トランプ政権が、強硬な通商政策を推し進め始めた。まずは対韓国、次に中国と続く。いずれ日本との間でも予想外の展開になるかもしれないそれを見通すには80 年代の日米貿易摩擦が参考になる。スーパー301条の発動、円高誘導、市場開放といったリスク・シナリオが現実に起こるかもしれない。では、日本はそうした要求に対してどういった反論・提案をすれば抑止力を発揮できるのだろうか。

不穏な流れ

 米韓FTAの再交渉が妥結した。3 月23 日からの鉄鋼への関税率引上げが暗黙のプレッシャーになって、米韓FTAの妥結が早まったとみられる。もう一方で、トランプ政権は中国へのスーパー301 条の適用を決めて、その詳細を詰めている。韓国、中国と交渉は進み、いずれトランプ政権は日本に対しても何らかの保護貿易的措置を発動してくるとみた方がよい。現在、日本と米国の間では、日米経済対話が持たれている。今や随分と影が薄くなり、麻生財務大臣とペンス副大統領の間では、さほど大きな成果は見当たらない。実は、米国と中国との間でも、スーパー301 条発動の手前に、米中包括経済対話があった。しかし、当初の100 日計画の後、対話は思っていたほど成果を得ることはできなかった。トランプ大統領はそれに不満を持っていたという。だから、一転してスーパー301 条を使ってきた。日本も経済対話の頭越しに強硬策が来ることもあり得る。今、中間選挙が近づき、トランプ政権は、日米FTAの締結に一応のゴールを定めて、仕切り直しに打って出る可能性が少しずつ高まっているとみることができる。その手法は、最初にスーパー301 条のような強権的な措置を発動して、次にそうした措置を停止してほしければ日本の輸入拡大や輸出の自主規制といった譲歩を受け入れるというやり方となろう。まさしく米韓FTAで使われた手口と同じことを日本にも迫ってくると予想される。

友好関係とは別

 3 月23 日から鉄鋼・アルミニウムの対米輸出に高関税がかけられた。事前には、友好国・同盟国は輸入制限の対象から外されるという見通しに基づいて、日本も除外されるという楽観論が広がっていた。結果的に、そうした楽観論は完全に打ち砕かれた。トランプ大統領は、「安倍首相らは『こんなに長い間、米国をうまく騙せたなんて信じられない』とほくそ笑んでいる。そんな日々はもう終わりだ」と述べたという。耳を疑うような言葉である。

貿易摩擦、日本上陸の可能性
(画像=第一生命経済研究所)

 トランプ大統領は、個人的な友好関係を築いたとしても、利害に基づいて動く動機の方が強いと考えられる。11 月の中間選挙を前にして、日本との貿易問題を必要以上に問題視してくる可能性はある。中国に対するスーパー301 条の適用の次は、日本が標的にされるシナリオもゼロではない。トランプ政権が中間選挙までに仕掛けてきそうな行動について、いくつかのシナリオを考えてみた。常識的にはあり得ないと感じられても、そうした「まさか」のシナリオは起こり得ると準備しておいた方がよい。

日米貿易摩擦の教訓

 トランプ大統領が問題視しているのは、貿易赤字である。米国の貿易赤字の国別内訳をみると、2017 年▲7,962 億ドルのうち47.1%が中国である(図表1)。メキシコ、日本、ドイツと続く。今の中国は、80 年代の日本と同じような立場である。

 80 年代から1995 年頃まで続いた過去の日米貿易摩擦の歴史から、今後の展開を予想してみよう。貿易摩擦で起こったことは次の3つである。

(1) スーパー301 条発動
(2) 円高誘導
(3) 経済構造協議

 これが3点セットである。中国には、スーパー301 条が発動された。経済構造協議は、90 年代の日米包括経済協議が思い出される。言い換えれば、市場開放・輸入自由化のための交渉である。米中間では前述の米中包括経済対話がそれに相当する。

 中国に対しては、さすがに人民元の切り上げを要求することはしていない。世界のコンセンサスは、どの国も通商政策のために、通貨政策を利用しないことになっている。為替操作はIMF協定に違反する。人民元レートの管理は、不透明な部分も未だに残っているが、今のところは違法なものだとはみられていない。

 翻って、日本が狙われるとすれば、(1)スーパー301 条の発動がまずは可能性として考えられる。次に、どんな形になるかはわからないが、円高への誘導というシナリオも、頭の体操としてあり得る。日銀の金融緩和が事実上の通貨切り下げ政策だと批判される可能性もなくはない。筆者は、現在、イールドカーブ・コントロールになっていて、通貨切り下げと言われる論拠は以前よりもずっと薄くはなっていると考えている。とはいえ、日本の輸出産業への打撃が大きいということで円高誘導的なことを仕掛けてくる可能性はゼロではない。

トランプ大統領と対峙する安倍首相

 日本は、今後、米朝首脳会談が進んでいく中で、米国と協調しながら同時に貿易摩擦を議論していくことになろう。トランプ大統領は、外交・安全保障・経済といったカテゴリーごとに話をつけるという発想がなく、すべてのテーマの利害をごちゃ混ぜにして考えるという珍しい思考法を持っているように見える。

 安全保障で日本に米国が恩恵を与えるのだから、貿易面では市場開放に応じてくれるのが当然だと迫ってくるのではないか。5 月の米朝首脳会談を前に、4 月に日米首脳会談が行われる予定である。そうした場で日本にとって予想だにしない要求が飛び出してこないか心配である。

 日本としては、米国の優越的地位を利用した要求に対して、米国が行動を思い止まるような抑止力のある反論・提案を事前に考えておくことも必要になってくるだろう。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生