毎月勤労統計では、2018 年6月の現金給与が速報ベースで、前年比3.6%と高い伸びになった。ここにはサンプル要因があるが、そのバイアスを除いても前年比1.7%と高い。また、ここには2019 年4月からの時間外労働の規制も微妙に影響しているとみられる。

21 年ぶりの高い伸び

 厚生労働省が8月7日に発表した毎月勤労統計では、2018 年6月(速報)の賃金が前年比3.6%に上昇した。21 年ぶりの高い伸び率だという。この上昇率には驚く。少し立ち止まって考えると、このデータは6月だ。ボーナスの支給が押し上げているのだと察しがつく。

 特に伸びているのは、パートを除く一般労働者の現金給与である。前年比の伸びは、4月0.6%、5月2.1%、6月3.3%である。1~6月までを均すと、平均1.8%になる。それでも、2017 年平均0.5%よりはずっと高い。業種では、卸売・小売業が2018 年6月10.7%、製造業が同4.2%と高い(就業形態計)。卸小売は人手不足だから従業員のつなぎ止めに賃金を多めに配分したことがわかる。製造業でも、春闘でベースアップをしない代わりに賞与で還元したと言われた。

サンプル要因のバイアス

 さあ、これで賃金は上昇ペースを上げると考えてよいのだろうか。今回の上昇にはサンプル要因という事情が挙げられる。この統計も企業の全数調査ではなく、サンプル調査である。調査先が一年前と今年では違っているので、今回はたまたま増加した可能性がある。毎月勤労統計では、6月分は「変動が大きくなっています。賞与や賃金の動向については、7月分以降の結果も併せてみる必要があります」と注釈がある。

 毎月勤労統計は、2018 年1月分から2015 年基準に指数改訂された。従来は2010 年基準だった。調査事業所も、この2018 年1月から部分入替え方式を導入している。そうしたサンプル要因がデータの伸びを嵩上げしていると考えられる。

驚きの賃金上昇を確認する
(画像=第一生命経済研究所)

 「毎月勤労統計」では、サンプル要因の変化を取り除いてみるために、以前と同じ「共通事業所」のデータを掲載している。そのデータでは、2018 年6月は前年比1.7%となっている。3.6%ほどは高くないが、1.7%でも高い数字である(図表)。確かに、ボーナスの増加によって賃金が増えている現象は、特殊要因だけでなく、実際に起きているようだ。しかも、この傾向はパートよりも正社員でより鮮明である

働き方改革の影響?

 筆者は、賃金上昇自体は本当のことだと考えるが、もう一つ別の要因があってボーナスが増えている可能性があるとみている。別要因とは、時間外労働の上限に対する規制である。大企業(中小企業以外)は2019 年4月から、月100 時間を単月で超えてはいけないルールとなる。働き方改革の一環である。  働き方改革の趣旨は、生産性を上昇させて、労働時間を必要な範囲内に抑えていこうということであろう。そうなると、労働時間が減って賃金も減ってもらっては困る。生産性が上がる分だけ賃金が上がってこないと、「働き方改革をすると総賃金は下がる」という変なことになる。だから、企業は時間外労働が減って成果の分配が残業代によって行われなくなる分を、ボーナスの増加に回す。これは仮説に過ぎないが、2019 年4月からの時間外規制は微妙に賃上げに影響を与える可能性は否定できない。

 一方、規制は、2019 年4月からだが、すでに一部の企業は残業削減を行っている。データの上でも、共通事業所ベースでの所定外労働時間は、2018 年1~6月までで前年比▲0.5%と減少している。この変化は、残業代がボーナスに回るだけで雇用者の総賃金は変わらないということだが、賃金は意外にフレキシブルに成果を分配するようになったとみることもできる。

 また、今回、従来までと異なる変化がいくつかあったことも注目される。就業形態計の賃金が、その内訳の一般労働者とパート労働者の伸び率を上回っている。これは、パート比率の低下のせいである。パート比率は前年比▲0.43%ポイント低下している。賃金水準の高い一般労働者が増加したことで、全体平均の伸び率がより高まったことによる。従来、パート比率の上昇で全体平均が低下し続けてきたのと逆の動きである。一連の変化をみると、いよいよ賃上げが進むことに向けた胎動が感じられる。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生