要旨

●毎月勤労統計12月分の速報によれば、2017年の実質賃金は前年比▲0.2%と再びマイナスになった。もっとも主因は物価上昇であり、名目で見た賃金は緩やかな改善基調が続いている。名目賃金の根幹である所定内賃金でみれば、2017年は前年比+0.4%と、緩やかながらも伸び率は改善した。内訳をみると、昨年の春闘が冴えなかった一般労働者の所定内給与の伸び率低下をパート労働者の所定内給与の上昇が補った。

●これまでパート労働者の月給は、時給の上昇を就労時間の減少が打ち消す形で伸び悩んできたが、2017年はこうした動きに変化が見られた。一段の人手不足深刻化を背景に、時給の上昇ペースが増す一方で、就労時間の減少ペースには変化が見られなかった。 ○ こうしたパート労働者の変化は労働力調査でも確認できる。女性パート雇用者を週あたりの就労時間別にみると、就労時間の長いパートが増加している。2017年にもっとも増加に寄与したのは週35~42時間のパート労働者であり、仮に時給が1000円だとすれば年収200万円程度の労働者だ。

●年収200万円といえば、今年1月に開始された(新)配偶者控除において、従来より優遇される年収(103~201万円)を上回る。もちろん社会保険の壁も越えている。こうした労働者の増加は、企業の人手不足緩和、家計の将来不安軽減に好影響を与える。両立支援の充実や正規雇用への登用ルートの拡充などにより、一段と支援を加速することが重要だ。

●パート労働者の月給上昇が続き、今年の春闘の結果が2015年並みとすれば、全体の賃金上昇率は1%増が見えてくる。ただし、物価上昇を考えると、それでようやく実質賃金は前年比ゼロ%程度であり、消費の追い風にはなれない。春闘がアベノミクス以降最高となるか、結果が期待される。

2017年所定内給与は20年ぶりの伸びに

 2017年の実質賃金は、毎月勤労統計速報値によれば、前年比▲0.2%と再び減少に転じた。もっとも、実質賃金がマイナスになった主因は、原油価格上昇など物価上昇によるものであり、名目賃金自体は前年比+0.4%とプラスを維持し、非常に緩やかながらも上昇基調を維持している。

2017年賃金状況を振り返る
(画像=第一生命経済研究所)

 また、名目賃金の中でも、ウェイトも大きく、賃金の根幹といわれる所定内給与についてみれば、前年比+0.4%と2016年より伸びが高まっている(図表1)。1997年の同+1.1%には大きく届かないものの、20年ぶりの伸びとなり、人手不足を背景に緩やかに所得環境が改善していることを示す結果といえる。2017年の所定内給与についてみると、春闘の不調により、一般労働者の押し上げ寄与が2016 年から低下した(図表2)。

2017年賃金状況を振り返る
(画像=第一生命経済研究所)

 一方で、2017 年はパート労働者の月給上昇による押し上げが目立つ。また、これまで押し下げに寄与してきた相対的に賃金水準の低いパート労働者の比率上昇に歯止めがかかったことで、パート比率上昇による押し下げ寄与はほぼ消失した。総じて、パート労働者の月給上昇が所定内給与増加の牽引役となった。

就労制限緩和でパート月給増加

 これまでパート労働者については、人手不足を背景に時給が上昇する一方で、税や社会保障、企業の家族手当などにおける所得制限を前に賃金が一定以下となるように、労働時間を減らす動きが見られた。その結果、時給が上昇した分を労働時間の短縮が打ち消し、月給ベースでの賃金は伸びが鈍かった。ところがここにきてパート時給と労働時間の反比例の関係に変化がみられる(図表3)。

 年次でみれば、時給については2016 年までの前年比+1.5%程度から一段と上昇幅が拡大し、2017 年は同+2.4%になっている。一方で、労働時間については2016 年の前年比▲1.7%から2017 年は同▲1.6%と変化がなかった。その結果、パート労働者の月給は上昇に転じた。こうした傾向は、月次でみればより顕著だ。2017 年4月以降は、労働時間の減少ペースは前年比▲1%前後にまで縮小しており、時給上昇幅拡大による押し上げ効果が労働時間の短縮効果を上回り、月給ベースでの上昇ペースも高まった。

