要旨

● 安倍政権はデフレ脱却の目安として4指標を重視しているとされているが、先般公表された2017年10-12月のGDPデフレーターは前年比横ばい、前期比では3四半期ぶりのマイナスとなった。また、単位労働コストに至っては9四半期ぶりの前年比マイナスとなっており、脱デフレからは遠のいた格好となっている。脱デフレ宣言には、原油価格の上昇にも耐えうる購買力を確保するためにも、実質賃金がプラスを維持できるかがカギを握る。

● しかし、今年の春闘賃上げ率は政府目標の3%に近づくどころか、2015年の水準を下回る2%台前半にとどまる可能性が高い。そうなると、過去の春闘賃上げ率と一般労働者の所定内給与の関係に基づけば、今年の名目賃金は+0.5~0.6%程度上昇すれば御の字といった状況だろう。

● 2018年2月分の名目賃金は前年比で+1.3%の増加となったが、名目賃金を実質化する際に用いられる消費者物価指数(帰属家賃を除く総合)の上昇率がそれを上回る同+1.8%に達したため、実質賃金は同▲0.5%まで下落幅が拡大していることになる。

● 過去の春闘賃上げ率と名目賃金の関係を見ると、少なくとも名目賃金が前年比+1%程度伸びるためには、春闘賃上げ率が2.6%近くまで到達しないと困難といえるが、今年の春闘賃上げ率が2%台前半に到達するのがやっとという可能性が高い。そうなると、恐らく今年も2年連続で実質賃金がマイナスになる可能性が高いだろう。従って、実質賃金がマイナスの状況が続く中では、年内に政府が脱デフレ宣言することは困難と言えよう。

(注)本稿は週刊エコノミスト4月3日号への寄稿を基に作成。

はじめに

 安倍政権は2012年の政権発足以来、デフレ脱却を政権の最優先課題としてきた。そして、安倍政権はデフレ脱却の目安として4指標を重視しているとされており、2017年7-9月期時点では1992年7-9月期以来25年ぶりにこの4指標がそろってプラスとなった。具体的には、小売り段階の物価動向を示す①消費者物価指数に加えて、国内付加価値の単価を示す②GDP(国内総生産)デフレーター、国内付加価値あたりの労働コストを映す③単位労働コストの3つが前年同期比プラスとなり、国内経済の需要と供給のバランスを示す④GDPギャップは需要超過を示すプラス幅が拡大した。こうしたこともあり、政府は物価が持続的に下落する環境ではなくなっているとしている。

 ただ、先般公表された2017年10-12月のGDPデフレーターは前年比横ばい、前期比では3四半期ぶりのマイナスとなった。また、単位労働コストに至っては9四半期ぶりの前年比マイナスとなっており、脱デフレからは遠のいた格好となっている。背景には、原油価格など輸入価格の上昇で国内付加価値の単価が下がったこと等がある。従って脱デフレ宣言には、原油価格の上昇にも耐えうる購買力を確保するためにも、賃金が持続的に物価上昇率を上回って上昇する、すなわち実質賃金がプラスを維持できるかがカギを握る。

脱デフレ宣言の幻想
(画像=第一生命経済研究所)

実質賃金マイナスの可能性

 そうした意味では、脱デフレ宣言に向けて最大の注目イベントが春闘となる。安倍政権は2018年度の税制改正大綱に賃上げ3%以上と設備投資を行う大企業の法人税を軽減する一方で、賃金と設備投資の伸び率がいずれも不十分な大企業は法人税の優遇措置を停止することを盛り込んだ。また、中小企業も賃上げをすれば税負担を軽減することも打ち出した。これまで賃上げに慎重スタンスだった各経済団体も、社会的要請として賃上げを推奨している。

 しかし、今回の春闘に過大な期待は禁物だろう。というのも、過去の賃上げ率実績と連動性の高い労務行政研究所の賃上げ見通し調査によれば、2018年の見通しはアベノミクス以降で賃上げ率が最高の2.38%に達した2015年の水準を下回っている。また、本調査の公表日は1月31日であったが、春闘の交渉が本格化する2月以降の最悪のタイミングで米国株の水準調整をきっかけとした円高・株安が進行していることからすれば、更に下方修正されている可能性がある。従って、今年の春闘賃上げ率は政府目標の3%に近づくどころか、2015年の水準を下回る2%台前半にとどまる可能性が高い。そうなると、過去の春闘賃上げ率と一般労働者の所定内給与の関係に基づけば、今年の名目賃金は+0.5~0.6%程度上昇すれば御の字といった状況だろう。

脱デフレ宣言の幻想
(画像=第一生命経済研究所)

 つまり、今年の消費者物価上昇率が+0.5~0.6%の範囲内に収まれば、昨年2年ぶりに減少に転じた実質賃金は今年上昇に転じることになる。しかし、これまたタイミングの悪いことに、昨年の夏から足元にかけて原油価格の上昇が続いており、更に足元では天候不順の影響で生鮮野菜も高騰している。このため、直近となる2018年2月分の名目賃金は前年比で+1.3%の増加となったが、名目賃金を実質化する際に用いられる消費者物価指数(帰属家賃を除く総合)の上昇率がそれを上回る同+1.8%に達したため、実質賃金は同▲0.5%まで下落幅が拡大していることになる。

脱デフレ宣言の幻想
(画像=第一生命経済研究所)

 もちろん、原油価格がこのペースで上昇を続ける可能性は低いと思われ、野菜価格の高騰も直に落ち着くことが想定される。しかし、過去の春闘賃上げ率と名目賃金の関係を見ると、少なくとも名目賃金が前年比+1%程度伸びるためには、春闘賃上げ率が2.6%近くまで到達しないと困難といえる。しかし、先の通り今年の春闘賃上げ率が2%台前半に到達するのがやっとという可能性が高い。そうなると、恐らく今年も2年連続で実質賃金がマイナスになる可能性が高いだろう。従って、実質賃金がマイナスの状況が続く中では、年内に政府が脱デフレ宣言することは困難と言えよう。(提供:第一生命経済研究所

脱デフレ宣言の幻想
(画像=第一生命経済研究所)

第一生命経済研究所 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