要旨
● 総務省の統計によれば、携帯通信料の価格は低下傾向にあるものの、携帯通信料が家計支出に占める割合が拡大している。
● 消費支出に占める移動通信通話使用料の割合は世帯主の年齢階層が若いほど高く、18歳未満人員比率の比較的高い年収450~1000万円世帯で移動通信通話料金割合が平均を上回る。移動通信通話料金が引き下げられれば、若年層や子育て世帯への恩恵がより大きくなるが、移動通信端末の利用率が低い高齢者層への恩恵が少ない。
● 仮に移動通信通話料金が4割安くなると、国民一人当たり2万円強の負担軽減につながるため、家計全体では2.6兆円程度の負担軽減になることが示唆される。
● 世帯主の年齢階層別の負担軽減額は、世帯主の年齢が50代以下の世帯では6万円/年を上回るも、世帯主が60代以上世帯になるとその額が5万円を大きく下回る。同様に、世帯主の年収階層別では、年収が650万円以上の世帯では6万円/年以上となるも、年収200万円未満ではその額が2万円を下回ることになる。
● 一方、次回の消費税率2%引き上げは家計全体で2.2兆円程度の負担にとどまると試算されている。そこで、世帯主の年齢階層別の消費増税負担額と携帯4割負担軽減額を比較すると、世帯主の年齢が50 代以下の世帯では携帯4割負担軽減額が消費増税負担を上回るも、世帯主が60代以上になると消費増税負担額が上回る。また世帯の年収階層別では、年収が350万円以上~1250万円未満の世帯では携帯4割負担軽減額が消費増税負担を上回るも、年収350万円未満と1250万円以上世帯では消費増税負担額が上回ることになる。
● しかし、一律的な値下げとなると、家計部門への直接的な恩恵はあるが、通信会社の売り上げは値下げ分減少することが想定される。携帯料金引き下げ策は、家計支援策として議論を進めるというよりも、移動通信事業者の競争環境の整備を通じて、いかに料金引き下げを図るかという観点で議論を進めるべきものと考えられる。
はじめに
8月21日に札幌市内で開かれた講演で、菅官房長官が日本の大手携帯事業者には競争が働いていないと指摘し、携帯電話の料金は今より4割程度下げる余地があると述べた。実際、総務省の統計によれば、携帯通信料の価格は低下傾向にあるものの、携帯通信料が家計支出に占める割合が拡大していることがわかる。
そこで本稿では、携帯通信料の引き下げが家計にどのような影響を及ぼすかについて分析する。
若年層や子育て世帯には恩恵大
まず、移動通信端末は生活必需性が高まっているため、これが引き下げられれば低所得世帯により恩恵が及ぶ可能性がある。また一方で、移動通信端末は若年層の使用頻度が高いことが予想されるため、相対的に若年層の負担軽減効果が高い可能性がある。
実際、総務省の家計調査を用いて、二人以上の世帯主の年齢階層別と年収階層別に分け、2017 年の消費支出に占める移動通信通話使用料の割合を算出した。結果は当然のことながら、世帯主の年齢階層が若いほど移動電話通信料の割合が高く、料金引き下げの恩恵を受けやすいということになる。また、年収階層別でみると、18 歳未満人員割合の比較的高い年収450~1000 万円で移動通信通話料金割合が平均を上回る。なお、地域別に比較すると、特に地域の違いによって大きな差は見受けられなかった。
従って、移動通信通話料金が引き下げられれば、全国まんべんなく若年層や子育て世帯への恩恵がより大きくなる可能性が高い。 しかし、移動通信通話引き下げだと、移動通信端末の利用率が低い高齢者層への恩恵が少ないという特徴もある。実際に、世帯主の年齢階層別の移動通信通話料金比率をみると、70 代の利用率は20 代の三分の一以下となり、おそらく年収階層別の年収300 万円未満の利用率が低くなっているのも、労働市場から退出して年金収入を頼りに生活している高齢層世帯が含まれていることが影響しているものと推察される。
