誰でもコミュニケーションの達人になれる「3つの方法」

コミュニケーションの秘訣,内藤誼人
(画像=The 21 online)

仕事をするうえでの悩みとして常に上位にあるのは人間関係。上司や部下、取引先など、仕事で係わる人たちとうまくコミュニケーションを取るためには、どんな心理テクニックが必要なのか。ビジネス心理学の第一人者として活躍する内藤誼人氏に、職場におけるコミュニケーションの秘訣をうかがった。

頼みごとを引き受けたくなるのはどんな人?

コミュニケーションスキルという言葉が、やたらと取り沙汰されるようになったのはわりと最近のことです。

なぜなら、以前は誰もが大人になるまでに自然とコミュニケーションスキルを身につけていたからです。兄弟が多く、近所とのつきあいや3世帯同居もごく当たり前。学校の部活動で上下関係を教え込まれ、会社に入れば飲み会や社員旅行などの濃密なつきあいがある。幅広い世代のさまざまな立場の人に揉まれる環境が当たり前だったので、わざわざ学ぶまでもなかったのです。

しかし、今は核家族・少子化が進み、近所づきあいも薄れ、部活動より塾優先という環境で育ってきた社会人が増えています。これまで同級生など限られた範囲での人づきあいだけだった人が会社に入り、上司や取引先など年齢も立場も異なる人とのつきあい方に戸惑うのも、ある意味仕方のないことなのです。

実際、仕事における対人関係で悩んでいるビジネスマンの声は私もよく耳にします。そのニーズに応えて、会話力や自己表現力を高めるさまざまなメソッドやテクニックも紹介されています。しかし、その方法に頼る以前に、誰でも超簡単に職場の人間関係を改善できる最強の心理的アプローチがあるのです。

それは「挨拶・名前を呼ぶ・笑顔」のたった3つの方法です。そんなことか、と少し拍子抜けする人もいるかもしれません。しかし、この3つができている人は意外と少ないのです。

想像してみてください。「○○さん、お疲れ様です」といつも笑顔で名前を呼んで挨拶してくれる相手を嫌うことはできますか? その人が頼みごとをしてきたら、なんとか力になってあげたいと思うでしょう。

しかし、普段はすれ違ってもろくに挨拶もしない人であれば、どんなに巧みな言葉で頼みごとをされても、快く引き受けたいという気持ちにはならないはずです。「挨拶・名前を呼ぶ・笑顔」は心理テクニック以前に人間関係を良くする土台。これをせずして、テクニックだけを学んでも、人を動かすことはできないのです。

相手の承認欲求を満たすカンタンな方法

「挨拶・名前を呼ぶ・笑顔」で、どんな人間関係も良くなる──このことは、心理学的な裏づけがあります。

「挨拶・名前を呼ぶ」はひと言で言えば、相手の存在を認めることです。人間は誰しも、他人から認められたいという「自己承認欲求」があります。挨拶することは「あなたを認めています」と伝える基本。

さらに、人は自分の名前を呼んでくれる相手に対して好意を抱きます。ですから、「◯◯さん、おはよう」など、名前を加えて挨拶し続けていけば、おのずと相手との間に信頼関係や親近感が育まれていくのです。

この心理的な効果は「ボーカル・グルーミング仮説」と呼ばれます。動物は毛づくろい(グルーミング)しあうことで仲間を認識しますが、人間にとってのグルーミングは、声や言葉のコミュニケーションであるという心理学の仮説です。

ですから、 挨拶は目礼や会釈だけではなく、声に出して伝えるのがベター。その際、雑談や気の利いたやりとりをしなきゃ、と頑張る必要はありません。声をかけることに意義があるので、

「おはようございます」「お疲れ様です」「お先に失礼します」だけでも十分ですさらに、「笑顔」が伴うようになれば最高です。

笑顔は人類共通の好意のサイン。喜び、怒り、悲しみなど基本的な人間の表情には普遍性があり、文化や民族に関係なく、表情だけで感情を伝えることができます。生まれてすぐの赤ちゃんに笑顔のお面と怒り顔のお面を見せると、笑顔のお面をよく注視したというデータもあります。人は本能的に笑顔を好むのです。

コミュニケーションは「筋トレ」と同じ!?

