鉄鋼・アルミニウムの輸入制限と、米朝会談の申し入れが同時に起こって、両者をどう理解するかを戸惑ってしまう。トランプ流は短期的な利害を追求し、北朝鮮もそれを見透かしている。中間選挙まで静観したい。

良いニュースと悪いニュース

 3 月9 日は、国際協調を巡る大きな分岐点となる1日になった。まず、北朝鮮の金正恩委員長がトランプ大統領と5 月までに直接会談することになった。奇しくも同じ日に、トランプ大統領は通商拡大法232 条に基づき、鉄鋼とアルミニウムの輸入制限を行う文書に署名した(米時間は3 月8 日)。米国は、3 月23 日から鉄鋼に25%、アルミに10%の関税を上乗せする措置を発動する。この2つのニュースは、①米朝の核を巡るチキンゲームが終わるかもしれないと期待させる反面、②米国が恣意的な貿易管理を始めて自由貿易体制を壊すという危険を感じさせる。この2つは、良いニュースと悪いニュースの組み合わせで、本当に理解しにくい。翌営業日の3 月12 日は、NY株価急上昇を受けて日本株も上がり、円高も少し後退した。とりあえず、マーケットは2つ併せてプラス評価なのだ。多くの人は楽観していることが伝わってくる。

 2つが重なったことは、おそらく偶然ではない。なぜならば、2つともトランプ政権にとっては好都合であり、大きな相乗効果を見込んでいるからだ。米国の交渉力を強める点でよく考え抜かれている。また、米国の利害に巻き込まれている私たちにとっては、トランプ大統領の手の内をよく読み込まなくてはいけない局面に立たされている。

米朝の利害マトリックス

 まず、米朝会談についてである。外交のゲームを理解するうえでは、相手の立場からみてどんな利害が期待できるのかを思考実験することが大切である。米国にはどんなメリットがあるのか、そしてどんなリスクを冒しているのかという視点である。さらに、相手となる北朝鮮や、利害関係者(ステイクホルダー)である韓国、中国、日本の立場から見える情景の違いにも注意しなくてはいけない。

 これまで米国と北朝鮮は、核開発を巡るチキンゲームを演じてきた。北朝鮮が軍事的挑発を続けて、米国がそれを威嚇する繰り返しである。多くの人は、米国の経済制裁が効いて、どこかで北朝鮮が音を上げるとみていた。時間がかかるとしても、北朝鮮が核開発を続ける限り、体制崩壊する。北朝鮮にとっての最善は、ワシントンに届くICBMを完成させて、そのカードを使って米国に体制維持を認めてもらうことである。

 今回、金正恩委員長は非核化を条件に、トランプ大統領と会談して体制維持を認めてもらおうとしている。ゲームの勝者は北朝鮮に見える。トランプ大統領は、北朝鮮が非核化の約束を破り、経済制裁を緩めてしまうという失敗を顧ずに北朝鮮の誘いに乗った。過去、6 カ国協議などの経験から、北朝鮮の非核化を安易に信じることはできない。ゲーム理論の考え方に基づくと、過去、約束を破った北朝鮮には信用がないので、普通に考えると全面降服しかない。トランプ政権には条件闘争を認めてしまうところに甘さがある。

 米国と北朝鮮の利害マトリクスを作ると、今回、米国はだまされるリスクを負って、北朝鮮に体制維持のチャンスを与えるポジションを取ったと理解できる(図表)。

米輸入制限と米朝会談の思惑
(画像=第一生命経済研究所)

 考えるべきポイントは、なぜ、トランプ大統領が韓国を仲介した直接会談に簡単に応じたのかという点である。北朝鮮からみれば、自分たちは核開発を秘密裏に進めた前科があって、そう簡単には信じてもらえないだろうという心理が働いていたに違いない。それでも、今回、トランプ大統領は乗ってくると思って、会談を仕掛けた。

 ひとつは11 月に米中間選挙を控えていて、トランプ大統領はアピールできる成果が欲しかったという事情がある。仮に、北朝鮮が5 月の会談で約束した内容を破るとしても、それは中間選挙の後のことになるという読みである。トランプ大統領は、北朝鮮に対して、完全な非核化を完遂するという目的よりも、まずは自分の得意なディールに持ち込んで、トランプらしさをアピールすることに狙いがあったとみられる。北朝鮮も、それを瀬踏みした。

 トランプ政権がだまされるかもしれないという視点は、そうした利害のない日本からは際立って見える。日本には国内的なトランプ大統領のメリットが見えないからだ。トランプ大統領が短期的利害に基づき行動していることは注意しておく必要がある。

鉄鋼・アルミニウムへの関税導入

 米国が発動する輸入制限は、暴挙である。安全保障を盾に取って恣意的に関税をかける。輸入に課する関税コストや割高な国内製品を使わざるを得なくなる自動車などのデメリットの方が、国内の鉄鋼・アルミ産業を保護するメリットよりも大きいだろう。何よりも原則自由のルールが、政権の恣意性によって曲げられたことが、安心して貿易取引を行ってきた他国や米企業にとって不信感に変わる。貿易や直接投資を米国を交えて行うことが不利になることが、今回の帰結である。トランプ政権のアンフェアな対応はまだ続くだろうから、日本が鉄鋼・アルミニウムに限って課税を免れることができても、それだけで喜んではいけない。いずれ火の粉は日本に飛んでくる。これは、バッド・ニュースである。

 米朝会談が決まったことは、輸入制限についての米国と他国のバランスを変える。焦点は中国である。もしも、米国が制裁強化をさらに進めるのならば、中国の協力は欠かせない。反対に、直接的に米朝が交渉できると、中国は強みを失う。特に、米国からの鉄鋼交渉において、トランプ政権は、中国に遠慮せずに批判できるようになる。だから、米朝会談と輸入制限発動のタイミングがほぼ一致するのだ。そこが異形のポリシーミックスに見える。

