米中貿易戦争では、米国が減税で景気下支えをしながら関税率引き上げを試みている。米中とも貿易取引が減って物価上昇圧力が高まる。物価上昇圧力が高まるからFRBは利上げを進め、ドル高になる。それをトランプ大統領は批判し始めた。矛盾である。対する中国も分が悪い。今後、景気対策を必要とするかもしれないが、総需要対策では過剰債務問題を先送りさせるだけで、将来の反動を溜め込むことになりそうだ。

減税政策は痛み止め

 米国と中国との貿易戦争はさらにこじれてきている。私たちを最も心配させているのは報復関税の応酬である。7 月5 日に表明した金額を累計すると、中国製品に対して5,500 億ドルにも達する。この金額は、2017 年の対中輸入額5,056 億ドルを上回っている。中国からの輸入額すべてに追加関税をかけるつもりである。

 中国側も、米国の関税適用に反撃して同規模の報復関税をかけているが、米国からの輸入額は1,299 億ドルと小さく、早晩、同額の報復関税では、追いつかなくなるのは明らかだ。次なる報復として、対中投資などに何らかのペナルティをかけるのかが警戒される。中国は人民元が下落するのを容認しているようにもみえる。これは危ない橋を渡っているように思えるが、どこまで意図的にやっているのだろうか。

 米国経済にとって関税率の引き上げは、物価上昇リスクとなる。FRBは、輸入物価の上昇に対して予想よりも利上げを追加するかもしれない。その引き締め効果が景気に思いのほかマイナス作用を及ぼすことが気になる。物価上昇+金利上昇+景気悪化という帰結が心配される。

 一方、景気は強いという見方は根強い。ひとつの根拠は減税政策である。2018 年1 月から法人税率を引き下げ、所得税も減税された。今のところ、米経済にはこちらの好影響が大きい。トランプ大統領は、関税率を引き上げる手前で、減税によって家計などの購買力をサポートすることを怠りなく実施している。トランプ大統領は、やや確信犯的に保護主義的政策を強くアピールしている。トランプ大統領は、減税によって景気が悪化することが起こらないと考えて、米中間の報復関税の応酬に挑んでいるのだ。

ポリシーミックスがもたらすドル高

 さて、こうした一連のトランプ政策を総合的にどう捉えるべきだろうか。まず、米経済は完全雇用のなかで大減税を実施しているから、普通に考えて国内で需要超過が起こる。教科書的に考えると、①物価上昇圧力と、②輸入拡大(貿易赤字拡大)である。後者は、国内供給力が完全雇用下でフル生産であるとき、国内需要(アブソープション、吸収)が膨らむと、海外製品が供給不足を補うという考え方である。

 ②の輸入拡大の作用を念頭に置くと、そこに関税率の引き上げを加えることは国内需要が海外に逃げるのを防止する役割を持つ。その副作用として、より①の物価上昇圧力を高めるというのが、減税+関税率引上げのポリシーミックスの効果となる。

 それに対して、FRBが物価上昇が加速するのをみて追加利上げを行うとどうなるか。遂にトランプ大統領はFRBを批判し始めた。それでも、多くの人は、2019 年末から2020 年初にかけて利上げの打ち止めを予想している。これはFOMCの見通しに沿ったものだろうが、減税+関税率引上げが予想以上に物価上昇を後押しすると、どうなるかは読めない。FRBは、トランプ大統領と対立してでも利上げを追加することが十分にあり得る。

 このシナリオが、利上げによる物価上昇圧力の抑制をもたらすとすると、金利上昇+成長抑制という組み合わせとなる。このときは、ドル高が進むだろう。

 減税+関税引き上げによる作用が、金利上昇+ドル高だというのは、私たちエコノミストにとっては当然の帰結にみえる。どうやらトランプ大統領自身はそれに不満らしい。7 月19・20 日と続けてFRBの利上げとドル高に不満を漏らした。金融政策批判は極めて異例である。こうした発言は、一時的には為替相場にドル安圧力となっても、継続的には効果を及ぼせないと考える。

