要旨

●2020 年代に予想されている出来事の一つに、社会保障費の急増がある。団塊世代が医療・介護費の膨らむ後期高齢者となり、社会保障費全体が急増すると懸念されている。しかし一方で、人口の減少によっ てこれらの費用には下押し圧力がかかる。厚生労働省が経済財政諮問会議に提出した資料は、「人口構造の変化による医療・介護費の増加は今後緩やかになっていく」ことを示している。

●後期高齢者の増加によって医療費に投入される「国・地方」の負担“割合”が高まることは事実だ。諮問会議では、中長期の経済財政試算の結果を用いて、2022 年以降に「国」の社会保障関係費の増加幅が 高まる姿が示されている。しかしこの値に関しても、社会保障関係費の延伸に用いられる物価上昇率が高く設定されていることによる面が大きい。自然体の経済環境の試算では、社会保障関係費の増加幅はさほど高まっておらず、人口構造の変化による急増は想定されていない。

●社会保障財政がより深刻な局面を迎えるのは、むしろ団塊ジュニア世代が年金受給を開始する2030 年代にある。高齢化による給付増と社会保険料減が同時に訪れ、社会保障収支の悪化圧力は強まる。最重要課題はここに向け、より長く働くことのできる経済・社会を構築するための改革を、長期的なビジョンの下で着実に進めていくことである。

2020 年代、本当に社会保障費は急増するのか

 2020 年代に懸念されている出来事の一つに、「社会保障費の急増」がある。人口ボリュームゾーンである団塊世代が、医療・介護費の膨らむ後期高齢者となることで、医療や介護関連の給付が急増し社会保障財政を圧迫するのではないかという問題だ。

 これに対して、拙稿「思ったより増えなかった社会保障給付費」(2017 年8 月18 日)では、医療費の将来シミュレーションなどを基に、むしろ2020 年代の社会保障費の増加圧力は和らぐのではないか、という見解を示した。昨今、経済財政諮問会議を中心に行われている財政再建計画の策定議論において、それを示すデータが公表されているので、改めてこの点に触れたいと思う。

 資料1は経済財政諮問会議の提出資料の転載である。国立社会保障人口問題研究所の将来推計人口と、年齢階級別の一人当たり医療費のデータを用いて、将来人口構造の変化が医療・介護費に及ぼす影響を示している。グラフの示す通り、人口構造の変化による医療費、介護費の増加圧力は、将来に向けて和らいでいく結果となっている。高齢化が深まっていくことは今後も社会保障費を押し上げることになるが、一方で総人口の減少が給付費の押し下げ要因として効いている。

「2020年代の社会保障費急増」は本当か?
(画像=第一生命経済研究所)
(算出方法) 年齢階級別1 人当たり医療費及び介護費の実績と将来の年齢階級別人口を基に、年齢階級別1 人当たり医療費・介護費を固定した場合の、将来の年齢階級別人口をベースとした医療費及び介護費を算出し、その伸び率を「人口要因」による伸び率としている。その上で、総人口の減少率を「人口減少要因」とし、「人口要因」から「人口減少要因」を除いたものを、「高齢化要因」としている。
(使用データ) 厚生労働省「医療保険に関する基礎資料」「介護給付費等実態調査」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」
(出所)内閣府「経済財政諮問会議」(2018 年4 月12 日)の加藤臨時議員提出資料より転載。

「国と地方」の負担“割合”は増す

 一方、後期高齢者の増加により、高齢者の公的医療保険がより公費負担割合の高い後期高齢者医療制度へ移行するため、社会保障給付費に占める「国や地方の負担=公費の割合」が増すことにはなる。