料金4割引き下げで国民一人当たり2万円以上の負担軽減だが…
一方、2017 年度の家計消費状況調査を用いた試算では、移動通信端末を使用していない人も含めると、一人当たり年平均52,371 円を移動通信通話料に費やしていることになる。これは、仮に移動通信通話料金が4割安くなると国民一人当たり20,948 円の負担軽減につながるため、家計全体では2.6 兆円以上の負担軽減になることを示唆している。
また、2017 年平均の総務省家計調査を用いて世帯主の年齢階層別の負担軽減額を算出すると、世帯主の年齢が50 代以下の世帯では6万円/年を上回るも、世帯主が60 代以降になるとその額が5万円を大きく下回る。同様に、世帯主の年収階層別では、年収が650 万円以上の世帯では6万円/年を上回るものの、年収200 万円未満ではその額が2万円を下回ることになる。
負担軽減額自体は次回の消費増税負担額を上回る
一方、今回の菅官房長官の発言内容については、2019 年10 月の消費増税を前に家計の負担を減らすことができる分野としてモバイル料金がターゲットになったと指摘する向きもある。
そこで、次回の消費増税の負担額を試算すると、前回の四分の一程度になると試算される。参考のために97 年度と2014 年度、それから次回2019 年10 月に2%ポイント引き上げた場合のそれぞれについてマクロの負担額を見ると、97 年度は消費税率の引上げ幅自体は2%で、負担増は5兆円程度と限定的であった。しかし、特別減税の廃止や年金医療保険改革等の負担が重なり、結果的には8兆円以上の大きな負担となった。更に、景気対策がない中で同年6月にアジア通貨危機が起こり、同年11月に金融システム不安が生じたため、景気は腰折れをしてしまった。
確かに、97年度は消費増税以外の負担増もあったため、消費増税の影響だけで景気が腰折れしたとは判断できない。しかし、前回の消費税率3%引き上げは、それだけで8兆円以上の負担増になり、家計にも相当大きな負担がのしかかった。
次回の消費増税の負担額は、日銀の試算によれば、2019 年10月から軽減税率を導入せずに消費税率が10%に引き上げられると、最終的に税収が5.6 兆円増えることになる。これは、一方で酒類・外食を除く食料を軽減税率の対象品目とした場合の必要な財源が1兆円、教育無償化に伴う必要な財源が1.4兆円となることなどから、家計全体では2.2兆円程度の負担にとどまることを示唆している。つまり、単純に携帯電話の料金が4割下がれば、次回の消費税率引き上げの負担を相殺して余りある負担軽減と試算される。
年代別に異なる恩恵
また、2017年の総務省『家計調査』を用いて、具体的に次回消費税率引き上げが平均的家計に及ぼす負担額を試算すれば、年間約4.4万円の負担増となる。そこで、世帯主の年齢階層別の消費税率負担増と携帯4割値下げの軽減額を比較すると、世帯主の年齢が20~50代の二人以上世帯では携帯料金の負担軽減が消費税率負担増額を上回るも、世帯主が60 代以上の二人以上世帯になると、消費税率の負担額が携帯の負担軽減額を上回る。同様に、世帯の年収階層別では、年収が350万円未満と1250 万円以上の二人以上世帯では消費増税負担額が携帯4割負担軽減額を上回るも、年収350万円以上1250万円未満の二人以上世帯ではその携帯4割の負担軽減額が消費増税負担額を上回ることになる。
しかし、一律的な値下げとなると、家計部門への直接的な恩恵はあるが、通信会社の売り上げは値下げ分減少することが想定されるので、その分の悪影響も考慮しなければならない。
携帯料金引き下げ策は、家計支援策として議論を進めるというよりも、移動通信事業者の競争環境の整備を通じて、いかに料金引き下げを図るかという観点で議論を進めるべきものと考えられる。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利