 日本は、北朝鮮問題を米国に解決してもらえれば、逆に米国との貿易交渉では強気に出られる。一見すると、米国の輸入制限はあまり深刻な問題にみえない。米国の輸入制限は、米国の輸入相手国の首位がともにカナダなので、最も影響を及ぼすのはNAFTA再交渉に対してだ。メキシコは、米国が鉄鋼を輸入している5 番目の国・地域である。一旦は、カナダ・メキシコに高関税をかけないと決めても、今後のNAFTAの再交渉で、米国は関税のカードを脅しに使うことは十分に考えられる。

 理解すべきポイントは、関税導入の狙いが、第一に中国への強硬姿勢を強めること、第二にカナダ・メキシコとのNAFTA再交渉を有利に運ぶことにある。EUと韓国、そして日本との関係で米国が強硬姿勢を見せるのは、それらの次であると心得た方がよい。先々、必ず日本にも飲みにくい要求をトランプ政権は求めてくる。

米韓の問題

 日本の問題を考える前に、米韓の関係を考えておきたい。韓国の立場は日本とよく似ているからだ。米朝会談で仲介役として貢献したのは韓国である。平昌オリンピックで招待された金与正氏が、韓国の文在寅大統領に訪朝を要請した。4 月末には、南北首脳会談が開かれる。そして、5 月にいよいよ米朝首脳会談だ。北朝鮮は、韓国と接近することで、交渉力を高めたいと期待しているのだろう。

 しかし、経済問題では米国と韓国は、懸案を抱えている。米韓FTAの再交渉である。2018 年1 月に会合が行われて、米国が自動車などについて関税率を高く再設定する意向をみせている。北朝鮮との間で和平が実現できると、韓国は多大な恩恵を受けるが、トランプ大統領は北朝鮮との交渉では自分が中心となって、韓国には貿易交渉では逆に圧力をかけてくるだろう。

 米国にとって、韓国は鉄鋼輸入国の第4番目の国・地域である(順位はカナダ、EU、ブラジル、韓国、メキシコ、ロシアの順で多く鉄鋼を輸入している)。鉄鋼の輸入制限を後から米韓FTAでカードとして使ってきそうな図式は、NAFTA再交渉におけるカナダ・メキシコの関係とそっくり同じである。米国は、先々にFTAの内容を自分に有利なように書き換える布石を、今回の輸入制限によって打とうとしている。韓国が標的にされるのは、順番が後回しになっているに過ぎない。

日本と米国の今後

 さて、日本への影響である。鉄鋼への関税導入は、一旦は日本は除外されるだろうが、将来、別の分野を含めて米国から不公平の指摘を受けるかもしれない。すでに、トランプ大統領は日本の貿易が不公正だと批判してきている。

 トランプ政権にとって邪魔なのはTPP11 の存在だろう。カナダとメキシコはメンバーである。米国抜きでの貿易連携は、米国が高圧的に他国の利害を脅かそうとするほど、相対的に地位が高まる。3 月8 日にはチリで11 カ国がTPPに署名した。このTPP協定は6 カ国が批准すれば60 日後に発効する。うまくいけば年内発効となり、米国が結ぼうとしている2国間FTAへの対抗勢力になり得る。韓国、台湾、中国もTPP参加の方に魅力を感じることになるだろう。だから、トランプ政権にはTPPがない方がNAFTAなどの再交渉を有利に進められると考えてもおかしくはない。

 日本にとっては、米国からの横槍を無視して、粛々とTPPの発効を実現することが望ましい。反トランプ同盟の受け皿としてTPPを使うことができるからである。特に、先々、日本が米国から不公正の批判を受けたとき、TPPよりも悪い条件で妥協できないことや、不当に高い関税率はTPPとの比較で受け入れられないと抗弁する根拠として使える。

 TPPは、今後の日本にとって有力な防波堤として使うことが良い戦略となるだろう。これは、日本のアドバ ンテージである。

中間選挙が終わるまで静観したい

 先行きの読み方を整理したい。事前に大きな期待をしてはいけないと思うが、北朝鮮の非核化がうまく行けばそれでよい。その後、トランプ大統領は、中国、カナダ、メキシコ、韓国に貿易面での無理な要求を突き付けてくるだろう。日本はその次なので、楽観しない方がよい。

 問題は、北朝鮮が中間選挙までにアピールしたいトランプ大統領の心理につけ込んで、会談をもちかけている点である。中間選挙後に非核化に向けた交渉がうまくいかなくなる可能性は少なくない。そのときは、戦争リスクが再燃して、マーケットの楽観的な見方も消えるだろう。バッド・ニュースだけが残る図式だ。

 一方、中間選挙が終わると、トランプ大統領が関税導入を焦って急ぐという動機は薄らぐ。こうした楽観論は成り立つだろう。それでも、それまでにトランプ政権が行った強硬な政策の爪跡は残る。トランプ大統領への強い不信感が、長期でみた害悪となる。

 結局、トランプ大統領は短期的利害に動かされて、信用力の乏しいリーダーだと見限られるだろう。自由貿易のメリットは、長い目でみて原則を守ることで得られる。ルールを守るメリットである。保守の政治家はそれを尊重し、本来は短期的利害に動かされにくい。トランプ流は伝統的保守ではなく、単なるポピュリストである。目先の利害だけを追求して、長期的利害も得られると錯覚している。日本はその利害に巻き込まれないように、冷静に行動すべきである。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生