米国が中国に対して制裁発動を決めた。中国が報復関税で応じると、貿易戦争の様相になる。囚人のジレンマのように誰も得しない。かつて、独宰相ビスマルクは「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と語った。80年代のスーパー301条を巡った日米貿易摩擦に学び、米中は失敗を繰り返してはいけない。

中間選挙前のアピール

 トランプ大統領が、3月22日に中国に対してスーパー301条(通商法301条)を発動することを決めた。中国が知的財産権を侵害していることへの制裁を行うことを目的としている。2017年8月にトランプ大統領は301条の発動を示唆しており、USTRに中国の調査を命じていた。それが具体的に制裁発動となったのが今回の措置である。

 家電製品などを対象に約1,300品目を検討しており、そこに関税が課される。その総額は500億ドル相当になると言われる。500億ドルは、中国の知的財産侵害の被害額に相当するものだという。

 この措置は、鉄鋼・アルミニウムに対する輸入制限とは別である。トランプ大統領は、強硬措置の矛先を中国に向けて明確に動き出した格好である。中間選挙を前に、制裁発動でアピールしようとするトランプ大統領の思惑が露骨にむき出している。

貿易戦争への警戒
(画像=第一生命経済研究所)

 中国はこれに対して報復関税で応じる構えである。米国の対中輸入は、さまざまな重要品目が並ぶ(図表1)。もしも、様々な品目に互いに関税がかかってくると、多くの企業が腹を立てて、新しい報復を求めようとする。下手をすると、際限のない関税引上げ競争が起こる。トランプ大統領への支持は、企業や米国民が中国を敵視しているうちは高まるが、そのうち景気が悪化してくるとトランプ大統領の保護主義が家計の購買力を奪い、輸出停滞のきっかけになったことに気付き、求心力を失うであろう。時間の経過とともに、貿易戦争を始めたことを後悔するのが歴史的教訓である。マーケットの反応は、貿易戦争の失敗を先読みしてネガティブに受け止めている。

 経済学では、ゲーム論の代表例として囚人のジレンマが、関税引上げ競争の失敗を説明するときに使われる。軍拡競争もそれとよく似ている。北朝鮮が核を持ち、ICBMを開発すると、米国も威嚇で応じ、さらに軍事費を使う。米朝が軍事支出で国力をすり減らすと、今度は米朝首脳が非核化に言及して落とし所を探り始める。これは、軍拡の果てに軍事大国が軍縮を求める図式である。囚人のジレンマを避けるためにプレイヤー同士が協調してゲームを止める決断をする行動である。

 囚人のジレンマのセオリーに基づくと、米中はあるところまでは関税率の引上げ合戦を行うが、どこかでその愚かさに気が付いて、相互に関税率の引き下げに転換にするだろう。ただ、そのタイミングは2018年11月の中間選挙よりも後になると予想される。しばらくは、チキンゲームのように報復合戦が繰り返されて、マーケットはそれを嫌気し続けるだろう。

おかしなポリシーミックス

 トランプ政権からみれば、関税率引上げは行うべくして採った政策となる。最初は、トランプ減税から始まる。完全雇用に近づいた米国経済で大減税を行えば、適温経済が崩れてインフレ傾向が強まり、かつ、貿易赤字が増えることは、分り切っていた。案の定、FRBはタカ派色を強めた。貿易赤字に対しては、関税率の引上げで赤字を抑制しようとしている。短期金利の引上げと関税率引上げは、ともに需要拡大を抑える措置となる。

 今回、中国の知的財産の侵害が500億ドルであるのに対し、対中輸入に500億ドルの関税をかけるという。辻褄が合っているように思えるが、よく考えると滅茶苦茶なことである。知的財産侵害のダメージは米企業が負っている。中国製品に関税をかけると、米消費者が損をする。

 トランプ減税の恩恵は、米中の相互の関税率引上げによって大きく減殺される。財政出動の効果は、利上げと関税率引上げで、クラウドアウト(減殺・押しのけ)される。下手をすると、景気刺激は一時的で、後から財政赤字と金利上昇と貿易摩擦だけが残る。経済学の教科書に悪いポリシーミックスの例として記述されることだろう。

日米貿易摩擦の教訓

 スーパー301条は、日本とは因縁が深い。301条は1988年に制定されて、日本は不公正貿易国と名指しされた。スーパーコンピューターや通信衛星が標的にされた。日米貿易摩擦は、1990年代まで続くが、結局、米国の貿易赤字は全体として減らなかった。赤字の大きな部分を占める日本の自動車などが米国に現地工場をつくって、輸出をそれに振り替えた。電機などは、中国へと生産拠点を移して、日本の輸出額から姿を消した。つまり、中国から米国への輸出の中に、日本企業の輸出がシフトしたに過ぎない。米国の対日貿易赤字は、対中貿易赤字として2000年代以降振り替わってしまったのが実情である。

 日米貿易摩擦は、日本の産業空洞化を促して、日本の国力を低下させた。そこには円高圧力というファクターもあるが、米国が301条を使って圧力をかけたことも大きな原因である。

 中国は、この教訓をしっかりと勉強しているに違いない。日本の教訓を学び、その二の舞を避けたいと考えるだろう。仮に、中国が対米輸出を全面的に制約されたならばどうするだろうか。ひとつは、米国以外と新しい貿易連携を築こうとするだろう。日本やアジア諸国とはRCEPの関係がある(図表2)。

貿易戦争への警戒
(画像=第一生命経済研究所)

 今、米国は貿易面でユニラテラリズム(単独行動主義)を採っているので、日本などはそれを包囲する陣形を採って対応しようとしている。中国が何らかの形でそれに参加する計画をするであろう。

 もうひとつは、トランプ政権後をにらんで、TPPなどに参加する構想である。これは、いずれトランプ後に米国がTPPに再び戻ることに先手を打って行動する考えである。

 そうした予測に基づくと、中国は懸案の知財などで事前にルールの整備を進めてくるだろう。日本は、次なる中国のアクションを読んで、貿易連携のリーダーシップを採ることが期待される。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生