要旨

●転職市場の改善が進んでいる。転職者数が増加しているほか、前職よりも転職によって賃金が上がった人の割合も上昇している。人手不足に伴って企業が高待遇を提示するようになり、転職に踏み切る人が増えているものと推察される。

●しかし男女間で比較すると、転職によって賃金が上がるようになっているのは主に男性であり、女性にはほとんど変化がみられない。特に、転職のボリュームゾーンである30 歳前後における男女間格差が鮮明になっている。

●30 歳前後は結婚・出産・育児などのライフイベントが重なり易い時期でもある。企業が離職や休職の可能性を敬遠して女性の中途採用に消極的なのだとすれば問題含みであろう。M字カーブは解消しつつあるほか、育児休業給付の拡充など、女性の働き“続ける”環境整備は着実に進んでいる。一度離職した女性が転職・再就職を行いやすくする環境を整えることが、「女性活躍」の次なるステップだと考える。

転職環境は改善

 転職者数が増えている。総務省の「労働力調査」では2018 年4-6 月期の転職者数(過去1年以内に離職した雇用者数)は309 万人と増加傾向を辿っている。転職者の待遇も改善方向にあり、厚生労働省「雇用動向調査」によれば、前職より1割以上賃金の上がった転職者割合は上昇傾向を辿っている。昨今の人手不足の深まりに伴って労働者の待遇が改善、条件の改善を受けて転職に踏み切る人数が増えていると考えられる。

広がる男女の転職格差
(画像=第一生命経済研究所)

待遇面で男女差が鮮明になってきた

 しかし、この雇用動向調査を読み解いていくと、こうした転職市場改善の恩恵には男女差があることがみえてきた。統計を確認していくと転職者の数自体は男性よりも女性の方が多い(資料3)のだが、差が生じているのは待遇面だ。

広がる男女の転職格差
(画像=第一生命経済研究所)

 資料4は、厚生労働省の「雇用動向調査」において「転職後に賃金が増加した」と回答した割合から、「転職後に賃金が減少した」と回答した割合を差し引いた値(以後、これを「転職賃金変動DI」とする)を、男女別・年齢階層別にみたものである。これをみると、特に転職のボリュームゾーン(総務省「労働力調査」(2018 年4-6 月期)に基づけば、転職者数(過去1年以来に離職)のうち15-24 歳:20.1%、25-34 歳:23.0%、35-44 歳:18.8%、45-54 歳:17.5%、55-64 歳:15.2%、65 歳以上:5.8%。(四捨五入等の関係で合計が100%にならない))である30 代、40~44 歳の年齢階層において、男性の転職賃金変動DIが女性のそれを上回っていることがわかる。特に「30~34 歳」、「35~39歳」、「40~44 歳」の年齢階層では、DIの男女間の差が大きい。なお、シニア世代の転職賃金変動DIが男女ともに特に男性で低くなっているのは、定年後再雇用などによって賃金水準が低下するケースが多いためであろう。

広がる男女の転職格差
(画像=第一生命経済研究所)

昨今の転職環境改善も主に男性における事象

 資料5ではこの転職賃金変動DIの経年比較(2010年と2017年)を行った。男性の値をみていくと、2010年は35歳以上になるとDIがマイナス(賃金が減少する人の方が多い)となっていたが、2017年のカーブは全般的に上方シフトしており、「40~44歳」の年齢階層までDIはプラスとなっている。他方、女性のカーブは年齢階層によって改善・悪化がまちまちであり、男性のような明確な上方シフトは観察できない。人手不足の深化に伴う転職環境の改善は主に男性における事象であることが読み取れる。

広がる男女の転職格差
(画像=第一生命経済研究所)

働き「続ける」キャリアへの支援は進んできたが・・・

 このように、厚生労働省の雇用動向調査からは、昨今の転職市場の改善に男女間格差が生じていることが示唆された。民間の転職仲介サービスの多くが、男女別にサービスを分けているものが多い点に鑑みても、男女の転職市場は別物になっているのが実態と考えられる。転職の最も盛んな年齢層である30歳前後は、結婚・出産・育児などのライフイベントが重なりやすい時期でもある。仮に、企業側がこうした女性の休職・離職の可能性を勘案し、この年齢層の女性の中途採用に消極的なのだとすれば問題は根深く複雑になってくる。

 政府や企業の対応が進んできたこともあり、女性の働き“続ける”環境は整備が進んでいる。育児休業制度の拡充をはじめとした制度面の整備もあり、女性のM字カーブは解消しつつある。一方で、今回示したように転職市場に焦点を絞ると、男女間格差が残っていることが窺える。そもそもとして、これまで女性活躍政策として整備されてきた多くの制度は、1社での勤続、1年程度での復職を前提としたものだ。一度離職して再就職、というキャリアは主たるものとして扱われてこなかったように思われる。例えば、働く意思・能力はあっても子どもが小さいうちは育児に専念したいという価値観を持つ女性もいる。1社勤続を前提とした制度では、こうしたニーズに応えることはできない。ジョブカードなどこれまでのキャリアを明快に企業に伝えることができる枠組みを強化することなどを通じ、女性の転職・再就職が行い易い労働市場を実現することが、「女性活躍」の次のステップだと考える。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
副主任エコノミスト 星野 卓也