あなたは日頃、係わる人に、分け隔てなくコミュニケーションが取れているでしょうか。

それは大切な取引先や職場の人にとどまりません。買い物をするコンビニの店員、すれ違う警備員や清掃員への挨拶。あるいは、電車やバスで隣り合った人への気遣いのひと言。こうした場で「おはようございます」や「ありがとうございます」がパッと出てこない人は、いざ仕事の場でも肝心のひと言が出てきません。しかし、常日頃から「ありがとう」が言えている人は、たとえば、営業先でお茶を出されたときも、心のこもった「ありがとうございます」がすんなりと出てきます。

いわば、コミュニケーションスキルは“筋肉”と同じです。一流のスポーツマンだって試合前の筋肉のウォーミングアップや練習が欠かせません。普段から使っているからこそ、いざというときも思うように使いこなすことができるのです。

コミュニケーションが苦手という人は、日々出会う人に声をかけていくことが筋トレになります。それだけでコミュニケーションの基礎体力は高められていきます。

笑顔も同様です。笑顔は、まさに表情筋という筋肉で作られます。日頃から笑顔を忘れている人は、表情筋の筋トレ不足。その場だけ急にとりつくろうとしても、ぎこちないし、気を抜くとすぐ元の顔に戻ってしまいます。笑顔が素敵と言われる人は、顔立ちや生まれつきのおかげではなく、日頃の行ないから作り上げたものなのです。

魅力的に見える笑顔の筋トレとしてお勧めなのは、言葉の最後に、「イ」という口の形を作るトレーニングです。

「おはようございます(イ)」

「またご一緒しましょう(イ)」

というように意識しましょう。そうすると、いつもニコニコと笑顔をたたえている人という好印象を残すことができます。

「コミュ力が低い」は言い訳にすぎない

最近は、人のコミュニケーションスキルを指して、「コミュ力が高い、低い」などと表現することがあるようです。コミュ力の高さを決めるのは才能ではなく接してきた人の数です。ごく限られた人としか係わってこなかった人は、やはりコミュニケーションスキルが低くなる傾向があります。

つまり、コミュ力の低さの原因は、単なる練習不足なのです。コミュニケーションスキルを上げようと思ったらテクニックの引き出しを増やそうとするより、先に「挨拶・名前を呼ぶ・笑顔」を心がけることに尽きます。むしろこれだけで十分。店員さんでも会社の上司でも、鍛える機会をいただいていると思って、どんどんボーカル・グルーミングをしていきましょう。そうすれば、職場や取引先においても人間関係に悩むことは少なくなっていくはずです。

それでは、これらを踏まえ、職場のコミュニケーションの中でも難しい4つのシーンで使える心理テクニックをご紹介しましょう。

「初対面」&「対苦手な人」で役立つ心理テクニック

初対面

●「プラスαの情報」で美男美女より好印象に

第一印象は「見た目」に大きく左右されます。ハンサムや美人は、頭が良さそう、性格が良さそうなどと好印象を残しやすい傾向にあります。このように一つの特徴が全体の評価に影響することを「ハロー効果」といいます。

この効果を享受できるのは美男美女に限りません。米イリノイ大学のキム・ミューザーの調査によれば、顔立ちが整って無表情な人よりも、顔立ちが普通でもニコニコしている人が「魅力的だ」と評価されることがわかったそうです。ですから初対面で心がけるべきことは、とにもかくにも「笑顔」。自然な笑顔さえ身についていれば、魅力的な人という第一印象を残すことができるはずです。

さらに、記憶に残る第一印象を与えたいなら、自己紹介を工夫しましょう。たとえば、名刺交換するときに「PHP研究所の◯◯です」では、当たり前すぎます。社名や名前は他人にとっては記号でしかありません。人は無意味な情報を聞かされると、その途端に退屈してしまう生き物です。そこで、プラスαの情報を加えるのです。たとえば、社名の由来や、名前の意味を伝えるのも一手。少しでも相手の興味をそそることができれば、半年経っても1年経っても覚えていてくれるはずです。

苦手な人

●「苦手」を避けるとますます苦手になる!?