中国にとってトランプ政策はタイミングが悪い

 米国と同額の報復関税をかけ合っている中国にとって、そのストレスは米国以上に厳しいはずだ。米国は巨大な減税政策という栄養剤を飲みながら、関税率の引き上げという劇薬に耐えようとしている。まさしく掟破りのポリシーミックスである。

 中国も、米国の減税と同じような景気対策を打たなければ、貿易戦争に耐え抜くことはできないという考え方もできる。インフラ投資を積み増し、金融緩和に転じることがあり得るのか。リーマンショック後の4兆元の超大型景気対策のことが思い出される。

 2018 年に入ると、中国政府がインフラ投資の抑制を鮮明にしてきた結果、1999 年ぶりの低い伸び率までインフラ投資は鈍化した。中国政府は、今のところインフラ投資の抑制を続けているが、これを積極財政へと転換して、てこ入れに動くという観測は強い。中国人民銀行も、過剰債務企業に対する引き締めを緩和していくという見方がある。こうした動きは、貿易戦争によって、中国の政策もまた泥沼化してきていると理解できる。

 もっとも、総需要対策を打っても貿易戦争のダメージを受ける製造業の競争力強化にはつながりにくい。むしろ、内需型企業が抱える過剰債務の処理を遅らせるなどの弊害が気になる。2017 年はゾンビ企業を整理して、正常化を進めると唱えたばかりなのに、その逆のことを始めようとしている。折からの人件費高騰に油を注ぎ、結果的に、製造業の競争力にマイナスの効果がもたらされるだろう。

 中国政府は、これまで多少成長率が鈍化したとしても成長の質的向上を目指すとしてきた。「中国製造2025」は、ハイテク分野としてIT、ロボット、航空宇宙といった産業の国際的シェア拡大を狙って構想された。米国の対中関税率の引き上げは、そうした動きを封じ込めようという意図もある。貿易戦争に出口がなくなるのは、それが覇権争いへと本格的に発展したときである。

 中国にとって、成長の質的転換を図ろうとするときに、米国が貿易戦争を仕掛けてきたのはタイミングが悪い。場合によっては、伝統的な総需要対策に動かざるを得なくさせる。その結果、質的転換は遅れて、過剰債務企業を延命させるという逆の効果をもたらす。不良債権処理が必要な場面で、全く正反対の延命を助ける政策に動かざるを得ない。そのことは将来のより大きな調整に向けて反動を貯めこんでいるようなものだ。

 一方、米国からみれば、「中国製造2025」は輸出企業が政府から補助金をもらって規模の利益を獲得しつつ、競争力を高めていく姿がアンフェアにみえる。「中国製造2025」のことを、ドイツのインダストリー4.0 になぞらえて、中国版インダストリー4.0 だと説明する人もいるが、そうした例えは補助金のことを無視している。1980~90 年代に一部の経済学者たちから語られた戦略的貿易対策をそのまま地で行く政策誘導にみえる。EUなどからは、自由貿易を守る立場からみて、中国の製造業振興策を批判している。寡占的競争を仕掛けてくる中国が、競争ルールを壊そうとする点で許されないとみられるのだ。時々、中国はトランプ政権を批判して自由貿易の大切さを説くが、それも少しおかしい。

 寡占的競争がアンフェアだと考えているのに、トランプ政権はそこで保護主義へとジャンプするところが甚だしく倒錯している。正しくは、自由貿易ルールを守る同盟を強化して、アンフェアな運営を排除することが正解である。

 今後、貿易を巡る環境がとことん悪くなった後で、景気悪化への反省から自由貿易の尊重へと各国のリーダーの意識が戻ってくるのだろうか。歴史は繰り返すというが、そこにはもっと先見の明をもって誤ちを繰り返さないでほしいという人々の怨磋の声がある。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生