけないとして、それを完成させるにはいつから取りかかり、どのくらいのペースで進めれば良いのかが予測できるはずです。

ホワイトカラーの仕事は工場ほどプロセスの区切りが明確ではありませんが、中間成果物に相当するものは必ず存在します。たとえば営業で言えば、最終的な成果物が「契約成立」だとすれば、「テレアポの成功」「見積もりの依頼」などが中間成果物と言えるでしょう。それらを数値化して把握して未来を予測して、そこから逆算して今必要な施策を実行していくのです。

数値化する意味は、未来を予測して先手を打つこと以外にもあります。効果的な施策を見極めて横に展開するためです。

上から押しつけられた数字が現場を混乱させる

数字は全社でまとめるのではなく、部門別、事業所別、個人別など、できるだけ細分化して行ないます。それらの中で良い数字が出ている現場があれば、うまくいっている要因を分析して全社に広げていきます。

注意したいのは、評価や目標管理のためだけに数字を押しつけてはいけないということです。営業マン個人に予算を割り振り、その達成度で社員を評価している会社は多いと思います。しかし、上から押しつける目標管理は、現場を疲弊させるだけ。それどころか、目標を達成しようとするあまり数字が独り歩きして、本末転倒なことが起きかねません。

私の失敗談をお話ししましょう。ソフトバンク時代、私はコールセンターを含めたオペレーションの責任者をしていました。コールセンターではお客様からの電話一コールにつき平均八分三十秒の時間がかかっていました。時間が長いとコストがかかるし、お客様の満足度も下がります。そこで孫社長は「一分短縮しよう」と方針を示しました。私は各プロセスの責任者を集めて、「七分三十秒にしろ」と指示。その結果、二カ月後に現場から達成できたと報告がありました。

しかし、これが大失敗。時間は短くなったのに、逆にお客様満足度が下がったのです。驚いて調べてみると、現場のオペレーターは一分短縮するために早口で話すようになり、中には七分三十秒で強引に電話を切ってしまうケースもありました。これではお客様が不満を抱くのもあたりまえです。

このようなことが起きたのは、私や現場責任者などの中間管理職が、現場のオペレーターに目標数字を丸投げしたからでした。上から数字が降ってくると、現場はとにかくその数字を追いかけざるを得ません。そのため本来の目的から外れたやり方で対応してしまったわけです。これは間違った数字の使い方です。

数値化で、すべきことの優先順位を見極める

数値化は現場からのボトムアップで効果を発揮します。ただ、現場が自主的に改善策を提案してくると期待するのは無責任です。鍵を握るのは中間管理職。現場の数字を見て、具体的な方法論を導き出すのは中間管理職の役目です。

先ほどのケースなら、中間管理職が自ら現場にヒアリングを行い、対応時間が長くなっている要因を数値化して探り出すべきです。ただ、オペレーター数人に聞いても意味はありません。そのオペレーターが大きな問題だと感じているものがあっても、それは個人的な経験であって全体から見れば小さな問題である可能性があります。

重要な問題を見極めるには、なるべく多くの人からヒアリングして集計・分類することが大切です。分類の結果、Aという問題が30%、Bという問題が10%だったなら、Aから対応していけばいい。

実際には、さらに費用対効果の視点を加えて判断します。もしAのほうが問題でも、その解決に膨大なコストがかかり、効果も限定的だったとしたら、Bを先にやったほうがいいかもしれない。そうやって優先順位を見極めるために数字を使うのです。

実際に私がコールセンターでヒアリングしたところ、回答が多く、コストをかけずにできるのは「お客様の本人確認のための質問を減らすこと」でした。これは法務に問い合わせてOKが出たのですぐ変更しました。

また、「モデムの状況確認に時間がかかる」という声も多かったのですが、これはシステム投資をすることでお客様に聞かなくてもモデムの状況をコールセンター側で把握できるようになります。そこで、上に費用対効果を示してゴーサインをもらいました。このように、数字は上を説得する武器にもなります。膨大な投資が必要な改善策も、「この投資で三億円の経費削減効果があり、2年で投資額を回収できる」と客観的に示せば、稟議が通りやすくなるでしょう。