 パート労働者の労働時間を1 日あたりの労働時間の変化と出勤日数の変化に分けてみると、出勤日数減少ペースに鈍化が見られることが労働時間の減少ペースに歯止めをかけたようだ(図表4)。これまで採用難を背景にした採用要件の緩和により、出勤日数が少なかったり、労働時間が短かったりするパート労働者が増加していた。そこに、所得制限の壁も相まって、パート労働者の月間労働時間は減少が続いていたが、足元ではその動きが弱まっているようだ。時給の上昇や無期雇用への転換推進など、雇用者にとって就労を制限することの機会損失は年々高まっている。また、大企業を中心にした社会保険の適用拡大や今年1月から開始された配偶者控除の改正など、就労の壁をめぐる諸制度が改正される中、働くことのメリットが喧伝された効果もあるかもしれない。いずれにしろ、こうした就労制限の緩和は、人口減少、少子高齢化を背景に人手不足の一層の深刻化が懸念される中では朗報だ。

2017年賃金状況を振り返る
(画像=第一生命経済研究所)

年収200 万円パートが増加か

 労働力調査でも同様の結果が見られる。2017 年の雇用者増を牽引したのは男女の正規雇用者であったが、これまでの牽引役である女性非正規雇用者も引き続き増加している(図表5)。ただし、その内訳を見ると、変化が見られる。2016 年までは、女性パート労働者の労働時間は週14 時間以下もしくは週15~34 時間以下が主流であった。一方で、2017 年に牽引役となったのは、週35~42 時間のパート労働者である(図表6)。週43 時間以上という、もはや“パートタイム”労働者といえない雇用者も増えている。時給1000 円で、週40 時間、年に50 週間働くとすれば、その年収は200 万円程度となる。女性パート労働者の1/4 近くは200万円以上稼いでいる計算だ。配偶者控除改正に伴い従来よりも税制上の優遇を受けられるパート収入は103~201 万円であるが、すでにそこを超えたところにいる。

 こうした106 万円や130 万円にある社会保険の壁を完全に越えた労働者の増加は、企業にとっても、家計にとっても好影響を与える。企業にとっては社会保険料の負担は重荷であるものの、就労調整の心配が少ない労働力を正規雇用者と比べれば安価なコストで確保することが出来る。パート雇用者にとっても、社会保険料の負担は同様に重荷であるものの、将来の年金受給を考慮すれば、十分に利回りのいい貯蓄といえる。また、該当するパート雇用者のいない世帯にとっても、社会保障の担い手が増えることは、将来不安の軽減に繋がる。育児や介護などとの両立支援の整備や正規雇用者への登用ルートの確保などを一段と進め、可能なだけ働ける社会つくりを進めていくことが重要だ。

2017年賃金状況を振り返る
(画像=第一生命経済研究所)

バトンは春闘へ

 足元では、2018 年春闘が始まっている。政府は3%以上の賃上げを推奨し、経団連もそれに応えた。実際の賃上げは、各社を取り巻く環境に大きな影響を受けるが、過去最高水準にある企業収益、1%弱の伸びを維持する消費者物価、逼迫する人手不足、良好な企業マインドなどを考慮すれば、2017 年春闘を上回る成果が期待できそうだ。仮に、消費税率引き上げに伴う物価上昇の影響で賃上げ率が2.38%となった2015 年程度の賃上げが実現しすれば、一般労働者の賃金上昇率による所定内給与全体への押し上げ寄与は前年比で+0.5%pt程度となる。パート労働者についても2017 年同様の伸びが続き、パート比率が変わらなければ、所定内給与は前年比+1%が見えてくる。もちろん、アベノミクス開始以来の最高だ。

 とはいえ、エコノミストが見込む2018 年度の消費者物価上昇率は+1%程度であり、このままでは2018年も実質賃金はマイナスの可能性が否定できない。女性労働者が壁を越えつつあるなど、人口減少社会を前に労働者が変わる中、経営者がどれだけ変われるか。2018 年春闘の行方が注目される。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主任エコノミスト 柵山 順子