「なんだか苦手だ」と思っていた人と何度か一緒に過ごしてみたら、「そんな悪い人じゃなかった」と印象が変わった経験はありませんか。

これは「単純接触効果」のなせるワザかもしれません。単純接触効果とは、ある人と繰り返し接触することで、好意や親しみが湧いてくる心理現象のこと。なので、苦手と感じている人には積極的に挨拶したりランチに誘ったりして、あえて自分から近づいてみましょう。

苦手だからと距離をとり続けると、自分自身のストレス源ともなり、相手にその悪感情が伝わることもあります。避けているだけでは、関係性は改善されることはありません。むしろ、「○○さんってやっぱり苦手だ」と自分の中で反芻するたびに、自分に「自己暗示」をかけて、ますます苦手意識が強化されてしまうことも多いのです。職場を過ごしやすい環境にしたいなら、まずは自分からアプローチし、苦手を克服する荒療治を試みるのも手です。

ちなみに、苦手なものに取り組まなくてはならないときは、「そんなに難しくないよな」と自分で自分に声がけをして意識変革を。これを連続して20日間ほど続けると「あれ、そんなに苦手でもないかな?」と思えてきます。これを「マルツの法則」と言います。

「ほめる」&「断る」で役立つ心理テクニック

ほめる

●ほめることに慣れていない人は「同意」からスタートしよう

人は、楽しく、明るい気分でいるときは、誰にでも心を開き、親切な心を持つものです。これを「ムード効果」と言います。この状態を作り出す一番の方法はほめること。「すごいなぁ」「よくできるなぁ」「俺にはできないなぁ」などとほめ言葉を重ねていけば、相手の気分が良くなり、頼みごとも引き受けてくれやすくなるでしょう。

ただし、ほめることに慣れていない人が急にほめようとしても、わざとらしくなり、真意を疑われてしまうことも。そもそもほめ下手な人は、無理にほめようとせず、相手への「同意」だけでも十分。相手の意見に対して、「なるほど」「いいですね」と感嘆や同意を示すだけで、ほめるのとほぼ同等の効果が生まれます。上司や目上の人への「ほめ」はこれで十分に伝わります。

さらに中級者は、見た目や成果をほめること。「素敵なネクタイですね」「今日のプレゼン、完璧でしたね」というように、誰もが認識できるほめポイントを攻めます。

上級者ともなると、誰もほめようがないところをほめます。たとえば、営業成績の悪い部下に「お前は絶対トップセールスになる」とほめ、結果的に奮起させる。これが自然にできるようになれば、ムード効果を作りだす達人になれるでしょう。

断る

●断っていると感じさせないうまい「断り方」とは!?

「飲み会や社内イベントなど、職場のコミュニケーションは大事だけれど、自分の時間も大切にしたい!」とジレンマを感じている人も多いのではないでしょうか。

職場のコミュニケーションの円滑化を考えれば、適度に参加するのも良いことですが、自分を押し殺してまで参加する必要はありません。そんなときは、「断らずに断る」テクニックを駆使しましょう。

人間は「初頭効果」といって、最初に入った情報に、全体のイメージを左右されます。ですから、相手の心象を考えるなら、開口一番「すみません」「行けません」と断ってしまうのはNG。答えの選択肢は、YES・NOの2択ではありません。「3時間は無理だけれど、1時間くらいなら大丈夫など、(いつか)参加することを前提に譲歩する姿勢を見せるのです。

あるいは、連日のように飲みの誘いのある職場に辟易している人もいるかもしれません。その場合は、違う日を提案してみることです。職場の飲みは、あくまでその場のノリですから、日を改めて約束してまで飲みたいという人はあまりいません。むしろ、相手から「じゃあ、またいつか」とやんわりと断られるはず。このように相手を傷つけず断る方法はいくらでも考えられるのです。

内藤誼人(ないとう・よしひと)心理学者/立正大学客員教授
慶應義塾大学社会学研究科博士課程修了。[有]アンギルド代表。社会心理学の知見をベースに、ビジネスを中心とした実践的分野への応用に力を注ぐ。その軽妙な心理分析には定評がある。『人は「暗示」で9割動く!』(だいわ文庫)など、心理に関する著書多数。≪取材・構成:麻生泰子≫(『The 21 online』2018年4月号より)

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