 公的医療保険は75 歳到達以降、基本的に都道府県の運営する後期高齢者医療制度に概ね統一されることになる。この後期高齢者医療制度の給付は、その50%が国・地方による公費投入によって賄われている。一方で、74 歳以前の前期高齢者の場合、給付に占める公費負担の割合は75 歳以上より低い(なお、介護給付については、介護保険制度単一のため、後期高齢者が増えても公費負担割合は変わらない)。前期高齢者の場合、医療保険の選択肢は複数ある。例えば、地方自治体の運営する国民健康保険の公費負担割合は50%と、後期高齢者医療制度と変わらない。一方、家族の健康保険の被扶養者になっている場合、その給付は扶養者の所属する健康保険の社会保険料によって賄われる。公費負担割合が低い人が含まれるので、前期高齢者全体で見れば、公費の負担が後期高齢者より小さくなる。従って、前期高齢者から後期高齢者への移行者が増えることは、「国・地方」の社会保障負担額の増加要因となる。(資料2、3、4)

(社会保障基金も含めたより広範な政府の概念である「一般政府」の財政指標には公費負担割合変化の影響はない。政府の財政目標である「国・地方」の財政指標には悪影響が及ぶ可能性がある一方、公費負担割合の上昇は社会保険料負担割合の低下と表裏一体であり、社会保険料の上昇圧力を抑制することになる。「一般政府」と「国・地方」の違いは弊著「新・財政再建計画はどうなるか③~国と地方はガラパゴス?~」(2018 年4 月13 日)でも解説。)

「2020年代の社会保障費急増」は本当か?
(画像=第一生命経済研究所)
「2020年代の社会保障費急増」は本当か?
(画像=第一生命経済研究所)
「2020年代の社会保障費急増」は本当か?
(画像=第一生命経済研究所)

ただ、ベースラインケースの社会保障関係費の増加はこれまで並み

 同日の経済財政諮問会議では、この国費負担分にあたる社会保障関係費の動向が分析されている(同会議(2018年4月12日)資料1-1「社会保障改革の推進に向けて」等)。内閣府の中長期試算において、2022年度以降の社会保障関係費の増加が0.9兆円増加と見込まれている点に触れ、2016-18年度(自然増は年0.65兆円程度)に比べて社会保障費の増加圧力が強まる旨が記されている。

 ただ、この値に関しては、試算に用いられる物価上昇率が高く設定されている点が影響している。中長期試算における社会保障関係費の将来値は、人口動態要因のほか、物価上昇率によって延伸がなされている。諮問会議資料における0.9兆円増加の根拠となっているのは中長期試算の「成長実現ケース」(高成長ケース)の値だが、日銀の物価目標(CPIが+2%)を満たす状態が続くことが前提だ。民間エコノミストをはじめ、実際に物価目標+2%の達成を見込む向きは少数派だ。より現実的な経済前提を用いた「ベースラインケース」では、長期的なCPI 上昇率は+1.1%となっている。この下では、2020 年代の社会保障給付費の伸びは0.6~0.7 兆円程度と見込まれており、近年の自然増と大差ない増加幅となっている(資料5、6)。内閣府の中長期試算における国の社会保障関係費の試算もまた、人口構造の要因で2020 年代にその費用が“急増”するとまでは見込んでいないといえよう。

「2020年代の社会保障費急増」は本当か?
(画像=第一生命経済研究所)

2030 年代が厳しい

 筆者は、人口構造の変化によって、2020 年代の社会保障給付の増加が加速するとはみていない。社会保障財政の悪化加速が想定されるのは、その先の2030 年代である。生産年齢人口と高齢者人口のバランス悪化が加速(資料7)するためだ。団塊ジュニア世代の年金受給が始まり、高齢化による給付増と社会保険料減が同時に訪れる。社会保障財政の悪化圧力は強まることになる。

「2020年代の社会保障費急増」は本当か?
(画像=第一生命経済研究所)

 高齢者がより長く働き自ら収入を得て、社会保障を受け取る側から支える側へ変わっていくことが、社会保障・財政問題の抜本的な処方箋だ。企業と政府が一体となり、就労制度や労働市場、年金制度やリカレント教育の場など、高齢化の一層の進行に向けた包括的な改革を、長期的なビジョンの下で進めていくことが必要である。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 副主任エコノミスト 星野 卓也