こうした施策の結果、早口でまくしたてなくても、対応時間を七分三十秒にすることができたのです。

上から降ってきた数字をそのまま下に押しつけるのは、中間管理職として失格です。現場の数字を使って、自然に目標が達成できる仕組みを考える。それが中間管理職に求められる役割です。

数字の「断崖」を探せば問題点が見えてくる

では、ビジネスマンは現場の数字をどのように把握して分析すればいいのか。具体的な技術をいくつか伝授しましょう。

まずやってほしいのは、意識して「プロセスごとに数える」こと。先ほどお話しした通り、どんな仕事にも「材料(インプット)」と「成果物(アウトプット)」のあいだにはいくつものプロセスが存在します。しかし、プロセスを見ずにインプットとアウトプットの数字だけを比較して、問題点を見失っていることが多いのです。

たとえば営業で、見込み客リスト(=インプット)が100人、テレアポでアポがとれたのが20人、契約できたのが十人(=アウトプット)だったとします。ここで、インプットの百人とアウトプットの10人を比較するだけでは、途中のプロセスのどこを改善すればアウトプットを高めることができるかわかりませんが、それぞれのプロセスごとに数字を比較すれば見えてきます。最初のプロセスは×0.2で、次のプロセスは×0.5。差が大きい、言わば「断崖」になっているのは最初のプロセスなので、このプロセスの改善余地が大きいと判断できます。それがわかれば、電話前に見込み客の情報を調べて、客にあったキャンペーン情報を提供するなどの改善策を展開できます。

試行錯誤して限界までそのプロセスを改善したら、次に大きい断崖を見直します。見直し方がわからなければ、「契約」を「商談」、「見積もり」、「契約」というように、プロセスをさらに細分化します。その中で差が大きいものから見直しをします。この繰り返しで、断崖をなるべくなだらかな階段にしていってください。

「フォース」で数字を予測せよ!

最後に、数字力を高めるための訓練法をご紹介しましょう。

孫社長はいつも「フォースで数字がわかるようになれ」と言っていました。フォースとは、「スター・ウォーズ」に出てくるジェダイの騎士が使う特殊能力のこと。本気でフォースを使えといっているわけではありません。孫社長が言いたかったのは、計算する前にまず予想して、数字についての勘を磨けということ。その勘どころのことをフォースと呼んでいたのです。

たとえば数学で図形の面積を求める問題があったとします。このときいきなり問題を解くのではなく、まずは図の大きさから「だいたい20平方センチメートルくらい」とあたりをつけます。予測した後に実際に計算して100平方センチメートルになったら、式や計算が間違っている可能性が高いと気づくことができます。

もちろん最初の予測が的外れなこともあるので、検証は必要です。しかし、最初にあたりをつけることで勘が養われます。

三木雄信(みき・たけのぶ)トライオン〔株〕代表取締役社長
1972年、福岡県生まれ。東京大学経済学部卒業。三菱地所㈱を経て、ソフトバンク㈱に入社。27歳で同社社長室長に就任。孫正義氏の下で「Yahoo!BB事業」など担当する。 英会話は大の苦手だったが、ソフトバンク入社後に猛勉強。仕事に必要な英語だけを集中的に学習する独自のやり方で「通訳なしで交渉ができるレベル」の英語をわずか1年でマスター。2006年にはジャパン・フラッグシップ・プロジェクト㈱を設立し、同社代表取締役社長に就任。同年、子会社のトライオン㈱を設立し、2013年に英会話スクール事業に進出。2015年にはコーチング英会話『TORAIZ(トライズ)』を開始し、日本の英語教育を抜本的に変えていくことを目指している。2017年1月には、『海外経験ゼロでも仕事が忙しくでも 英語は1年でマスターできる』(PHPビジネス新書)を上梓。近著に『孫社長にたたきこまれた すごい「数値化」仕事術』(PHP研究所)がある。(『The 21 online』2018年3月号より)

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